名称『武漢肺炎』にこだわる台湾  傳田 晴久

【傳田晴久の台湾通信(第151回):2021年1月31日】

◆はじめに

 このたびの世界的に蔓延した感染症の名称は、当初「武漢肺炎」と呼ばれましたが、WHO(世界保健機関)が「COVID-19」と命名し、多くの国々がその名称、あるいはその他の呼称を用いていますが、台湾は「武漢肺炎」という名称にこだわっているようです。その理由について、前号で引用した台湾の林佳慶さん発信の「KAKEIの『Taiwan・ビジネス』」という動画で解説していますので、再度引用させていただきます。

◆動画の紹介

 林佳慶さんは、「今日のテーマは、なぜ台湾は『武漢肺炎』と言い続けるのかということです。今回のテーマを取り扱うことによって、場合によっては批判されることもあろうかと思います。しかし、今回は敢えてこのテーマを取り扱いたいと思います。それはなぜ台湾が『武漢肺炎』と言い続けているのか、それを皆さんに客観的に考えていただきたいからです」と語り始め、次のように続けています。

<今回世間を騒がせているコロナの名称について、日本では「新型コロナウイルス感染症」という言い方をし、英語で表すときは「COVID(コヴィット)19」とし、「武漢肺炎」もしくは「武漢コロナウイルス」という呼び方は、2021年1月現在、あまり日本では聞かなくなりましたが、台湾では「武漢肺炎」もしくは「新冠肺炎」(新型コロナ肺炎という意味)という名称が混在しています。

 台湾のニュース報道やマスコミでは、この新型コロナウィルスを「武漢肺炎」という名称で扱うことが多く、台湾の国立政治大学法律学科教授(過去に台湾政府国家通信伝播委員会主席委員を務めた)蘇永欽氏が台湾のニュースサイト「ストームメディア」に投稿した2021年1月4日のコラムによると、「武漢肺炎」という名称は、2020年2月12日以降台湾以外の国では見かけなくなりました。

 台湾の政府主要ポストは台湾の国会でも「武漢肺炎」と言い続け、政府機関の公文書にも「武漢肺炎」との記載を継続している。また、台湾マスメデイアの約7割〜8割が政府に随順して「武漢肺炎」というワードを今でも使っているといいます。

<この蘇永欽氏は「武漢肺炎」というワードの使用はあまり好ましくないという立場を自ら明らかにしているが、ここで注目したいのは、蘇永欽氏の考え方ではなく、台湾の多くのメデイアが「武漢肺炎」という名称を現時点でも言い続けているという事実の部分です>と林佳慶氏はいいます。

◆ワード「武漢肺炎」の初出

 そして、この「武漢肺炎」という名称について、次のような驚くべき指摘をしています。

<そもそも、最初にこの名称を使ったのは台湾人ではなく、中国なんです。カナダヨーク大学管理学科副教授の沈栄欽氏が2020年3月22日にフェースブックにのせた投稿によると、「武漢肺炎」という名称を最初に使用したのは中国国民や中国共産党の関係者で、しかも中国の国家主席習近平氏が2020年コロナウイルスに関する最初の談話を発表した際、中国国営メデイアも「武漢肺炎」というワードを使用、台湾ではそのワードがそのまま台湾社会に定着し2021年現在今でも使用されています。>

◆「新冠肺炎」という名称

 2020年2月11日、WHOがこの新型コロナウィルスを「COVID-19」という名称に決定してから、世界のほとんどの国はこのウイルスを「武漢肺炎」や「武漢コロナウイルス」と呼ばなくなりました。これに伴い中国政府は「武漢肺炎」という名称を「新冠肺炎」という名称で呼ぶことを発表。中国政府は、台湾にもこの名称で呼ぶことを要求しました。台湾が引き続き「武漢肺炎」と呼び続けることは、これは中国に対する差別だと中国政府は台湾に圧力をかけました。

 また中国政府は、台湾人が中国に渡航する際に必要なPCR検査の書類上に「武漢肺炎」という文字があれば、このPCR検査は無効とみなす、このように中国は台湾に対して圧力をかけ続けているのです。

 中国の要求と抗議に対して台湾政府の対中国の業務を担当する機関、大陸委員会の副委員長兼スポークマンの邱垂正氏は2020年12月31日、次のように反論し、中国政府の抗議を一蹴しました。

<病気の名称は2019年末に中国武漢から外部に伝わったものであり、当初は世界中でいろいろな呼び方があったが、WHOはこのウイルスを「COVID-19」と命名、我が国(台湾)の主要機関が決める今回の伝染病の正式名称は「厳重特殊伝染病肺炎」と制定しました。しかし、学理上そしてコミュニケーションをとる上で、「武漢肺炎」と呼ぶのは理にかなっており、必ずしもマイナスの意味を持っている訳ではない。

 台湾は、言論が自由な社会で台湾の各界がどのようにこの伝染病を呼ぼうとするか制限することはない。また中国政府が指摘する汚名を着せる問題など存在しない。どのような名称で呼ぶか、これは防疫と無関係であり、従来から台湾政府が考慮する必要がある事項ではない。>

◆ワードの浸透度合い

 また、前出の沈栄欽氏の投稿によると、台湾社会ではすでに「武漢肺炎」というワードが浸透していて、中国政府が台湾に求める名称「新冠肺炎」というワードは台湾社会には浸透していない。次頁のグラフのように、Googleトレンド(検索エンジンGoogleによる単語の検索頻度を示す)によれば台湾で2020年1月19日から2020年3月21日の期間に検索された武漢肺炎という単語は青線、新冠肺炎という単語が赤線で示されているが、その差は一目瞭然です。

 この期間は台湾でコロナウイルスが非常に注目された時期で、明らかに「武漢肺炎」というワードの方が「新冠肺炎」というワードより検索されていることが分かります。よく知られているワードで、正しい情報を伝達したほうが、迅速正確に台湾国民に伝わりやすく、2021年1月15日現在、台湾のコロナウイルス感染者は国全体で843名、死亡は7名、2020年12月と2021年1月に国内新規感染者が4名出ましたが、すべての感染者の感染ルートがトレースできている状態、要するに台湾でのコロナウイルスはきちんと制御されおり、コロナウイルスの封じ込めが比較的に成功している国なのです。

 台湾成功の理由の一つとして、問題を直視しようとする姿勢があるからではないでしょうか。もし「武漢肺炎」というワードが、本当に中国政府の言うように、汚名を着せたり、差別につながるということであれば、なにゆえ中国はアフリカのケニアで最初に発見された豚の伝染病を「アフリカ豚熱」という名称で呼ぶのでしょうか。

◆「武漢肺炎」を使用し続ける理由

 台湾では「武漢肺炎」という名称が引き続き使用されています。もちろん台湾社会では「武漢肺炎」という名称を使用することに対して反対する人もいます。私(林佳慶)はいろいろな声があっていいと思います。

 ただ、ここで皆さんに知っていただきたいのは、その「武漢肺炎」という名称を堂々と使う台湾、それはコロナウイルスの真相と向き合う姿勢があること、そして台湾社会は言論の自由が保障されている社会であるということです。こんな開かれた台湾、今後の発展と成長がますます楽しみです。

◆おわりに

 台湾の人々、メデイアが「武漢肺炎」という言葉を使い続ける理由は、このたびの感染症の真相に面と向き合い、言論の自由を守ろうという姿勢にあるということのようです。

 折しもWHOの国際調査団が、武漢ウイルスの起源解明のための調査に入りました。発生から1年も経っての調査ですから、ウイルス発生の起源を示す証拠は見つからなかったという結論が出るのでしょうか。林佳慶さんが仰る「問題を直視しようとする姿勢」があれば結構なことですが……。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


投稿日

カテゴリー:

投稿者: