【読者投稿】「ご覧なさい、これが殖民地の学校かな?」[埼玉県 尾形美明]

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日本は李登輝氏や蔡焜燦さんのような親日家を大切にすべき

 昨4月22日、靖国会館において台湾の蔡焜燦(さいこんさん)氏を囲む会が開かれまし
た。主宰は「日本李登輝友の会」、出席者は百数十名くらいでした。

 蔡さんの今回の来日の目的は、靖国神社の春の例大祭参拝と、関西経済同友会での講
演とのことです。物静かで上品な、戦前の日本婦人のような夫人同伴の旅です。

 蔡焜燦さんは台湾の新竹で半導体のデザイン会社を経営されている台湾有数の実業家
です。昨年3月の第4回李登輝学校研修団に参加した生徒達は、週末にもかかわらず、
新竹の会社の紹介や新竹工業団地の現状などの説明を頂き、夜はご夫妻の温かいもてな
しを受けました。

 蔡さんは大の親日家として知られています。その詳細は氏の著書『台湾人と日本精神
(小学館文庫)に詳述されていますので、今回の会合で話されたことの要旨を紹介します。

■蔡焜燦さんと靖国神社

 蔡さんは18歳の時に、日本軍の少年兵募集に応募し、400倍もの難関を突破されて、陸
軍航空学校生として昭和20年に来日された方ですから、今年80歳になられます。

 この志願について、蔡さんは開口一番に話されました。

 「身の回りの者や地元では、どうして戦死の可能性もある日本軍に志願するのだ、と
反対する声もあった。しかし、戦争になったら若者が祖国のために戦うのは当然のこと
だ、それに私は日本が好きだったし、天皇陛下が大好きだったのです。私は戦死して、
靖国神社に祀られることをむしろ望んでいました。

 ところが、生き延びて60年も馬齢を重ねています。80歳になったら、最近は衰えを感
じます。いつお迎えがあってもおかしくありません。私は靖国に入る資格はありません
が、自分から押しかけてきます」
 と笑わせていました。

 蔡さんが戦後初めて靖国神社に参拝されたのは、1968年10月の事です。23年ぶりに踏
む“かっての祖国”への業務出張でした。“忘れもしない”10月10日の祝日、取引先の
会社の上役から蔡さんの案内を命じられたのが、高島嘉道氏でした。

 「何処か面白い場所にでもお連れして差し上げなさい」と申し渡された高島さんがタ
クシーに行き先を告げようとしたとき、蔡さんは、それを制して「高島さん、折角の話
ですが、ストリップは取りやめにして、私を靖国神社に連れて行ってもらえませんか……」

 私は、かって共に戦い、そして祖国に殉じた二百数十万の英霊に鎮魂の祈りを捧げた
かったのだ。高島氏は、「そうですか、是非そうしましょう!」と快諾するや、氏の表
情はパッと明るくなった。23年ぶりの日本はすっかり秋の気配に包まれ、参道の銀杏も
秋色に染まり始めていた。私を英霊達が手を振り、迎えてくれているかのようであった。
私は時の経つのも忘れて手を合わせ、そして頭を垂れた。

 すると、高島氏がポケットにしまっている定期入れから、おもむろに一枚の写真を取
り出した。「蔡さん、これ・・・私の兄です。フリッピンで死にました。蔡さん今日は本当
にありがとうございます」。目にいっぱい涙を溜めながら、慕った兄の遺影を手のひら
に包み込んで語った。

 囲む会にはこの高島氏も見えていました。控えめな方で、蔡さんに促されてやっと前
の方に出られた高島さんは、満州に駐留していた部隊の機関銃隊隊長だったお兄さんの
第一師団が、ソ連との中立条約を信じた参謀本部の命令でルソン島に転戦させられ、緒
戦で米軍の猛攻を受け戦士されたことを、物静かに語られました。セピア色に変色した
お兄さんの写真は昨日ももちろん、所持されていました。

■『綜合教育讀本』をなぜ復刻されたのか

 昨日の会で披露された話題が、蔡さんが復刻された『綜合教育讀本』です。蔡さんは
自費で復刻されたのですが、好評で再刊を考えておられます。日本でも希望者が多いい
ようです。

 蔡さんは「自分は台湾の田舎の学校で学んだが、その学校に日本の内地にもなかった、
校内放送や16ミリ映画などを使った最新の視聴覚教室まであった。氏は、「ご覧なさい、
これが植民地の学校かな?」と申し上げたい、と茶目っ気たっぷりに仰います。

 囲む会には蔡さんが学んだ清水(きよみず)公学校の校長先生のお孫さんも駆けつけ
てこられていました。

 蔡さんは日本の台湾統治を高く評価されますが、中でも教育を重要視されます。

 貧しかった日本が、内地をも優先して力を入れたのが教育です。蔡さんが学んだ学校
は、今でもその姿を止めています。瓦葺の屋根を支える白亜の洋風円柱。見上げた天井
は和風建築のヒノキ造り。廊下からレンガのアーチをくぐれば、芝生を敷き詰めた中庭
が広がり、南洋の常緑樹、ガジュマルが木陰を作って涼風を呼ぶ。その優美な佇まいを
目の当たりにし、うなる他なかった(4月21日付「産経新聞」「日本統治下の学校教育に
誇り」)。

 蔡さんは、戦前の教育水準は非情に高く、また教師達がみな教育に情熱を燃やしてい
た上に、何よりも愛情をもって子供達に接していた。優秀だが家が貧しく、中学校に行
けない生徒がいると、先生が父親を訪ね「私が学校へ行かせるから」と、5年間の学費を
先生が肩代わりして卒業させた。そんな美談は当時、何処にでもあった。

 日本人教師のこのような愛情を込めた教育は、台湾人教師にも多大な影響を与え、素
晴らしい教育が台湾全島に広まっていったのだ。これが、資質の高い“人材”を育てる
ことになったのである。

 蔡さんは、特に日本教育の「公」、「誠」と「道徳心」を重んじる教育が台湾発展の
源となったと話されます。

 欧米諸国が植民地で行った「愚民政策」と比べると何という違いでしょう。日本のこ
うした姿勢は、朝鮮半島でも全く同じです。ですから、戦争中に日本軍が兵士を朝鮮で
募集した時は、台湾と同様に数十倍の応募があったのです。それを戦後朝鮮人は態度豹
変させました。自分達は戦勝国民だ、だなどといい、日本人に乱暴狼藉を働いたのです。
挙句の果ては、朝日などの反日左翼の扇動に乗って、「従軍」慰安婦を強制的に狩り立
てたなどという馬鹿げたことを主張しています。

 朝鮮など、ロシアか中国に占領されていたら良かった。そうすれば、今頃はどうなっ
ていたか思い知るだろう、と言いたいくらいです。

 話が逸れました。日本は李登輝氏や蔡焜燦さんのような親日家を大切にすべきです。
今からでも遅くはありません。温家宝のような独裁者に国会で演説させるなら、李登輝
前総統の講演をこそ実現すべきです。
                                平成19年4月23日


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