追悼・周英明先生

追悼・周英明先生
昨夕、11月9日に逝去された周英明先生のお通夜が渋谷区内の代々幡斎場にてしめやかに
執り行われました。

 祭壇はたゆとう春の海のごとく一面菊の花で飾られ、その真ん中、目線よりかなり高い
ところに遺影が置かれ、周先生が静かに見渡しているような雰囲気でした。その遺影に300
名を越える会葬者が白いバラの花を献花しました。その傍らに奥様の金美齢先生や喪主の
周士甫(しほ)さんらお子さんたちが立って会葬者にご挨拶されるのでしたが、全員の方
の献花が終わる7時半ころまで立たれておりました。

 会葬者は産経新聞の住田社長や千野論説委員長、吉田前論説委員長、黄文雄さんや宗像
隆幸さん、連根藤さん、廖建龍さん、何康夫さん、郭孫雪娥さんなど共に台湾独立運動を
闘ってこられた方々、小田村四郎本会会長、岡崎久彦本会副会長など本会関係者、大学の
関係者、そして台湾から駆けつけられた方など本当に大勢の方々が駆けつけられました。

 本誌にもお悔やみが届いています。先にもご紹介しましたが、ここにその後いただいた
お悔やみをご紹介して改めてご冥福をお祈りいたします。
 なお、本日、午前11時から告別式が行われます。合掌          (編集部)


■斎 場 代々幡斎場
 〒151-0066 東京都渋谷区西原2-42-1 TEL(03)3466-1006
 京王新線 幡ヶ谷駅下車、南口出口より6分
 小田急線 代々木上原駅下車、北口1より6分
 http://www.yoyohata-saijyou.jp/

■告別式 11月15日(水)午前11時〜


 周英明先生が亡くなられたことを昨日(11月12日)知って驚いています(土日とメールで
届いた日台共栄も台湾の声も開いておらず、産経新聞の死亡欄も確認していなかったもの
ですから)。
 周さんとの面識は一度きり、平成13年に在日台湾同郷会の方々が開いたパーティーに、
西村修平さん達と御招待を受けた時が最初で最後でした。常にアグレッシブ、時として激
しささえ感じてしまう、奥方の金先生とは好対象な、物静かで優しそうな方だなあと言う
のが、その時周さんから自分が受けた印象でした。「静の周英明と動の金美齢」正におし
どり夫婦だったのでしょう。
 金曜日に日本テレビで爆笑問題が「私が総理大臣になったら」という、よくわからん番
組をやっていて、先週、金先生が出演され、若手のお笑い芸人と、明るくやりとりをされ
ておりましたが、あの番組を収録していた時、周先生・金先生が夫婦揃って病魔と闘って
いたのだと思うと、本当にたまらなくなります。
 今は只、周先生のご冥福をお祈りし、間違っても金先生がくじけてしまったりしない事
を願うのみです。
                              [埼玉県 加藤 哲史]


 周英明先生の訃報に接し、言い知れない悲しみに浸っています。
 御病気のことは早くに知り得ていて、経過もある程度承知していましたので、余計に込
上げる悲しみを我慢できずにいます。9月25日に「腿部骨折で周さんは、広尾の日赤病院
に入院された由でした」との連絡を受けていましたので、まわりを気遣われての病名では
ないか、と案じていました。
 3年ぐらい前に「腎臓癌」と聞かされていましたので、もしや、の思いで日々案じてい
ただけに残念でなりません。ただただ御冥福をお祈りするばかりです。
 周英明先生は、私の、理想のお爺ちゃん像でした。どんなに怒っていても、泣きじゃく
っていても、温かく包み込んで直ぐに笑顔に変えてしまうあの仕草・表情は、今も瞼に深
く焼き付いています。
「この人ね、見かけによらず、これで結構強情で頑固者だから」
「違うよ、理解しようとしない貴女の方が頑固だよ」
「何言ってのよ」。
 あの−、すいません今の場面は著書の通りですが、何時もの楽しい会話ですか、と好対
照のお二人に会話させて頂いていた時のことを、昨日のように思い出しています。
 日々ご気丈な女史も周先生ありての事、嘸かし気落ちされておられるものと悲しみの心
中を察しています。合掌
                              [佐賀県 久米 哲次]


 周英明先生の突然の訃報に触れ、たいへん驚いております。
 周先生とは、2004年の「手護台湾」に参加したおり、一言二言言葉を交わしたことがあ
りましたが、日本からの参加者の先頭にたってぐいぐい進んで行くご夫人の金美齢先生と
は対照的に、最後尾を泰然と歩いておられたことを覚えています。
 生涯を独立運動にささげてこられた周先生が、いまだ完全なる独立ならぬ台湾を見なが
ら逝かれたのはさぞやご無念であったろうと思います。
 これからは天国から、台湾に大いなる天佑をお与えくださいますように。
 心より、ご冥福をお祈り申し上げます。
                                    [芝山志]


悼!

岸壁の団子汁−周英明先生に捧げる 基隆碼頭的魚丸湯−獻給周英明先生

あの年あの月あの日     那年那月那一天
船から降りてきた私     我步下輪船
忘れられない団子汁の味   忘不了魚丸湯的美味
忘れられない心の溫もり   忘不了胸中的溫暖
あの年あの月あの日     那年那月那一天
国を後にした私       我告別祖國
忘れられない夜中の叫び   忘不了深夜的慘叫
忘れられない心の悲しみ   忘不了心裡的悲愴
あの年あの月あの日     那年那月那一天
デッキに倒された私     我被摔倒在停機坪
消えてゆく同志また一人   又一個同志消失了
消えてゆかない心の怒り   心中的憤怒卻永遠沒有消失
あの年あの月あの日     那年那月那一天
空港に降りてきた私     我步出機場
忘れられない南国の香り   忘不了南國的芬芳
忘れられない心の喜び    忘不了內心的喜悦

                   [福岡にて 水裡社 楊憲勲(柳原 憲一)]


 周英明先生のご逝去を心よりお悔やみいたします。
 周英明先生は奥様の金美齢先生とともに長年にわたり台湾独立のために献身してこられ
ました。
 先生が切り開いてこられて道は必ずや台湾国民のための台湾の実現につながるものと存
じます。
 長年にわたり台湾を愛する台湾国民と我々台湾を愛する日本国民を導いていただき、誠
にありがとうございました。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。
                         [ITコーディネータ 萩原 功]

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