香港の若者達が故郷の自由と尊厳を守るために立ち上がってから、まもなく半年になる。これは、もはや中国の「一地方」の動乱ではなく、人権や自由を尊重する派と独裁的強圧政治の闘いである。
11月24日に行われた区議会議員選挙の結果は、香港の民意が明らかに反中国独裁であることを示した。区議会にどのような権限があるかは問題ではない。この選挙は史上初めて、香港住民が内外に自らの意志を表明した行為なのである。「若者が暴動を起こして市民生活や経済活動に迷惑をかけている」という見方をしていた日本のメディアの感覚も間違っていたことが明らかになった。
「今日の香港、明日の台湾」とも言われている。台湾は香港から教訓を得て、決して中国共産党政権の支配下に置かれないように全力を尽くすべきで、実際、台湾住民も気を引きしめ、それが蔡英文再選への追い風となっている。
しかし、実は、「今日の香港」の前に「昨日の台湾」もあったことを忘れてはならない。1947年の228事件のことである。
戦後、中国国民党は台湾に乗り込んで来て、台湾人の権利を奪い、社会秩序を破壊して混乱に陥れ、圧政を行った。その中国人に対し、偶発的な事件がきっかけで台湾人の暴動が全島で起きた。しかし、わずか2日後には、台湾人は自ら暴動を治めて、「処理委員会」を開き、民主的な話し合いの末、「32か条の要求」を草案して、行政長官に提出したのである。当時の台湾人は日本教育を受けて、法治精神が身についていたから、この冷静沈着な行動ができたのである。
行政長官は、その要求を受け入れるふりをして台湾人を安心させたが、それは大陸から蒋介石が送る軍隊の到着を待つ時間稼ぎであった。まもなく、基隆と高雄から上陸した中国軍は、無差別な殺戮を開始した。それから数週間の間に、3万人の有識者と青年が市民の目の前で殺されたのである。
当時の台湾の人口は今の香港より少ない600万人だった。そのうちの3万人が殺されたのである。蒋介石政権は戒厳令を敷き、この虐殺について語ることも報道することも許さなかったので、228事件のことを知らない人も多い。相手は中国共産党政権ではなく、中国国民党政権であったが、やり方は酷似している。香港にもこのような報復が行われないことを心から祈るばかりである。決して油断してはいけない。
今の香港が228事件の時と明らかに違うのは、起きていることが瞬時に世界中に知れ渡ることである。まさに香港の命綱は、インターネットやSNSなどを通じた世界の目である。
しかし、見るだけで何も言わなければ、香港を見殺しにすることと同じである。自由と民主主義の概念を共有する国々は、香港の人々の傷みを自らのものとし、人権弾圧に対しては、明らかに抗議する姿勢を見せるべきであろう。日本では政府もだんまりを決め込み、野党もその姿勢を追求しない。これでは、いじめや虐待を無くすことなど無理だ。
黙っていることが中国の為になると考えているなら、それは大きな間違いだ。中国共産党政権が怒るかどうかで物事を判断する癖はもう終わりにするべき時が来ている。それを香港の若者が命がけで私たちに教えてくれているのだ。
「今日の香港、明日の台湾、明後日の日本」とも言われていることをつけ加えておきたい。
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王明理(おう・めいり)東京都生まれ。台湾独立運動の先駆者で台湾語研究者だった王育徳・明治大学教授の次女。慶應義塾大学文学部英文科卒。2011年9月、台湾独立建国聯盟日本本部委員長に就任し現在に至る。著書に詩集『ひきだしが一杯』、詩集『故郷のひまわり』。訳書にジョン・J・タシク編『本当に「中国は一つ」なのか』。編集担当書に『王育徳全集』、王育徳著『「昭和」を生きた台湾青年』、王育徳著『台湾─苦悶するその歴史(Taiwan:A History of Agonies)』。解説担当書に王育徳著『王育徳の台湾語講座』。日本李登輝友の会理事、在日台湾婦女会理事、日本詩人クラブ会員。