「日治」(日本統治)と「蒋拠」(蒋介石による占領) 陳 茂雄(台湾安全促進会会長)

台湾の高校教科書検定で、出版社の作成した歴史教科書が、日本統治時代を「日拠(日
本占領時代)」、中華人民共和国を「中共」、台湾史・中国史を「本国史」などと記述し
たことが社会問題化し、7月21日、台湾教師連盟と台湾教授協会は教育部に「日治」を堅持
し、正しい台湾史観を守るように求める記者会見を教育部前で行った。

 ところが、翌22日夜、行政院(内閣に相当)は役所などの公文書上の表記を「日治(日
本統治時代)」ではなく、反日的なニュアンスを含む「日拠」に統一すると発表した。

 これを受け、本誌は「日本の台湾統治には正当性がある。けっして『盗み取った』ので
はない。しかし、その歴史事実を無視して『日拠』に統一するなら、戦後の中華民国によ
る台湾統治こそ『占領』や『支配』と表記すべきだろう。中華民国が台湾を統治する正当
性に根拠はあるのか。いわば、米国に帰れなくなったマッカーサーやその後継者が未だに
日本を『占領』しているのと変わらないのではないか」と駁論を加えた。

 また、行政院の「日拠統一発表」は、馬英九総統の意向を踏まえての措置だったことを
「中日新聞」が明らかにしたので、それも紹介した。

 この問題について、本会の台湾側のカウンターパートである李登輝民主協会の常務監事
をつとめる元中山大学教授の陳茂雄・台湾安全促進会会長が論考を発表した。

 曰く「日本は下関条約によって台湾の主権を取得した。当然、合法的な統治である。で
あるから『日治』と呼ぶべきである。他方、中国国民党政権は武力で台湾を占拠した。し
たがって『蒋拠』と呼ぶべきである」と。正論である。メルマガ「台湾の声」が、陳茂雄
氏の論考を翻訳して掲載している。下記に全文を紹介したい。転載にあたっては、適宜、
改行を施したことをお断りする。

 なお、日本政府の台湾の領土的地位に関する見解はどうなっているかと言えば、現在、
「台湾の領土的な位置付けに関して独自の認定を行う立場にない」となっている。だが、
これは以前の政府見解からかなり後退している。

 東京オリンピックが開かれた昭和39(1964)年、日本がまだ台湾の中華民国と国交を結
んでいた時代、池田勇人首相は堂々と下記のような見解を表明していた(2月29日、予算委
員会)。

≪サンフランシスコ講和条約の文面から法律的に解釈すれば、台湾は中華民国のものでは
ございません。しかし、カイロ宣言、またそれを受けたボツダム宣言等から考えますと、
日本は放棄いたしまして、帰属は連合国できまるべき問題でございますが、中華民国政府
が現に台湾を支配しております。しこうして、これは各国もその支配を一応経過的のもの
と申しますか、いまの世界の現状からいって一応認めて施政権がありと解釈しておりま
す。≫

 つまり、中華民国が台湾を支配していることを日本は「施政権」として認識し、中華民
国に台湾の主権があるとは認めていなかった。施政権とは「信託統治において、立法・司
法・行政の三権を行使する権限」のことだ。アメリカが沖縄を信託統治していたのと変わ
らないと認識していたのである。

 要するに、アメリカが沖縄を「占領」し「支配」していたのと同様に、中華民国が台湾
を「占領」し「支配」していると日本は認識し、台湾の「帰属は連合国できまるべき問
題」と見ていた。すなわち、陳茂雄氏が指摘するように「蒋拠」と認識していたのが、中
華民国と日華平和条約を締結していた日本政府の見解だったのだ。

 では、なぜ池田総理の見解から後退したのかといえば、答えは簡単だ。その後の昭和47
(1972)年9月に中華人民共和国と国交を樹立して「日中共同声明」を発表したからだ。

 「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」との中華人民共和国政府の立場
を十分理解し尊重するという立場を取ったため、台湾が中華人民共和国の領土であるとは
認めなかったものの、「独自の認定を行う立場にない」と後退し、以後、日本は日中共同
声明という足かせをはめられ、池田総理のような見解を表明することができなくなったの
である。

 しかし、日本は池田総理のような見解を表明できずとも、日本が放棄した台湾の帰属先
が未定であることは歴史事実として変わらない。その帰属先を決めるのは台湾に住む人々
だ。それ以外の誰でもなく、どこの国でもない。


「日治」(日本統治)と「蒋拠」(蒋介石による占領)
【台湾の声:平成25(2013)年7月27日】

〜日本は下関条約にもとづいて台湾を統治したので「日治」であり、中国国民党政権は武
力で台湾を占領したので「蒋拠」である〜

陳 茂雄

(翻訳:多田恵)

 台湾の高校歴史学習指導要領において「日治」を「日拠」に変えることについて、先
日、台湾教師連盟と台湾教授協会は教育部前で「一字で国を失う? 高校歴史教科書の
『日治』・『日拠』をめぐって」と題した記者会見を行い、教育部に対して、「日治」と
いう指導要領の用語を堅持し、正しい台湾史観を守るように求めた。

 教育部の主任秘書・王作台はこれについて、教育部が定めた学習指導要領の基準では
「日本植民統治」としていて、「日治」は一般的に用いられている用語であるとし、
「『日拠』がいけないとは書かれていない」ため、「日治」と「日拠」を並陳することを
排除するものではないと述べ、総統・馬英九も同様の見方を行った。

 ところが、数日も経たないうちに、馬英九と王作台の見解は行政院によって覆された。
「外来勢力」の横暴があらわになった出来事である。

 「日治」と「日拠」の争いについて、行政院は22日、中華民国の国家主権と民族の尊厳
を擁護する立場から、行政文書において用語を「日拠」に統一することを、中央および地
方の行政機関に通達したと発表した。

 そのため教育部では23日、行政院の指示に従って行政文書では一律に「日拠」を使用す
るが、教科書は編纂者の解釈を尊重し、「日治」・「日拠」のどちらも使用できるという
見解を発表した。教育部主任秘書・王作台は、教育部は行政院の管轄下の機関であるため
行政文書において「日拠」を使うことがありうる。一方、教科書には厳格な審査制度があ
り、現行の高校歴史学習指導要領においては「日本統治時期」・「日本植民統治」という
表現を使用しており、この要領に違反しないという前提において、教育部では教科書の編
集者が歴史の文脈のなかで行った解釈を尊重し、憲法の表現の自由を保障するとして、
「日治」・「日拠」のどちらも使用できると述べた。

 この争いは、表面的には「日治」と「日拠」の間の争いであるが、実際には「外来勢
力」と「(台湾)本土勢力」の対立である。

 「外来勢力」は中国を中心に据え、中国の統治に属さなかった時期の台湾の歴史と文化
を消し去ろうとする。「本土勢力」は台湾を中心に据えて歴史を見る。台湾は異なる外来
勢力の統治を受け、これは台湾人が望んだことではなかったが、台湾を中心に据える歴史
観とは、必ず台湾の歴史に忠実でなければならないと考える。

 中国は外来勢力による統治を2回受けたが、中国人たちはそれらの時代を「元朝」および
「清朝」と呼んでいる。それを「モンゴル占領時代」および「満州占領時代」と呼ぶこと
はしていない。

 なぜなら、彼らは中国を歴史の中心に据えていて、歴史の真実を尊重しているからだ。
それにもかかわらず、彼らは台湾を認めず、台湾を中心に据えて台湾の歴史を見ることを
拒んでいる。そのために「日拠」問題が生じているのである。

 主権の主張について、国際的な慣例にもとづけば、つぎの3つの条件の1つに合致してい
る必要がある。

 第1は、国際条約。下関条約にもとづいて日本は台湾の主権を獲得した。第2は継承。中
華民国は大清帝国を継承して中国の主権を手に入れた。第3は占領の事実。たとえばソ連が
第2次世界大戦の末期に日本の北海道の4島を占拠し、日本の領土をロシア(以前はソ連)
の領土にした。国際条約と継承にもとづいて取得された主権は合法的な主権であると公認
され、「統治」と呼ばれる。武力による占拠によって土地を取得することは「占領」と呼
ばれ、その居住民がその外来勢力を認めたときに初めて「統治」と呼ばれるのである。中
国人はモンゴル人や満州人が侵略した第1段階を「占領」と呼び、その後、「統治」として
いる。

 はっきりしていることは、日本は下関条約によって台湾の主権を取得した。当然、合法
的な統治である。であるから「日治」と呼ぶべきである。他方、中国国民党政権は武力で
台湾を占拠した。したがって「蒋拠」と呼ぶべきである。

 外来政権は、中国が「カイロ宣言」によって台湾の主権を取得したと表明している。彼
らは「カイロ宣言」を国際条約と同等に扱っているが、これは、まったく常識に欠ける論
法である。いかなる条約であれ、締結国のものしか処分できない。第3国の権利について決
定することはできないのである。だれかが、通行人Aと契約を結んで、馬英九の財産を処
分できないのと同じ道理である。

 当時、台湾の主権は日本に属していた。そして日本は「カイロ会議」に参加していなか
った。米英中の3国はいったいいかなる権限があって、日本の主権について処分することが
できようか。はっきりしていることは、中国国民党の台湾占領は当然「蒋拠」と呼ばれる
べきだということである。

 台湾本土派の人々は日本に対してかなり友好的であるが、これについて「外来勢力」は
驚かなくともよい。台湾人はもともと日本を嫌っていたが、中国国民党政権が台湾に来た
ことが、台湾人をして極めて日本を懐かしむようにしむけたのである。日本は植民統治で
はあったが、台湾人は自由に「台湾」の2字を使用することができた。

 一方、中国国民党政権は「台湾」の2字が目に触れることを許さなかった。かつて「台湾
教授協会」が法人として登録できなかったのも、まさに「台湾」2字のためであった。台湾
の団体が「台湾」を名乗れないというのは、何たる不合理であろうか。

*作者は元・中山大学教授、現在、台湾安全促進会会長。

*2013年7月24日付『太平洋時報』「台湾から台湾を見る」掲載
 http://mypaper.pchome.com.tw/news/mhchen0201

『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html


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