「ロシア寄り」でも同一視されたくない中国 台湾問題で戦略見直しも 川島 真

【nippon.com:2022年4月4日】https://www.nippon.com/ja/in-depth/a08101/

◆党大会を控え「火中の栗」は拾わず

 ウクライナ問題に対する中国の姿勢が問われている。

 筆者は、以下の理由から、ウクライナ問題について中国が旗幟を過度に鮮明にせず、ロシアへの制裁に反対するなどロシア寄りに見えながらもロシアと同一視されることを避け、交渉あっせんや平和実現について役割を果たそうとする姿勢は示すものの、講和に向けて奔走するようなことはない、と考える。

 第一に、中国が長期的な米国およびその同盟国への「挑戦」(と「協力」)があることから、ロシアの存在が必要である。第二に、しかしながら、中国の対外貿易関係は昨今多元化が進んでASEAN(東南アジア諸国連合)諸国などが重要になっているとはいえ、依然として西側先進国との関わりが深く、ロシアに過度に接近することで西側諸国から敵視されることは好ましくない。

 第三に、西側先進国と価値観や安全保障問題をめぐって長期的な対立があり、中国としては開発途上国からの支持を得て多数を味方につけられると考えてはいるものの、周恩来以来の平和五原則に照らしても、途上国の多くが重視する「主権侵害」を「是」とすることはできない。その点ではウクライナの主権を重視し、戦闘停止を求めるという姿勢を取ることになる。

 第四に、これこそが重要なことだが、2022年は秋に第20回党大会があり、総書記としての3期目、あるいは党主席を狙う習近平にとって、内政はもとより、外政の面でも大きな失敗は許されない。だからこそ、自ら和平交渉に出て行って失敗したり、先進国を敵に回して経済面などで打撃を受けたりすることは避けたい。

 習近平国家主席の三期目は確実だとみられているが、実は中国共産党には党幹部の役職の延長は一度(三期目は認めない)という規定がある(党政領導幹部職務任期暫行規定)。例外規定もあるが、説明が必要だ。また、68歳定年制も明文規定ではなく慣習とされることから、どのように適用されるか不明だ。だからこそ、習近平は秋に向けてまだまだ慎重に振る舞わねばならないだろう。

 このようなさまざまな要素によって、中国の想定する政策の可動域は一定の制限を受けると考えられる。政策は抑制的になると考えるのが妥当だし、実際中国はロシア寄りながらも次第に中立的なスタンスを取りはじめている。

◆「米中対立」とロシアの役割

 ウクライナ問題に対する中国の姿勢を見る際に重要となるのは、中国としては2049年に至るまで、基本的に米中の相剋があると認識している点だ。その米国との対抗関係においてロシアは戦略的に重要な存在だ。中国は、開発途上国の支持を得て多数派を確保しながら、米国をはじめ先進国を「時代遅れ」の少数派にしていきたい。

 だからこそ、米国が、ロシアと中国とを共に「専制主義」などとして一括りにすることは中国にとって好ましくない。先進国との全面対決は避けたいし、主権侵害が焦点になれば、多くの途上国もそれを非難することになるからだ。

 米国などが提案した、国連総会でのロシア非難決議案が141カ国もの賛成を得て採択されたことも、国連を重視する中国にとっては脅威だろう。主権侵害が論点ならば、米国でもカンボジアなどを共同提案国に巻き込みながら過半数を取ることができる。中国としては、世界を舞台に多数派を占めつつ米国に対抗することが今後も求められる。この点で、非難決議案に棄権、無投票の国が、ユーラシアからアフリカに広く分布したことは、中国にとってせめてもの好材料だろう。

 中国とロシアとは同盟関係にない。中国は1980年代初頭より、同盟国を持たない独立自主の外交路線を採用している。また中露間には様々な問題があり、利害が常に一致しているわけではない。長期的に見れば、中国から見て世界第2位の軍事大国であるロシアは乗り越えなければならない存在だという面もある。

 だが、王毅外相はロシアによるウクライナ「侵略」の後も、中露関係について「共に国連安保理常任理事国であり、互いに最も重要で関係が緊密な隣国であるとともに、戦略的なパートナーである。中露関係は世界で最も重要な二国間関係」であり、「国際社会がどのように険悪になろうとも、中露両国は戦略的なパワーを持ち、また新時代の全面的な戦略的協力パートナーシップ関係を不断に前進させていく」などと述べる。

 2022年2月初旬、北京冬季五輪の開幕に合わせてプーチン大統領が訪中したが、国家として五輪に参加できないロシアの首脳を中国は破格の待遇で迎え、習近平主席とマスクなしで会合する姿を『人民日報』が大きく報じた。他の首脳との扱いの差は歴然であった。習近平は、西側先進国との長期的な緊張関係を踏まえてロシアとの協調を強調し、ロシアとともにNATOの東方拡大について反対するとともに、ロシアからの天然ガス購入を約した。

 この段階でプーチンから「侵略」について聞かされていたか定かではないが、北京のロシア大使館がいうように習近平が「侵略」を支持した可能性がないとは言えない。だが、聞かされていたとしても、侵攻開始から2日程度、すなわち、五輪閉幕からパラリンピック開幕の間の休みの間にロシア軍がウクライナを制圧するというプーチン大統領の説明を信じていたのではないだろうか。

◆緊密だったウクライナとの関係

 中国はウクライナとの関係が希薄というのではない。むしろ、中国がウクライナの武器を購入してきたことなどをはじめとして比較的緊密な関係にある。王毅外相も、ウクライナ問題をめぐる発言で「国際連合憲章の宗旨と原則を堅持し、各国の主権と領土の一帯性、安全を分割してはならないという原則を尊重し、保障すべき」だなどと一般原則を述べるにとどまってはいるが、ウクライナとの二国間関係には相当な蓄積がある。

 中国とウクライナが国交を持ったのは1992年だが、それ以来いくつかの共同声明を出している。中でも94年12月4日の共同声明は、「中国政府がウクライナに対して安全を保障する声明において、核を保有していないウクライナに対して無条件で核兵器を使用して脅威を与えたり、使用したりしない。もしウクライナが核兵器を使用した侵略や核の脅威を受けたりした場合には、ウクライナに対して安全保障を提供する」などとしている。

 この声明は、2013年の中国ウクライナ友好協力条約でも追認されている。そして、この条約ではウクライナの国家統一と領土の一体性をめぐる政策を中国は支持するとも記されている。これらの条文は、ある意味で一般的な原則の確認であり、ウクライナに対して何かしら特別な保障を与えるものではないかもしれないが、それでも原則論として一定の意味を持つと思われる。

◆EUへの期待とNATO批判

 中国はウクライナ問題をめぐって、2015年のロシア、ウクライナとロシア、フランスによるミンスク合意を肯定的に捉えており、だからこそロシアの侵攻後に独仏との首脳会談を実施したりしている。また、基本的にEU(欧州連合)との関係を肯定的に捉え、NATO(北大西洋条約機構)については批判を強める。

 王毅外相は、「中国と欧州は世界平和の二大パワーだ」という。そして欧州に対しては、欧州が独立自主で、米国の影響を受けないでほしいと求める。中国と欧州との間の相互依存に基づく関係緊密化は不可逆的だとするが、同時に一部には中国脅威論をあおる勢力がいるなどとして警鐘を鳴らす。また、NATOについては「冷戦的思考」を体現したものとして、中国が常に批判する。中国はEUに対して米国とは異なるスタンスでウクライナ問題に関わることを求め、またミンスク合意の枠組みであれば中国も支持を与えられるとのメッセージを送っているように見える。だが、実際に欧州の対米接近は顕著であり、フランスのマクロン大統領の唱えていた「戦略的自立性(strategic autonomy)」なども後退しているように見える。

◆仲介役は「振舞い」だけか

 では中国はこの問題の仲介役になるのだろうか。その答えは、積極的な仲介者にはならないが、国際問題が一度起きれば「中国が世界から頼りにされる」といえる程度の振る舞いはするものと思われる。米中首脳会談も、決して成果は上がらずとも米国側から要請されたから会議をしたとの体裁があれば会談だけは行う。

 また、実際に中国の王毅外相はロシアの侵攻直後から仲介役をすでに行なっているとしている。例えば、ロシアの「侵略」が始まった翌日、習近平がプーチンと電話会談を行った際、ウクライナ側との講和を促し、積極的な回答を得たという。また前述のように、ミンスク合意を念頭に独仏首脳との首脳会談も実施した。そして、中国は戦闘中止、人道主義の重要性を強調し、具体的な人道支援も行っている。

 他方、中国はウクライナの周辺国への働きかけを強めている。それは現地の中国人居留民保護のためである。ウクライナ在住の中国人の避難にはさまざまな困難があり、中国としては周辺国による避難民の受け入れ、支援を求め、まずハンガリーなどと外相会談を実施した。居留民保護は中国国内において重視されている問題であり、習近平政権としては慎重な対応が求められる。

◆台湾問題への教訓

 中国はウクライナ問題から多くを学び、また軍事侵攻のコストの高さを認識しているだろう。元々、習近平政権は2019年1月に台湾への武力侵攻の可能性に言及してから、以後は一度もそれに触れていない。台湾への内部浸透を強め、中国との統一を望む勢力を育成し、強力な武力で圧力をかけながら、「戦わずして統一する」というのが中国の基本方針だ。だが、それも相当に難しい。

 そこから見ても、ロシアがウクライナにおいて協力者を十分に育成できておらず、14年のクリミアのようにはいかなかったこと、軍事侵略をしても相当に強い抵抗を受けてしまった場合には長期戦になることを目の当たりにしている。もし中国が台湾への武力侵攻を想定しているとしても、その戦略の練り直し、あるいはより周到な準備の必要性が認識されたであろう。

 また、西側諸国が採用する「制裁」のメニューと、その有効性と限界、そしてロシアによる侵略後にウクライナなどのEU加盟交渉が進められるなど、「侵略」が相手側の国際的な空間を広げることも確認しただろう。中国による台湾侵攻がなされた場合、台湾が西側諸国から台湾として国家承認されることがあるなら、それは中国にとって受け入れ難いことだ。こうした点でウクライナ問題は、中国にとって学習の場となるとともに、台湾侵攻の難しさを改めて認識する機会になったものと思われる。そして、最終的にロシアが「敗北」すれば中国のコスト感は一層増すだろうが、グレー決着でも十分にコストを感じるだろう。

 今回のウクライナ問題に対して、日本は対米一致、対先進国との同調を旨とする。これは正しいのだろうが、途上国を含め世界がこの問題をどう見ているか、また中露がともに日本の隣国であることなども合わせて考慮し、あまり単純でない、柔軟性や複雑さもまた考慮に入れるべきであろう。

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川島 真(かわしま・しん)nippon.com編集企画委員。東京大学総合文化研究科教授。中曽根平和研究所研究本部長代行。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894−1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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