オバマ新政権と「日米同盟」[拓殖大学学長・渡辺 利夫]

昨年12月23日に開催した本会の「日台共栄の夕べ」第一部の講師を拓殖大学の渡辺利夫
学長につとめていただいた。

 演題は「いまなぜ脱亜論か」で、『新脱亜論』(文春新書)は、現在の極東アジアの挑
戦的な対日外交を見ると、開国維新期から日清・日露戦争の開戦前夜の極東アジアの地政
学的構図とオーバーラップし、小村寿太郎や福澤諭吉たちが当時の国際環境をどう認識し、
どう行動したかを記すことで、現代の政治家に対するアンチテーゼにしたいと思って執筆
したと、その理由を述べた。それととともに、この講演では「今こそ国家概念の再生が必
要であり、新しい戦略の時代がやってきている」との認識を示し、新戦略を考える場合の
ポイントを2つ上げた。

 1月13日付産経新聞の「オバマ新政権と『日米同盟』」と題した「正論」欄で、渡辺氏
はその1つのポイントである「二国同盟の重要性」について記している。日本の二国同盟
で最も重要な同盟は日米同盟であり、そのためには集団的自衛権の行使ができるよう、政
治家は解釈を変更すべきと主張する。まさに現代の政治家に対するアンチテーゼだ。

 渡辺氏が指摘するもう1つのポイントは「大陸関与の大きなリスク」であり、ここに中
国、台湾、日本の関係が登場する。これについては、機関誌『日台共栄』2月号(2月1日
発行)で掲載する講演要録をお読みいただきたい。            (編集部) ——————————————————————————–
オバマ新政権と「日米同盟」 拓殖大学学長・渡辺 利夫 
【1月13日 産経新聞「正論」】

■「多国間枠組み」の真意は

 オバマ新政権が間もなく発足するが、そのアジア政策が不透明である。気になるのは、
選挙戦中に発表された民主党の政策綱領が、日本や韓国、オーストラリアなどとの2国間
同盟は強固に維持するといいながら、他方でこれら2国間同盟を超える新たな多国間枠組
みをアジアで構築する、としている点である。

 この多国間枠組みが、ライス国務長官によって表明された北朝鮮をめぐる6カ国協議の
安全保障機構化といったことを意図しているのであれば、日本外交の基軸である日米同盟
は相対化されてしまう危険性がある。

 中国の軍事的膨張、北朝鮮の核実験、韓国の対北融和政策など、極東アジアの地政学の
構図が緊迫の度を増す中で日米同盟が弱体化すれば、「内向化」する国内世論と相まって、
日本は国際社会の海を行方定まらず漂流することになりはしないかと惧(おそ)れる。

 同盟とは、共通する利害のうえに成り立つ国際関係であり、利害の共通性が消えれば失
せてしまうものだと構えてことに対処すべきである。変転きわまりない国際情勢の中で永
遠なる同盟など存在するはずもないからである。

 同盟破棄という煮え湯を飲まされて亡国の危殆(きたい)に瀕(ひん)した経験を日本
は過去にもつ。第一次世界大戦後のパリ講和会議の2年後、ワシントン会議でなされた列
強相互の利害調整の結実がワシントン体制であった。この会議で日露戦争の勝利とその後
20年余にわたり日本の安全保障の確保に大いなる貢献を演じた日英同盟が、日英米仏の4
国条約と引き換えに破棄されてしまったのである。

■日英同盟破棄めぐる教訓

 第一次大戦の戦場はヨーロッパであり、敗戦国はもとより戦勝国をも極度の疲弊に陥れ
た。他方、参戦はしたものの戦局外にあってヨーロッパへの戦略的物資の大量供給により
生産力を拡充し、ますますの興隆を誇ったのが米国と日本であった。覇権国家とは他国の
覇権掌握を嫌悪し、これに挑戦する存在である。

 米国が日本の覇権に挑戦したのは、往時の国際関係力学からすれば当然のことであった。
日英同盟を廃棄に追い込めば日本の力量は一挙に失われると睨(にら)んだ米国の怜悧
(れいり)な外交努力の成果が、ワシントン体制であった。

 ワシントン会議において、日本は日英同盟廃棄のみならず艦船の建造計画をも阻止され
た。さらに中国をも含むすべての会議参加国によって締結された9国条約により、大陸に
おける日本の特殊権益が否定され、米国の門戸開放・機会均等の主張が法的根拠をもつこ
とになった。日本の中国における特殊権益を米国が承認し、日米双方が中国の領土保全・
門戸開放・機会均等の原則を守ることを約した石井・ランシング協定も9国条約の成立と
同時に廃棄されてしまった。日本が9国条約の原則を否認放棄したのは、支那事変中の19
38年のことである。

 日英同盟を廃棄され、大陸における特殊権益をも奪われた日本は、みずからの生存はみ
ずから守るより他なしとして、欧米列強から猜疑(さいぎ)の眼を向けられながら独力で
大陸の中心部に入り込み、その深い泥沼に足を捕られて自滅への道に突き進んだのである。

■「集団的自衛権」に決意を

 利害を共有できない国同士に同盟が成立しないのはもちろんのこと、自国の利害に相反
する第三国同士の同盟をも廃棄に追い込むというのが覇権国家の行動様式である。この行
動様式は現在でも依然として真実であることを肝に銘じておきたい。

 冷戦の崩壊により日米の共通利害の在処(ありか)は不鮮明になった。9・11米同時多
発テロ事件以来、日本が後方支援や復興支援を求めて自衛隊の海外派遣に道を開いたのは
幸いであった。しかし、問題の核心は集団的自衛権に関して日本政府が“保有はするが行
使できない”という特異な解釈をいまなお変更しようとしない事実にある。

 集団的自衛権についての法的な制約は何もない。ないのにもかかわらず“行使できない”
というのであれば、これは法理的解釈ではなく政策的解釈だということになる。

 政策である以上、変更は可能であるが、変更への気概が日本の政治指導者にはまるでな
い。安倍政権下で設置された「安全保障の法的基盤の整備に関する懇談会」の実にまっと
うな集団的自衛権容認の最終報告も、昨年6月に福田前首相に提出されたまま、「お蔵入
り」になっている。

 北朝鮮のテロ支援国家指定解除に日本人の多くは嫌米感を隠せない。米国発の金融危機
も加わり米国非難の声が高まっている。しかし、みずから為すべきを為さずして同盟国を
非難して事足れりというわけにはいかない。          (わたなべ としお)



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