国務院台湾事務弁公室は1月11日深夜、いかなる形式の「台湾独立」分裂活動にも断固反対するとの談話を発表し、国営新華社通信は12日、蔡英文陣営が不正行為などの「汚い小細工」をしたと批判。さらには、外交部の耿爽副・報道局長は、蔡総統再選に対し日本やアメリカ、イギリスなどが祝意を表したことにも「『一つの中国』原則に反するやり方で、強烈な不満と断固とした反対を表明する」と、八つ当たりコメントを発表した。
15日には、国務院台湾事務弁公室の馬暁光・報道官は「台湾の前途は全中国人民が決定する」とまで述べたと伝えられている。台湾の選挙さえ思うようにならない中国が、どうやって「台湾の前途」を決めるというのだろう。最後は武力で台湾を併呑して屈服させるとでも言いたいのだろうか。虚勢を張ったとしか見えない。
中国ウォッチャーとして知られ、中国出身で日本に帰化した評論家の石平氏は、この選挙を中国がどう受け止めるかに注目し、中国共産党系の環球時報が「中台関係史上、前代未聞の出来事」と言うべき社説を掲げたことをレポートしている。なんとこの社説は「台湾の民意は統一反対である」と初めて認め、中国共産党政権の今までの対台湾政策と台湾工作が完全に失敗したとする内容だという。それに加えて、社説は「一国二制度」に一切触れなかったともつづっている。
下記に「NEWSWEEK日本版」に寄稿した全文をご紹介したい。果たして、中国は今後、台湾にどう立ち向かうのか、大いに注目される。
なお、石平氏も今回の台湾の総統・立法委員選挙に注目し、台湾まで足を運んでいる。
—————————————————————————————–環球時報社説が語る習政権「台湾統一」の行き詰まり【NEWSWEEK日本版:2019年1月16日】https://www.newsweekjapan.jp/sekihei/2020/01/post-5.php
1月11日の台湾総統選の結果を受け、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は13日と14日の2日連続でこれに関する社説を掲載した。
蔡英文陣営の展開する選挙戦を「汚い小細工」だと罵倒した新華社通信の論評と同様、13日の環球時報社説は蔡氏の圧勝を「中国の脅威を煽り」「韓国瑜を中傷した」ことの結果だと矮小化して、それが台湾の民意であることを認めなかった。
しかし翌14日の社説で環球時報の論調は一変した。
「台湾情勢の総態勢を実事求是(客観)的に見る」と題するこの日の環球社説は冒頭からこう書かれている。
「台湾選挙で蔡英文が高い得票で再選し、民進党も立法院での過半数議席を勝ち取った。われわは、そこから反映された台湾の民意の動向を客観的に解読し、台湾社会に対するわれわれの全体認識の正しさを確保すべきだ」
つまり環球時報はここでは渋々、台湾選挙の結果が「民意の反映」であると認めた。わずか1日前の社説とは180度の評価の転換である。
そして社説はこう続く。
「蔡英文と民進党が選挙戦においてもっとも多く訴えたのは『恐中(中国に恐怖を感じること)』と『拒統(中国との統一を拒否すること)』であるが、選挙の結果は、台湾社会の大多数の人々がこのような認識を基礎とする政治路線を支持していることを示した」
◆中台関係史上、前代未聞の出来事
環球時報は一歩踏み込んで、中国への恐怖は大多数の台湾人の共通心理だと認めた。それと同時に、この大多数の台湾人(すなわち台湾の民意)が、中国が提唱している「祖国統一」を拒否していることも間接的ながら認めた。
これは中台関係の歴史上、前代未聞の出来事である。
●小平時代以来、台湾の「祖国統一」は歴代共産党政権の一貫した方針、国策である。そして共産党政権は「祖国統一こそは台湾人の利益であって台湾の未来」と主張し続けてきた。(●=都の左が登)
しかしここにきて、共産党系の新聞が事実上「台湾の民意は統一反対である」と初めて認めた。しかし台湾の民意が「統一反対」なら、それは共産党政権の今までの対台湾政策と台湾工作が完全に失敗したことになる。環球時報は政権の失敗を認めつつ、国内向けにそれをさらけ出したのだ。
環球時報は一体どうして、政権の失敗を認めるような「愚挙」に出たのか。その理由はやはり、習近平政権の対台湾政策が失敗しているという認識が国内ですでに広がっていることにあるだろう。つまり環球時報が認める前から、みんなとっくに知っていたわけである。
実際、環球時報はこの社説の中ではこうも書いている。
「国内のインターネット上では、一部の人々が蔡英文の再選を大陸の対台湾政策の『失敗』だと見なしているが、このような見方は大陸の力に対する過大な評価と期待を反映している」
あれほどの情報操作と情報封鎖をやっていながら、こういう認識が中国国内で拡散しているのは、習政権にとってはむしろ蔡英文再選以上の衝撃であろう。だから環球時報は「失敗」を認めた上で、「このような見方は大陸の力に対する過大評価」と、習政権の弁護を始めたわけである。
そして政権弁護の弁として、環球時報は「われわれの好き嫌いで台湾選挙の結果が決まるのであれば(それに越したことはないが)、しかしそれは大陸によほどの実力があっての話であって、今の大陸にとってそれは現実ではない」との意味合いのことを書いた。
◆「今の中国は実力不足」という告白
つまり、環球時報はここで蔡英文を再選させたのも台湾政策が失敗したのも習政権の失策によるものではない、今の中国にはそれだけの実力がないからそうなるのも仕方がない、と言いたかった。普段から国威高揚の宣伝に努めてきた環球時報がここにきて、中国の実力の無さを素直に認めるのは実に珍しい。逆に言えば、環球時報ですらもはや自国の実力を貶めて台湾に影響を及ぼす力のないことを認める以外に、現政権を弁護する方法はないと考えているのだろう。
しかし、台湾の情勢を左右する力もない中国が今後、一体どうやって「祖国統一」を実現するのか。当の環球時報社説は何の具体策も打ち出していない。しかし一方で、社説にはもう一つ重要なポイントが隠されていた。
それは社説が何を言ったのかにあるのではなく、何を言わなかったかにある。社説は実は「一国二制度」という言葉に一切触れなかったのである。
周知のように、「一国二制度による台湾統一」こそ、習主席が去年の1月に打ち出した台湾政策の核心的内容であり、習政権の台湾政策そのものである。しかし環球時報の社説は台湾問題を論じる中でそれを一切無視した。共産党機関紙の人民日報系の新聞紙にとっては異常事態というしかない。
台湾総統選の結果は、中国と習近平政権にとってこれほど大きな失敗だった。滅多にないような歴史的な惨敗だからこそ、環球時報でさえそれを認めざるを得ず、中国の実力をわざと貶めるようなことまでして、政権の弁護に躍起にならざるを得なかった。
「一国二制度の台湾統一」にあえて触れなかったことも興味深い。環球時報によるこの「意図的無視」は、習が台湾統一の「決め手」として打ち出した「一国二制度案」はすでに失敗に終わっていることの証明であると同時に、「それがすでに失敗している」と言う認識が政権内でも広がっていることを示した。
習自身は当然、この失敗を絶対認めたくない。自らの打ち出した「一国二制度の台湾統一」という政策的看板を下ろす訳にもいかない。現に、国務院台湾弁公室は15日に記者会見で「一国二制度による台湾統一」の方針継続を明言した。
ならば、武力による台湾統一に踏み切るのか。総統選が終わってからのこの数日間、中国当局や官制メデイアからはそんな論調は一切出ていない。環球時報の胡錫進編集長も12日、自らの「微博」に短文を掲載し、ネットの「武力統一論」を「現実的ではない」と一蹴した。
「一国二制度による統一」政策の失敗を分かっていながらも方針転換はできず、武力行使にも踏み切れず、新しい政策を打ち出すこともなく、ただ茫然自失に陥っているのが今の習と政権の現状である。台湾人が勇敢に示した大いなる民意の前で、彼らの台湾工作も台湾政策も完全に行き詰まっている。