話会談を行い、北朝鮮問題などについて協議した。
これを伝えるメディアの報道は、習主席がトランプ大統領に「台湾問題を適切に処理するよう求
めた」ということでは一致しているのだが、メディアによって下記のように「『一つの中国』原
則」と「『一つの中国』政策」と2つの記述が出てきて、またもや読者を混乱させている。
ロイターは「中国国営テレビは3日、習近平国家主席がトランプ大統領との電話会談で、米国が
『一つの中国』原則に従い、台湾問題に適切に対処するよう望むと伝えたと報道」と報じ、産経新
聞は「習氏は……米国が『一つの中国』政策に基づいて台湾問題を適切に処理するよう求めた」と
伝えている。
一方、中国の国営新華社通信(日本語版)は「習近平主席は以下のように強調した。……我々は
大統領による米国政府の一つの中国政策を堅持すると改めて表明することを非常に重視している。
アメリカ側が確実に一つの中国という原則、中米間の三つの共同コミュニケに基づいて、台湾問題
を適切に処理するよう希望する」と報じている。
ここで注意を払いたいのは新華社通信の記事だ。記事では「米国政府の一つの中国政策」と「一
つの中国という原則」を書き分けている。つまり、米国政府の立場を表現したものが「一つの中国
政策」であり、中国政府の立場を表現したのが「一つの中国原則」ということだ。
今年2月9日のトランプ大統領と習近平主席の電話会談を伝える報道では、例えば「トランプ大統
領が、中国と台湾は不可分の領土であるとする『一つの中国』原則の尊重に同意した」とか「トラ
ンプ氏は、中国と台湾は不可分の領土だとする『一つの中国』原則を確認した」という報道が少な
くなかった。識者の中にも、トランプ大統領はそれまでの発言を「撤回」したとか「前言を翻し
た」と指摘するケースが多かった。
しかし、これは本誌で何度も指摘してきたように、誤った報道であり、トランプ大統領は前言を
翻してもいない。そして上記のように、今回の電話会談でも未だに「一つの中国政策」と「一つの
中国原則」を混同して報じている。
そこで、東京外語大学大学院総合国際学研究院の准教授で台湾政治を専門とする小笠原欣幸(お
がさわら・よしゆき)氏の論考「『一つの中国原則』と『一つの中国政策』の違い」(2017年3月
20日発表)を下記にご紹介したい。
小笠原氏も「一つの中国政策」と「一つの中国原則」を混同した記事が多いことから、「二つの
用語の使い分けは,米中の駆け引きの核心にかかわることであり,今後の米中関係の動向,台湾を
めぐる東アジア情勢を判断する上で非常に重要であり,歴史的経緯を踏まえた正確な報道・解説が
求められる」として、その混同を生じる原因の分析にはじまり、「原則」と「政策」はどのように
定められ、どのような内容を持つのかを説明、2月9日の電話会談について言及している、実に明快
な論考だ。いささか長いが、重要な論考なので、メディアの方々には特に熟読いただきたい。
改めて言えば、トランプ大統領は米国の「一つの中国」政策というスタートラインに戻っただけ
であり、中国政府が主張する「一つの中国」原則に同意などしていない。台湾が少しも動揺してい
ないことからも、それは明瞭に分かろうというものだ。
「一つの中国原則」と「一つの中国政策」の違い
東京外語大学大学院総合国際学研究院准教授 小笠原 欣幸
◆なぜ混同が生じるのか
中国の「一つの中国原則」とアメリカの「一つの中国政策」は別物である。これは英語文献で
は‘One China principle’と‘One China’policy と表記し区別される(引用符がない場合もあ
る)。この用語の使い分けは,米中関係の中核問題である台湾について,米中双方の立場・利害が
異なることを示す。しかし,両者を混同させた報道・解説も多々見られる。これは,日本メディア
に限らず,米メディア,台湾メディアでも長きにわたって発生している現象である。
その原因は,次のように整理することができる。
1)中国の「一つの中国原則」はわかりやすいが,米の「一つの中国政策」は戦略的あいまいさを
含むためわかりにくい。
2)新聞などでは字数が制限されるので,説明が簡略化され,その過程で不正確な認識が広がりや
すい。また,「一つの中国」が外交上の争点であった1970年代から長い時間が経過し,記者や
識者が当時の文脈を知らないまま発信することが少なくない。
3)中国側は「一つの中国原則」が世界中で受け入れられているという演出をしたいので誤った記
事・解説に訂正を求めないし,米の「政策」は中国の「原則」と同じという誤認が広まること
は好都合である。一部の台湾メディアにも,このような傾向が見られる。他方,米側は「二枚
舌外交」と言われることを警戒し,あえて「政策」と「原則」の違いを強調しない傾向がある。
◆「原則」と「政策」の定義
中国の「一つの中国原則」とは,1)「世界で中国はただ一つである」,2)「台湾は中国の不
可分の一部である」,3)「中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である」という三段
論法である(2000年の中国政府の白書「一つの中国原則と台湾問題」)。
1970年代,多くの国がこの原則を「承認」した。日本は,3)については「承認」,2)につい
ては中国の立場を「十分理解し尊重する」とした(1972年の「日中共同声明」)。アメリカは,
3)については「recognize(承認)」,1)と2)については中国側の立場を「acknowledge(認
知する)」とした(1978年の「米中共同声明」)。
「中国大陸と台湾がともに一つの中国に属する」という言い方は,台湾の反発を緩和するために
考え出された比較的新しい用法で,胡錦濤時代以降の対台湾政策文書で広く使用されるようになっ
た。なお,この用法が初めて正式に使用されたのは2002年の中国共産党第16回大会報告で,「世界
で中国はただ一つであり,大陸と台湾はともに一つの中国に属し,中国の主権と領土の分割は許さ
ない」と言及された。
アメリカの「一つの中国政策」は,1)「1972年,78年,82年の三つの米中コミュニケ」,2)
1979年制定の「台湾関係法」,3)1982年にレーガン大統領が台湾に対して表明した「六つの保
証」から成り立つ。
米中国交正常化を規定した1978年の「米中コミュニケ」において,アメリカは「中国は一つだけ
であり,台湾は中国の一部であるとの中国の立場を認知する」と表明した。同時にアメリカは「台
湾関係法」という国内法を制定し,台湾の安全へのコミットメントを法的に確認した。これは,
「米中コミュニケ」の中で表明されている中国側の主張と明確に矛盾する。
3)の「六つの保証」は3番目の「米中コミュニケ」を否定する内容を持つ。ただし,これをど
う位置付けるかは米国内でも議論があり,米の政治家・専門家で「六つの保証」に言及しない人も
いる。
(注)「六つの保証」については,小笠原「膠着状態の中台関係とトランプ政権の登場」の注13
を参照。
中国はそもそも「台湾関係法」にも「六つの保証」にも反対しているので,中国側が米の「一つ
の中国政策」に言及する際には,1)の「三つの米中コミュニケ」だけにする事例が多い。特に中
国メディアの報道ではそうなっている(専門家の論文では2),3)にも言及している)。中国側
は常に,米の「一つの中国政策」とは「三つの米中コミュニケ」だけ,と国際社会が認識するよう
に努力を続けていると言える。
「一つの中国」をめぐる米中の駆け引きは,中国がアメリカに「一つの中国原則」の受け入れを
迫り,アメリカは中国の要求に対しあいまいさを含ませて対応し,中国も反発と妥協を繰り返し今
日に至っている。アメリカ政府の態度については,「のらりくらりとかわしてきた」とするか,
「ずるずると妥協した」とするか,「巧妙にアメリカの利益を確保してきた」とするか,どう評価
するか論者によって異なる。
いずれにしても,「アメリカが中国の一つの中国原則を受け入れた」と書くことは不正確であ
り,また,米の「一つの中国政策」を「中国と台湾がともに中国に属するという一つの中国政策」
と書くことも中途半端であり,誤解を招く。少なくとも,「台湾は中国の一部だとする中国の立場
に異論を唱えないが,台湾の安全には関与する」というのが米の「一つの中国政策」というような
説明が必要である。
二つの用語の使い分けは,米中の駆け引きの核心にかかわることであり,今後の米中関係の動
向,台湾をめぐる東アジア情勢を判断する上で非常に重要であり,歴史的経緯を踏まえた正確な報
道・解説が求められる。
◆トランプ・習電話会談の報道
2017年2月9日(日本時間2月10日),トランプ大統領と習近平国家主席が電話で会談した。ホワ
イトハウスは,「トランプ大統領は,習近平国家主席の求めに応じ,我々の『一つの中国』政策を
尊重することに同意した」とのニュースリリースを配信した。
新華社は,「習近平は,アメリカ政府が一つの中国政策を堅持するとトランプが強調したことを
賞賛し,一つの中国原則は中米関係の政治的基礎だと指摘した」と配信した。新華社の配信文は,
二つの用語を使い分け両者の立場を区別して書いているが,「政策」と「原則」が並んでいるの
で,事情をよく知らなければ両者が同じものと思い込みやすい。
この電話会談についての日本メディアの報じ方を見てみる。「トランプ大統領が,中国と台湾は
不可分の領土であるとする『一つの中国』原則の尊重に同意した」(A社)という記事は,「原則」
と「政策」を混同した典型的な事例である。トランプが「尊重する」と述べたのは米の「一つの中
国政策」であって,中国の「一つの中国原則」ではない。新華社が両者を区別して使っているの
に,なぜ混同させるのであろうか。記者が複雑な経緯を十分整理できていないと思われてもしかた
ない。
「トランプ氏は,中国と台湾は不可分の領土だとする『一つの中国』原則を確認した」(B社)
という記事は,両者の混同だけではなく「確認した」という強い言葉を使っているので,さらに不
適切である。
「トランプ氏は,習氏が認めるよう求める(中国と台湾がともに中国に属するという)『一つの
中国』政策について,「尊重する」と初めて語った」(C社)という記事は,「政策」という用語
は使っているが,「中国と台湾がともに中国に属する」という説明を安易に加えているため,読者
は,トランプが中国の「一つの中国原則」を尊重すると語ったと思うであろう。
ホワイトハウスのリリースには「台湾を中国の一部とみなす」という文言はない。リリースは
「我々の『一つの中国』政策を尊重する」とだけ発表し,「一つの中国」の中身について留保の空
間を作っているが,日本メディアは勝手に中途半端な説明を付して読者に誤解をもたらしている。
「トランプ米大統領は,習近平国家主席と電話協議し,米国の歴代政権が踏襲してきた『一つの
中国』政策を維持する考えを表明した」(D社)という記事は比較的正確だ。
電話会談の当日・翌日,多くの報道機関がこのように報じたため,アメリカが中国の「一つの中
国」原則を受け入れたと思った人が多かったであろう。著名テレビコメンテーターや著名学者の中
に,この誤解に基づいて議論を展開しているものがあった。不正確な報道に引きずられたのではな
いだろうか。メディアの役割は非常に大きい。
専門家の文献や講演においても「政策」と「原則」の混同は散見される。ただし,文脈から内容
が明らかな場合は,言葉尻にとらわれる必要はない。
トランプ・習電話会談の日本メディアの報道に戻れば,その後,好ましいことに,「原則」と
「政策」の違いに触れて米中の立場について解説する正確な記述が増えてきた。
◆スタートライン
アメリカの「一つの中国政策」というのは米歴代政権の対中外交政策の大枠であって,具体的な
対台湾政策は歴代政権で幅があるし,同一政権であっても8年の間に変化している。この幅の中で
台湾情勢が左右される。電話会談でトランプが表明したのは,このスタートラインについたという
ことだけである。
トランプ政権がこの政策の枠の中でどういうポジションをとるのかは,これから明らかになる。
この先政策のバランスがどう傾くのか,中国がどう反応するのか,慎重な観察が必要である。
*参考文献は省略