なぜ中国は民主主義が永遠に不可能なのか  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」第258号:2018年10月23日】http://www.mag2.com/m/0001617134.html

*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。

 まずは、プユマ号で事故に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

 事故の原因は目下調査中とのことですが、日本でも報じられているように、カーブの部分での速度が通常の倍の速さだったという速度超過が原因のようです。そして、速度超過を起こしたのは、速度などを監視するシステム「自動制御装置」のスイッチが切られていたためとの見解も報じられています。ただ、詳細は調査結果を待たなければいけません。

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◆「ペンは剣よりも強し」の本来の意味

 今週は「報道の自由」について考えます。17世紀、イギリスのリットン卿は歴史劇の中で「ペンは剣よりも強し」というセリフを書きました。現代この言葉は、主に言論界で「言論は暴力に勝る」といった意味で使われていますが、本来は違う意味で使われたものでした。本来の意味は、権力者は署名するだけでどんなことでも覆すことができる権力を持つ許可証を常に持っている、それに署名すればどんな猛者も葬ることができる、といった意味だったのです。

 サウジアラビア出身でアメリカに亡命していたジャーナリストが行方不明になったニュースに触れたとき、私はこの言葉を思い出しました。結局、彼はサウジアラビア政府に殺されてしまったようですね。

 また、政治家の汚職疑惑などを追及していたブルガリアの女性ジャーナリストが、性的暴行を受けた上で殺害された事件に触れたときも、この言葉を思い出しました。

 さらに、ICPO(国際刑事警察機構、インターポール)総裁の孟宏偉が一時帰国した際、中国当局に拉致されて忽然と姿を消しました。最近では、国際的に活躍する中国人女優の范冰冰も中国当局に拉致されて3か月音信不通でした。

 中国では、当局が白昼堂々とターゲットとなる人物を拉致することはよくあることです。中国では、人権活動家や人権派弁護士、ジャーナリストなど、少しでも政権の邪魔になるような存在、または政敵とその仲間とみなされた人物が、ある日突然拉致されて消え、時には大きく傷つけられて戻り、時には永遠に行方不明となります。范冰冰も、ショッピングモールで突然頭に袋をかぶせられて拉致されたといわれています。

 こうした手口は中国では日常茶飯事だし、それを中国当局という国家権力が行っているということに、世界は慣れているし、何の驚きもありません。中国とは、一党独裁でそういう体制の国なのだという認識があるからです。しかし、これが欧米または民主主義国家であり法治国家である国で行われたとしたら、話は別です。

 ブルガリアの女性ジャーナリストの殺害について、事件と彼女の活動との関連性を警察が慎重に調べているそうです。殺害方法は、頭部を攻撃した後に性的暴行を加え、さらに窒息させて殺害したという実に残忍なやり方です。

 サウジアラビア出身のジャーナリスト行方不明の件については、トルコ、サウジアラビア、アメリカが事件に介入するという政治的事件に発展しています。中国のように、当局にとって邪魔な存在は消すといった認識が世界に蔓延してしまったら、世界の法治は、秩序は、人権はどこへいってしまうのでしょうか。

◆韓国人記者の場違いな質問に困惑する俳優たち

 邪魔者の口をだまらせようとする動きが目につく一方で、アジア最大級の映画祭といわれる釜山映画祭は、黙らないぞとばかりに役者を相手に様々な政治的質問をする記者が多いことで有名です。

 今年、審査員として参加した俳優の國村隼氏に対して、会見で韓国メディアの記者が「海上自衛隊が旭日旗(自衛隊旗)を掲揚して韓国海軍の国際観艦式の海上パレードに参加することをどう思うか」といった内容の質問を、長々と浴びせかけたのでした。

 國村氏は、そうした的外れな質問に「旭日旗というのが日本海軍自衛隊の伝統旗だと知っている。だが、われわれより先の世代、特に韓国の方はこの旗を格別に捉えているということも深く理解している」「現在の日本政府は旭日旗だけでなく、すべての面で保守的な立場を持っている。日本の中でも様々な社会的な問題を起こしているのが事実だ」と答えましたが、韓国の言い分を認めるかのような発言だったということで、国内の一部から批判を受けました。

 とはいえ、韓国で発言しているわけですから、まあ、仕方のないことでしょう。後日、映画主催者側からこうした事態を招いたことへの謝罪がありました。

 釜山映画祭では、他にも政治的質問をぶつけられて困惑する映画関係者が続出しています。以下、報道を一部引用します。

<中国の人気女優バイ・バイホー(白百何)に対する質問の中で海外メディアのある記者が、最近日本でも話題となっていた女優ファン・ビンビン(范冰冰)の脱税と失踪に関して問いかけた。

 バイ・バイホーは映画とは関係のないこの質問に対し「答えられない」と言ったが、記者は怯むことなく「貴方のように中国で活動する女優にとってとても重要な事件だと思うのですが、なぜ答えられないのですか?」とさらに追及。バイ・バイホーは「個人的なこと、他人のことであって、答えに困る」と答えた。また同席していたタンリー・クワン監督は「バイ・バイホーが申し上げたように、他人のことだから答えられない。特に、バイ・バイホーを除く3人の俳優は主に香港で活動している。中国のシステムを正確に知らず、回答に困る」と述べた。>

 映画祭の舞台挨拶や記者会見の場で、社会で起こっている事件に対して俳優や監督個人の意見を求めることは今までも何度か見かけられた光景だ。2017年に釜山国際映画祭に審査委員としてやってきたオリバー・ストーン監督に対し、ある記者は北朝鮮関連の質問や、当時ニュースを賑わせた在韓米軍による迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備について、中国から反対意見が出た件など政治的な質問を投げかけた。

 また、2017年3月に映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公開に合わせて韓国を訪れた女優スカーレット・ヨハンソンに対し、記者会見の場である記者が、韓国の前大統領パク・クネが弾劾されたニュースについてどう思うか質問し、「弾劾については知っているが、私があえて韓国政界に関して語るべきではないと思う」と、困ったように回答を控えたひと幕があった。』

 映画祭主催者側は、こうした事態を招かないように今後は対処していきたいとの声明を出していますが、映画祭でメディアが政治的な話題を出してくるのは、それ以外の場所で抑圧されているからではないでしょうか。

 政治的な話題は時を場所と論調を選ばなければ命とりです。世界的に言論弾圧のような事件が増えていけば、ますますメディアが委縮しフラストレーションがたまっていきます。これから世界はどこへ向かおうとしているのでしょうか。

◆独裁専制しか成り立たない中国という「国のかたち」

 人類は、有史以来様々な「国のかたち」をつくってきましたが、「国家(政治)と国民」との間に「権利と義務」をはっきり明文化したのは18世紀後半のイギリスの産業革命とフランスの市民革命以後のことで、ここ数百年来のことです。

 とはいえ、いわゆる「国民国家」という「国のかたち」の約3分の2は戦後から生まれた新しいものですが、それを有する国は現在すでに200ヵ国までにのぼっています。

 その後、東西冷戦中に「権利と義務」をはっきりと定義する国が過半数に達しました。いわゆる「第三の波」と言われるものです。

 市民革命後に生まれた、いわゆる普遍的価値としての「自由、平等、博愛」や「民主、人権」というイデオロギーとしての価値は、20世紀にはいってから生まれたものです。ことに冷戦は、自由と平等は共有や併存することはできない、ということを世の人々に知らしめてきました。

 いわゆる「民主主義」は、古代から小国主義の「政治原理」として行われてきたのですが、都市国家(ポリス)では、代議制や「合衆国」や「連邦」以上に民主主義が徹底的に行われてきました。

 それは、悠久の歴史を持つ古い国にはできないことです。大国も、「民主制」を行うことは絶対不可能です。言論や表現などの自由を憲法に明記しても、国民の決意や国民の総意によって決めることはできず、社会の仕組みのひとつである文化風土によって左右されるのです。

 私はよく、中国の民主活動家のリーダーたちに「貴君たちの中国が民主化することは永遠に不可能です」と言ってきました。ノーベル平和賞受賞者である中国の民主化のリーダー劉暁波は、「少なくとも西洋植民地による300年におよぶ文化洗礼がないと民主化はできない」と公言しています。私は、それでも民主化は難しいと考えています。中国という「国のかたち」は「独裁専制」しか成り立たないのです。

◆「民意を問うシステムが確立できない」中国

 よく誤解されているのは、「民主主義」や「自由」についての概念です。共和制ローマ時代の古代ローマは、古代ギリシャのポリス政治制度に似ていますが、帝国というかたちが必要でした。ローマ帝国でなければ、ローマは成り立たなかったのです。中国も同様です。中国が存在する限り、民主や自由は永遠に不可能であり、それがその「国のかたち」なのです。

 習近平体制は、国外の諸事情に追い詰められており、「先祖がえり」は避けられません。「汚職追放」の大義名分で急にだれかが蒸発することを、台湾では「被失踪」という流行語にして皮肉っています。しかし、中国の歴史を俯瞰すると、戦国時代には「百家争鳴」「百花斉放」などの時代もあり、決して言論や表現の自由が全くなかったわけではありません。

 しかし、秦の始皇帝が天下統一を果たしてから、中国の「国のかたち」は変わりました。「独裁専制」が時代とともに強まって、「焚書坑儒」から「儒家独尊」も強化されていきました。宋に至っては、「科挙」の全面施行で文人のマインドコントロールを成立させ、時代とともに皇帝が権力と権威を独占していったのです。

 その後、毛沢東の時代に至ると、それは頂点に達します。21世紀になっても、中国最大の弱味は「民意を問うシステムが確立できない」ことであり、最大の課題は「安定」です。

 「被失踪」問題のなかでも、私が最も注視しているのは、ウイグル人百万人の再教育問題です。

 それは、21世紀最大の宗教弾圧と言える愚挙です。この問題について、世界は黙っていてはいけないのです。せめて、みなが声を大にして「やめろ」と叫ぶべきです。それは、「人間としての良心」です。


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