う)氏の新著『慟哭の海峡』だ。海峡とは、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を指す。
大東亜戦争時、このバシー海峡で多くの日本艦船が米国の潜水艦に沈められた。犠牲者は10万人
とも20万人とも言われるが、いまだ正確には分からない。その遺体は台湾の最南端、鵝鑾鼻(がら
んび)岬と猫鼻頭(びょうびとう)を結ぶ入江に流れ着いた。台湾の人々はその遺体を荼毘に付し
弔った。
本書には2人の日本人が登場する。一人は、「アンパンマン」の漫画で著名なやなせたかし(柳
瀬嵩)の弟で、バシー海峡で犠牲となる海軍少尉の柳瀬千尋(やなせ・ちひろ)。もう一人は、炎
熱のバシー海峡を12日間も漂流して奇跡の生還を遂げ、後に鵝鑾鼻岬に潮音寺を建立した中嶋秀次
(なかじま・ひでじ)である。
編集子も20年ほど前から何度か潮音寺に参拝している。潮音寺は、高雄市内からでも車で2時間
半ほどかかる、バシー海峡が見渡せる場所に建立されている。
門田氏は中嶋氏の生い立ちから、奇跡の生還を遂げ、潮音寺を建立するまでを描くだけでなく、
土地売却騒動に巻き込まれたとき、裁判所が法廷を潮音寺に移して中嶋が証言する場面など、日本
ではほとんど知られていない物語を紡ぎ出している。台湾関係者には、これだけで必読の十分条件
を満たしている。
一方の、柳瀬千尋の軌跡を兄のやなせたかしの軌跡とシンクロさせて描いた物語も読みごたえ十
分だ。この2人だけでもゆうに1冊の本になる。しかし、門田氏は中嶋氏も登場させた。多くの同胞
が犠牲となったバシー海峡でつないだ。
柳瀬兄弟も中嶋秀次も、台湾の日本語世代と同じ世代だ。彼らがどのようにひたむきに生きてき
たかを知る格好の書でもある。
門田氏は、これまで台湾関係の著書として『康子十九歳 戦渦の日記』『この命、義に捧ぐ━台
湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』を上梓し、『慟哭の海峡』が3作目となる。
門田氏がなぜ台湾をテーマとしているのか、その一端が、氏の「夏炉冬扇の記」というブログに
つづられている。この『慟哭の海峡』の取材のために訪台した折、映画「KANO」を台北で観た
感想がそれだ。本書と併せて読まれることをお勧めしたい。
◆門田隆将ブログ「夏炉冬扇の記」─日台の“絆”と映画「KANO」(2014年5月20日)
http://www.kadotaryusho.com/blog/2014/05/kano.html
・書名:慟哭の海峡
・著者:門田隆将
・版元:角川書店
・体裁:四六判、上製
・発売:2014年10月10日
・定価:1,728円(税込み)
http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=321405000311
門田隆将(かどた・りゅうしょう)
昭和33年(1958年)、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家として、政治、経
済、司法、事件、歴史、スポーツなど幅広い分野で活躍。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍
中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。 主な著書に『甲子園への遺言 伝説
の打撃コーチ高畠導宏の生涯』(講談社文庫)、『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』
(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(第一部〜第三部・小学館)、『死の淵を見た男 吉田
昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)、『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警
視庁公安部』(小学館)、『記者たちは海に向かった津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)
など。