馬英九は1981年から米国パスポート(永住権)を持っていた [宮崎 正弘]

馬英九は1981年から米国パスポート(永住権)を持っていた [宮崎 正弘]
蒋経国をさえ欺いてグリーンカード保有を隠し通してきた

【2月19日発行 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通巻第2090号】

 お人好し日本人をたぶらかして大金を集め、最後にはコミンテルンの謀略も作用して
かソ連に寝返った「革命商人」(革命を口にしてカネを集める天才)の筆頭は孫文。中
国大陸ばかりか台湾でも、いまなお「国父」と呼ばれる。

 孫文は米国の国籍を持っていた(1981年ジョージア大学のトーマス・ギャンシュオー
教授がワシントン国立アーアイブで発見)。

 1904年3月14日、孫文はカリフォルニア州当局に市民権を申請した。孫文の出生地は
広東省香山県翠亮村となっており、この出生地に疑惑を持った当局と裁判沙汰になった
が、弁護士をつけて孫文が勝訴し、同年4月7日にアメリカ国籍を取得した。

 グリーンカード保有がばれたとき、馬英九はこう言って開き直った。

「孫文先生さえも米国籍だった。私がグリーンカードを保有したくらいで騒ぐことは
ない」。

 孫文が国籍を獲得したのは清国政府がお尋ね者として海外手配していたからだ。

 海外亡命先で政治活動を保護されるには当該国籍を取得せざるを得ず、戦後、日本に
亡命していた多くの台湾独立活動家も本国送還になれば戒厳令下の独裁政権に逮捕され
ることに間違いはなく、いわば方便として仕方がない。

 何人かの活動家は日本国籍を得た。それには弁明の余地が十分にある。

 しかるに馬英九の場合、当時から政権与党=国民党員であり、国民党から米国へ留学
し、その留学先に台湾から刺客が送られる心配はまるでなく、永住権を取る必要がどこ
にもないのである。

 グリーンカードは、たとえばアメリカ人を配偶者としている日本人も保有することが
出来るが、独立という精神から言えば祖国への裏切りになる。

 台湾では国民党員でも密かにグリーンカードを保有した者が多かった。80年代には、
ちょっとした役人でも持っていた。

 また蒋介石と同時に逃げ込んだ香港からの難民にはイギリスのパスポートを保有して
いた者が多くいた。

 そのため蒋経国は、二重国籍の徹底調査を命じていた、まさにその時期に馬英九は米
国からグリーンカードを持って台湾に帰国し、蒋経国(当時は行政院院長=首相に相当)
の英語通訳を務めたのだった。

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