歴史の改竄許すまじ─台湾高校生たちの教科書闘争  傳田 晴久

歴史の改竄許すまじ─台湾高校生たちの教科書闘争  傳田 晴久
台湾では現在、昨年春の「太陽花学運(ひまわり学生運動)」に続き、高校生たちが、教育部
(文部科学省に相当)が進める教科書の学習指導要領改訂が密室で行われ、台湾の歴史を歪(ゆ
が)めて高校生を「洗脳」するものだとして問題視し、反対運動に立ち上がっています。

 この運動は台湾全土に広がっているそうで、台南在住の傳田晴久(でんだ・はるひさ)氏がいつ
もの「台湾通信」で取り上げています。

 この「台湾通信」が100号を迎えたそうです。おめでとうございます。これからも、傳田流の切
り口で「日本人に知ってもらいたい台湾で起こっていること」をお伝えいただきたいと思います。

 なお、サブタイトルの「台湾高校生たちの教科書闘争」は編集部で付け加え、また読みやすさを
考慮して改行したり漢字を仮名に開いたりしていることをお断りします。


傳田晴久:歴史の改竄許すまじ
【台湾通信(第100回):2015年7月9日】

◆はじめに

 3回にわたって『日本人を狂わせた洗脳工作(WGIP)』(関野通夫著)を紹介してまいりまし
た。「台湾」通信なのになぜ「日本」に対する洗脳工作についてくどくどと書いたのか。日本人に
知って欲しいとの思いはもちろんありますが、この洗脳工作に類似のことが台湾にも「あった」、
ないし現在も「ある」ことについても述べたかったのです。

 今回は台湾で、現在進行しつつある極めて憂慮すべきことについて報告させていただきたいと思
い、筆を執りました。

◆ひまわり(大学生)の次は高校生に

 昨年(2014年)3月、大学生による「ひまわり學運」(立法院占拠)が起こり、台湾の政治環境
に大きなインパクトを与え、11月29日に行われた統一地方選挙において、国民党に大打撃を与えま
した。そして今回は、高校生による「反黒箱課綱」活動が持ち上がっています。これは「教育部
(日本の文科省に相当する)の『課程綱要』(指導要領)の密室改訂に反対する」活動です。

◆問題は「黒箱課綱」

 いま政府側、教育部は「微調」と言っています。僅かな改変、字句の調整であって、大幅な変更
ではないと強弁しているわけですが、学生たちは「これは我々に対する洗脳である」と認識してい
ます。とくにその改訂のプロセスが、オープンでなく、陰でこそこそ推進しているように見えるわ
けで、これを「黒箱」(ブラッボックス)と呼んでいるわけです。

 例えば、教育部は改訂のための委員会を設けているのですが、そのメンバーが誰であるかを公表
していないとか、審議内容を公開していないとかいう不満が、学生側にあります。

 ひまわり學運の発端はサービス貿易協定の批准審議を僅か30秒で切り上げた事が切っ掛けと言わ
れています。政府側に言わせれば、30秒で切り上げざるを得なかった理由はあるでしょうが、強引
すぎると言わざるをえません。

 内容もさることながら、進め方、手続きが民主主義に反するというのが、学生側の不満の一つで
す。数十年前の60年安保闘争を思い出します。デモに参加した私達も、安保の内容(実はあまりわ
かりませんでした)もさることながら岸内閣の進め方に対しての反発も大きな理由でした。

◆「微調」の核心

 指導要領を具体的にどのように改定しようとしているのか。呉俊瑩氏(国立台湾大学歴史所博士
課程)はFBで、台湾中南部の学校が選定した泰宇出版社発行の「台湾史課本」(教科書)を例に
とり、新旧本での違いを指摘した後、次のように述べています。

 「微調課綱」の問題は二つある。一つは「微調」課綱に基づいて改訂された教科書は審査(検
定)され、教科書の記述内容が調整されるということ、もう一つは新旧教科書の内容が歴史事実か
どうかの問題である。

 教科書検定について、旧教科書は冒頭「行政長官公署は権力を笠に専横で、日本統治時代の総督
府の再現として『総督制復活』と謗った」。新教科書はそれを「第二次大戦が終結し、中国は一躍
世界の強権の一つになった。大多数の台湾民衆は祖国の懐に再び帰ることを期待し、台湾に来て接
収を進める政府がよりよい生活を与える事を切に希望した」と改めた。

 旧教科書はもともと長官公署のやり方を批判しており、歯に衣着せることなく「接収に来た役人
は人材登用に不公平で、貪官汚吏は腐敗し、能力薄弱のくせに、征服者として居座っている」「社
会において軍警は権勢を張り横暴で、住民を食い物にし、更に民衆に身に染みる苦痛を与えた」と
このようなことを書いていたが、新教科書はこれらを全て捨て去り、謙遜な言葉を用いて明らかに
おとなしくなり、故意に公平を装い、もともとの著者が表現したかった批判力は全て跡形もなく消
失してしまっている。

 つづいて二二八事件の影響について、新教科書は「大災難にも死なずにすんだ一部の英才も、ほ
とんどは政治にかかわることに冷ややかに、疎遠になり、甚だしくは子弟に政治にかかわることを
戒めており、台湾の政治に対して悪い影響を与えている」という記述を削除した。

 教育部の過失は、二二八事件を課綱の「説明」から「重点」に移したことと盛んに言われている
が、微調後の教科書がなぜ二二八事件の遠因を記述する際、重要な点を避けて二次的なものを取り
上げるようなことをするのか? 事件の影響面において、削除して簡潔にするようなことを推し進
めるのか? これは教科書の編者が自ら削除したとでも言うのか? それとも審査を通るために行
う小細工とでも言うのか? 教科書は審査を受けねばならず、誰が「微調」課綱を審査するのかを
忘れてはいけない。

 歴史的事実かどうかについては、泰宇版教科書には、新旧共に「保釣運動」(釣魚島、日本名尖
閣諸島は中国の固有領土との主張)に関する段落において、「日治時期当該列島は台北州に隷属し
ていた」と言及している。根拠は何か? あるというならば、原始資料を提示してもらいたいもの
だ。しかし、ネット情報や国民党のシンクタンクの資料は全く不要である。それらは出鱈目である
ことは分かっている。

 葉高華教授がたいへん面白い資料「台湾四極演変史」をお持ちで、台湾総督府の政府側の資料に
よれば、日本統治が終了する時点では、台湾澎湖島の東の果ては棉花嶼の東端、北の果ては彭佳嶼
の北端とあり、釣魚台のどの部分も該当しない。教科書はいったいどの材料を根拠に釣魚台群島が
日本時代に台北州に隷属していたと断定しているのか? 

 この問題に関して、葉高華教授の《地図上の釣魚台(一)、(二)》をご覧になることを皆さん
に強くお勧めする。教科書の記述「朝野がいままでずっと釣魚台は我が国固有の領土と見ている」
という「固有の領土」であるか否かよく見てほしいものだ。

◆どういうことか

 歴史教科書の内容に「誤り」があり、その誤りが学術的に明らかになったのであれば、正すのは
当然であり、これは「歴史修正主義」でもなんでもありません。しかし、政府の都合、特定政党の
主義主張に合わせて、歴史教科書の内容に変更を加えるのはいかがなものでしょうか。

 私は台湾の歴史、中国の歴史を専門的に研究しているわけではないので、断定的なことは言えま
せんが、新聞やネットに書かれている事柄を読む限りでは、歴史を書き換えようとしているように
思われます。これは許されることではありません。

 「微調課綱」の内容が妥当であるのか否か、従来の記述に「誤り」があるのかどうか、新しい記
述が学術的に妥当であるのか否か、オープンな場で議論すればよい。

 いま高校生を中心に、教育部長(文科省大臣)に対して議論の場を作ろうと持ちかけているとこ
ろです。しかし、当局はそれを拒否し、教育部の建物には「刀片蛇籠」(小さな鋭い刃物を付けた
ケーブルを網状にしたもの)という鉄条網を張り巡らして、高校生が近づくことを阻止していま
す。なぜ当局は高校生との対話を拒否するのでしょうか。理由は明確です。

◆おわりに

 洗脳の方法にはハードなやり方とソフトなやり方の2つがあると思います。日本がGHQにして
やられたWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)は秦の始皇帝が行ったと
いう「焚書坑儒」に相当し、焚書はソフト的な方法であり、坑儒の方はハード的な方法です。

 台湾の人々は戦後大陸から逃げ込んできた蒋介石、国民党による228事件、それに続く白色テ
ロ、戒厳令によって言論を封殺されましたが、これはハード的手法です。いま行われつつある「黒
箱微調課綱」はソフト的手法と言えるでしょう。

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