【蔡焜燦先生を悼む】 日本人よりも「日本人」だった台湾人  野嶋 剛(ジャーナリスト)

蔡焜燦(さい・こんさん)先生が7月17日に亡くなられてから1ヵ月半が過ぎました。本誌では「蔡焜燦先生を悼む」として、蔡先生がこれまで発表された文章や追悼文を紹介しています。

 今号では、朝日新聞の台北支局長時代にしばしば食事に連れていってもらい、「歴史から文化に至るまで、話の中身がいつも濃く、内容を覚えきれないぐらい」教わったというジャーナリストの野嶋剛(のじま・つよし)氏が「nippon.com」に寄稿した追悼文をご紹介します。

 野嶋氏は蔡焜燦先生を「日本人を台湾という興味の尽きない世界に引っ張り込んだ」民間外交官だったと述べ、「戦後の植民地統治=悪という単一的な歴史観に慣れきった多くの日本人には、台湾の人からこうした声を聞くことは衝撃的であり、目を見開かれる思いを与えた」と高く評価しています。いわゆる「自虐史観」から日本人を目覚めさせたのが蔡焜燦先生だったと評しています。同感です。

 日本の台湾統治を公平に見る歴史観は、李登輝元総統をはじめとする台湾の日本語世代に共通するあり方でもあり、ここから八田與一が日本で注目されるようになったことは象徴的な出来事だったと言えるかと思います。

—————————————————————————————–野嶋剛(ニッポンドットコム・シニアエディター、ジャーナリスト)日本人よりも「日本人」だった台湾人――追悼・蔡焜燦さん【nippon.com:2017年9月4日】http://www.nippon.com/ja/column/g00430/

◆「愛日家」蔡焜燦さん逝く

 台湾の蔡焜燦(さい・こんさん)さん(1927〜2017年)が亡くなった。最近体調が優れないと人づてに聞いてきたので、「とうとうその日がきた」という思いだった。

 蔡焜燦さんは18歳まで「日本人」として生き、大戦末期には志願して陸軍少年飛行兵になった。戦後は教師からビジネスに転身し、うなぎの輸出などを手掛けた。セイコー電子台湾法人の会長を務め、台湾のシリコンバレー・新竹(しんちく)で半導体デザイン会社を創業して成功した企業家でありながら、「愛日家」を自負して、日台交流や台湾歌壇の活動に心血を注いだ。

 私が朝日新聞台北支局長だった2010年前後、しばしば食事に連れていってもらった。最初にお会いした時に「中国語」という言葉を使うと「北京語と言いなさい」と直されたことを思い出す。

 大の美食家で、食事の場所はたいてい兄弟大飯店や国賓大飯店の台湾料理の店だった。私が「中華料理」というと「台湾料理」とここでも直された。歴史から文化に至るまで、話の中身がいつも濃く、内容を覚えきれないぐらい勉強になった。もちろん日本のことは私よりも詳しく、外国で外国人から日本のことを教わる奇妙な感じであった。

◆老台北の日本精神

 私は早くに父母両方の祖父を亡くしているので祖父というものを知らなかったが、なんとなく台湾にいる祖父のように勝手に感じていた。それでもここ数年はお目に掛かる機会がなく、この訃報にはなおさら残念な思いだった。

 もちろん私など、蔡焜燦さんの知遇を得たあまたの日本人の末席にいるにすぎない。蔡焜燦さんと知り合った日本人で、最も有名で、かつ大きな影響力があったのは司馬遼太郎さん(1923〜96年)だった。週刊朝日連載の司馬さんの人気シリーズ「街道を行く」で台湾が取り上げられたのが1994年。その内容は後に『街道を行く 台湾紀行』(朝日文庫)で一冊の本にまとめられている。

 本の中で蔡焜燦さんは「老台北」と司馬さんに名付けられている。実際のところ、蔡焜燦さんは台中出身であったが、「老北京」に比した司馬さん一流の表現だった。老台北は『台湾紀行』全体のあちこちで登場し、物語を引き締める役割を負った。百戦錬磨の司馬さんが、蔡焜燦さんに会う時は、いささかの緊張感を持っていることが『台湾紀行』の文面からはうかがえる。

◆『台湾人と日本精神

 『台湾紀行』と対を成す書物が、蔡焜燦さんの『台湾人と日本精神』(小学館)である。日本で14版を重ねるロングセラーとなっているこの本は、『台湾紀行』と表裏一体の役割を負っている。

 蔡焜燦さんが、司馬遼太郎さんと初対面のとき、軍隊式の挙手の敬礼を行ったことは『台湾紀行』で描かれているが、『台湾人と日本精神』では、敬礼を受けた司馬遼太郎さんは、少しためらいながら蔡焜燦さんに答礼し、挙手の右手をなかなか下ろそうとしないので、蔡焜燦さんから「そちらが上官だから先に下ろしてください」と言われて、司馬遼太郎さんはようやく右手を下ろしたという、『台湾紀行』にはないエピソードが語られている。

 司馬遼太郎さんは蔡焜燦さんを「冗談とまじめの境目がわかりにくかった」と評した。まったくの同感である。話しているうちに蔡焜燦さんのペースに巻き込まれ、あっという間に対話の時間が終わってしまうのである。

◆日台の民間大使

 もう一人、2000年の政権交代直後に刊行された『新・ゴーマニズム宣言 台湾論』(小学館)を描いた小林よしのりさんは、蔡焜燦さんをどう表現しているだろうか。改めて『台湾論』を本棚から引っ張り出して読み返してみた。

 蔡焜燦さんに宴席を設けてもらった小林さんは蔡焜燦さんについて「蔡さんは日本人より日本のことをよく知っていて、日本人より日本のことを愛している人で、民間人でありながら日本と台湾の外交を引き受けているすごい人だ」と評している。これに対し、蔡焜燦さんは「小林さんの読者の若い人が台湾に興味を持って来てくれたら何人でも私がご馳走(ちそう)してあげるよ」と語っている。

 もてなし好きを意味する「好客」だった蔡焜燦さんは、生涯の中で数え切れないほどの日本人に食事をごちそうし、日本人を台湾という興味の尽きない世界に引っ張り込んだのである。それはまさに小林さんがいうように民間版の「外交」であった。

◆訃報に日台で扱いに差が

 蔡焜燦さんの存在は、台湾でよりも、むしろ日本で大きかった。ライフワークとして取り組んだ台湾歌壇。日本政府から叙勲「旭日(きょくじつ)双光章」を受章している。その訃報に対し、日本メディアは読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞などがかなりの行数を使って報じた。

 一方、台湾で報じたメディアは自由時報ぐらいだった。それは台湾における蔡焜燦さんの知名度が日本のそれに大きく及ばないことを物語っている。しかし、それは不自然なことではない。例えば、日本で有名な外国人でも、本国では知名度がないケースはままある。台湾人の評価が、日本と台湾との間で非対称なのは珍しいことではない。その代表格が李登輝元総統だろう。

◆李登輝元総統の日台でのイメージ

 李登輝元総統の日本における圧倒的な尊敬のされ方は、台湾社会ではいつも少々違和感を持って受け止められている。なぜなら李登輝氏はその後も台湾では現実政治に関わってきたため、国民党のみならず、民進党にも李登輝氏を嫌う人を作り続けてきたためである。もちろん、李登輝氏の存在によって2000年の総統退任以降の台湾政治が大きく変わったことも確かである。

 これは、政治と一線を引いてご意見番に徹することをしなかった「代価」のようなものであろう。それに比べ、日本においての李登輝像はほぼ1996年の初の直接選挙の総統選で中国の圧力をはね返して圧勝を収めた頃のものと変わっておらず、「李登輝像」の時間軸が日台で異なるようになっている。

◆台湾における「日本語族」

 ちなみに「台湾人と日本精神」で明かされている「秘話」で私が一番面白かったのは、台湾出身の作家で司馬遼太郎さんの学生時代からの友人である陳舜臣(ちん・しゅんしん)さん(1924〜2015年)が、李登輝元総統から「台湾について書いてくれる日本人の作家」がいないか尋ねられ、「台湾紀行、まだやな」と司馬遼太郎さんのことを思い出し、後の『台湾紀行』の実現につながった話である。

 『台湾紀行』はいわば、発案・李登輝、接待役・蔡焜燦で行われたプロジェクトだったということもできる。李登輝元総統と蔡焜燦さんのコンビは『台湾論』でも再び活躍した。この2冊は、「日本語族」と呼ばれる台湾の日本語世代の価値観に偏りすぎているという指摘が一部にあるが、戦後日本において半ば無視されてきた台湾を日本人に再認識させる巨大な反響を呼び起こした貢献は大きかった。

 蔡焜燦さんが特殊であったのは、台湾在住でありながら、長年台湾を訪れる日本人の接待役として、司馬遼太郎さんや小林よしのりさんを含め、一人また一人を温かくもてなし、その存在感を広げていったことだろう。

◆「日本人よ、胸を張りなさい」と言い続けた蔡焜燦さん

 蔡焜燦さんは「台湾に残っている日本」を日本人に向けて語った。そして、日本の統治が台湾社会にどれほどのプラスの面を与えたかを力説し、「日本人よ、胸を張りなさい」という例の名文句でわれわれを鼓舞した。戦後の植民地統治=悪という単一的な歴史観に慣れきった多くの日本人には、台湾の人からこうした声を聞くことは衝撃的であり、目を見開かれる思いを与えた。

 蔡焜燦さんは、台湾においては成功したビジネスマンの一人だったが、日本においては「老台北」であり、台湾を訪れた日本人に優しくも厳しい「蔡焜燦学校の名校長」であった。享年90歳。司馬遼太郎さんは「蔡焜燦さんの履歴を聞くだけで、台湾の戦後経済史を学習することができる」と述べているが、その言葉通りの見事な一生だった。ご冥福をお祈りしたい。


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