戦略研究フォーラム政策委員の澁谷司(しぶや・つかさ)氏は、イスラム国の壊滅と中国膨張の抑
え込みという2つの米軍事戦略が考えられると指摘している。
この戦略の狙いは「ロシアと日本・台湾(プラスASEAN)と共に、対中包囲網を形成」すること
にあり、この戦略は取りも直さず「安倍外交の対中『J型包囲網』と完全に一致する」とも述べ
る。示唆に富む論考だ。
もし米国に「国家意志」があるとするならば
澁谷 司(日本戦略研究フォーラム政策委員、拓殖大学海外事情研究所教授)
【日本戦略研究フォーラム:澁谷司の「チャイナ・ウォッチ」(194)】
今年(2017年)1月20日、米国でドナルド・トランプが第45代大統領に就任した。就任後、トラン
プ米新大統領は様々な「大統領令」に署名し、物議を醸している。
とりわけ、一時的にせよ、イスラム圏の7ヶ国(シリア、イラク、イラン、スーダン、リビア、
ソマリア、イエメン)から米国へやって来る人々の入国を制限し、全ての国からの難民の受け入れ
を停止する措置は内外から厳しい非難を浴びている。
さて、周知のように、トランプ大統領は、ロシアと緊密な関係を構築しようとしている。
プーチン大統領は、米大統領選挙中、トランプ候補が当選するよう支援したとも言われる。他
方、トランプ氏が大統領になる前、ロシアでスキャンダルを起こし、プーチン政権に弱みを握られ
ている可能性もある。
2014年、オバマ米大統領(当時)は、ロシアによるクリミア半島併合を“暴挙”として、EUと共
にロシアへ経済制裁を課した。そのため、米露の関係は冷え込んだ。一時、米露は武力衝突も有り
得る一触即発の状況だったのである。
なぜトランプ新政権はロシアに接近したのか。米軍事戦略上、2つ考えられる。
米国は、まず、ロシアと組んで「イスラム国」を壊滅させるつもりだろう(トランプ大統領は既
に「イスラム国」壊滅計画策定の「大統領令」に署名)。
「イスラム国」が指示したテロリスト、或いはISに共鳴したテロリストが、依然、世界中でテロ
を起こしている。米国とロシアが対「イスラム国」で協力できなければ、今後もISは存続する公算
が大きい。
次に、米国はロシアと連携して中国の“膨張”を抑え込もうとしている。
仮に、米国に「国家意志」というモノがあるとしよう。トランプ大統領は、米国が世界のナン
バー1として君臨するため「ナンバー2を叩く」という米国の伝統的な国家戦略を体現しているので
はないか。
戦前、米国は、太平洋の覇権および中国大陸等の利権をめぐり、日本と鋭く対立した。
少なくとも、「海洋国家」の米国が太平洋の覇権を、同じ「海洋国家」の日本に奪われること
は、許し難かっただろう。それに当時、我が国は現在と違って、ワシントンの言う事を聞かなかっ
た。
そこで、米国は、対日ABCD(米国・英国・中国・オランダ)包囲網を敷き、最終的に日本を叩き
潰した。
第二次大戦後まもなく、今度は米ソ冷戦が開始され、米国はソ連と世界の覇権を争った。
1950年代から60年代にかけて、一時、ソ連を中心とする社会主義国家群が優勢になったかに見え
た。けれども、徐々に社会主義の欠点が露呈し、最終的に、米国はソ連との経済競争・軍拡競争に
勝利している。そして、ソ連邦は解体された。
結局、米国は、ソ連という軍事的ナンバー2を、直接、対ソ戦争を起こさずに崩壊させたのであ
る。
近年、独裁国家の中国が世界ナンバー2の経済大国になった。本来ならば、「経済発展すると政
治的民主化が起こる」はずだったが、中国は経済が発展しても一向に民主化が進まなかった。
中国の東シナ海・南シナ海への“進出”は、米国に対する挑戦だろう。また、習近平主席は、西
太平洋を中国が、東太平洋を米国が支配するという構想をオバマ大統領(当時)に持ちかけた。さ
すがに、“対中弱腰外交”のオバマ政権ですら、その提案を拒否している。
今度のトランプ政権は、対中強硬姿勢の構えである。もしかして、米国は、中国の“膨張”を抑
えなければならないという「国家意志」が働いているのではないだろうか。
そこで、トランプ大統領は、対中戦略を実現するため、ロシアとの関係を重視したと思われる
(1970年代はじめ、リチャード・ニクソン大統領が、対ソ戦略のため中国に接近したのと全く逆で
ある)。
今後、トランプ大統領は、ロシアと日本・台湾(プラスASEAN)と共に、対中包囲網を形成する
のではないか。このトランプ戦略は、安倍外交の対中「J型包囲網」(日本列島・沖縄・台湾・
フィリピン・東マレーシア・インドネシア・シンガポール・西マレーシア・ベトナム)と完全に一
致する。
一方、習近平政権はあらゆる社会矛盾(特に、悪化する経済)を覆い隠すため、対外的“冒険主
義”に出る可能性を排除できない。