-「東アジアユースゲームズ」台中市開催中止が示すもの―
『インテリジェンスレポート』9月号より転載
平成国際大学教授 浅野和生
本年4月30日、中米のドミニカ共和国が台湾との断交を発表、中国との国交を樹立した。また、5月24日、西アフリカのブルキナファソが台湾と断交、26日に中国との国交樹立を発表した。僅か1か月の間に、台湾は国交国のうち2か国を中国に奪取されたのである。
これに先立つ2016年12月21日には西アフリカの島嶼国サントメ・プリンシペが、2017年6月12日には中米のパナマ共和国が、台湾と断交し、中国との国交を樹立させた。つまり、2016年5月20日に台湾で民進党の蔡英文政権が成立してから、わずか2年余りで、台湾は国交国22のうち4か国を失ったのである。
台湾と断交した4か国のうち、サントメ・プリンシペは人口16万人ほどの小国であるが、ドミニカ共和国は人口1078万人、ブルキナファソは1750万人であり、ベルギーの1111万人とオランダの1648万人に匹敵する。また、パナマの場合、人口こそ403万人と少ないが、太平洋と大西洋を結ぶ地政学的要衝であるばかりでなく、台湾からパナマへの過去65年間の投資総額が約1870億円に及ぶ台湾にとって重要な友好国である。蔡英文総統は就任後初の海外訪問先として、パナマ運河の拡張工事完成記念式典に出席していた事実がある。だから4か国との国交を失ったことの衝撃は小さくない。
以上のように、中国は、その経済力と政治力を駆使して日に日に台湾の国際的生存空間を狭めている。
習近平政権の台湾政策
習近平政権の対台湾政策については、昨年10月の第19回中国共産党大会と、本年3月の全国人民代表大会における演説で明らかにされている。
すなわち、習近平は、「一つの中国」の原則と「九二年のコンセンサス」を堅持し、中台関係の平和的発展を推進し、中台の経済文化交流と協力を強化して、歴史的な中台双方指導者の会見を実現する。そして「台湾独立」の中国分裂勢力を制圧して、台湾海峡の平和と安定を維持する。なお、台湾問題を解決して祖国の完全統一を実現することは、全中華人民の共同の願望であり、中華民族の根本的利益であると述べている。習近平の演説によれば、「九二年コンセンサス」=「一つの中国」原則であり、しかもその「中国」とは中華人民共和国のことである。
一方、台湾の蔡英文政権は、「一つの中国」原則も「九二年コンセンサス」も認めていない。中国の主張を前提に、台湾が「一つの中国」を認めれば、台湾が中華人民共和国の一部だと認めることになる。だから、蔡総統は「一つの中国」も「九二年コンセンサス」も認めない。台湾海峡両岸に大陸中国と台湾を実効統治するそれぞれ別の政権があることは現実であり、92年以来、中台間で平和的な話し合いや交流が進められてきたのだから、これを継続しようというのが蔡英文の言う「現状維持」である。
しかし、習近平は、「一つの中国の原則」が中台の相互関係の平和的発展の鍵であり、台湾が「一つの中国」に属すると認めれば話し合いが可能になると主張して、蔡英文政権との話し合いを拒絶している。その上で、「一つの中国」の原則を認めるなら、台湾を誰が、どの政党が指導していようと、平和的話し合いの障害にはならないと述べている。
さらに習近平は、両岸の同胞は骨肉の兄弟で、血は水より濃い家族だという理念で、台湾の現有の社会制度と生活方式を尊重しつつ、台湾の同胞が大陸発展のチャンスに参与することを希望すると述べた。また台湾の同胞が大陸で学習し、創業し、就業し、生活するには大陸の同胞と同等の待遇、つまり内国民待遇を与えて、台湾の同胞の福祉を増進すると言っている。こうして中台の同胞がともに中華文化を高揚させれば、両岸人民の心霊の結合が促進されるとも述べた。
他方、習近平は、国家主権と領土の完全一体を維持し、国家分裂の悲劇の歴史を絶対に繰り返さない決意を示した。また、祖国分裂の活動は必ず全中国から断固たる反対に遭うとし、「台湾独立」の策謀は、それが「誰であれ、いかなる組織であれ、またいかなる政党であれ、いつ、いかなる形式であれ」打ち負かし、また寸土といえども「中国から切り離すことは決して許さない」と断言した。
ここに示されたのは、習近平の「中華思想」である。二期目を迎えた習近平政権は、1949年の革命から70年を経て、中国が既に世界の大国になったと認識している。実際、2010年にGDPで日本を凌駕して、米国に次いで世界第二位となった中国は、それから7年で日本の2・7倍の経済力となっている。その中国が、これから「一帯一路」を完成させ、2050年までには軍事力も含めた強国になると言っている。そこで中国は、「世界強国となる中国の栄光の道を台湾の同胞もともに歩んではどうか」と、上から目線で呼びかけているのである。つまり、台湾の同胞は中国人とは血を分けた特別な関係にあるから「中国の栄光実現に参与する恩恵を与えても良い」と言っているのである。
そのために発表されたのが、中国国務院台湾事務弁公室による「恵台31条」である。
一方、習近平政権が「台湾の独立」を決して許さないと強調しているところから、習近平演説に台湾統一のための武力行使が直接言及されていなくとも、台湾の分離独立阻止には武力行使を辞さないと見るのが常識であろう。
実際、習近平の中国は、今日、強大で先端的な陸軍、海軍、空軍とミサイル部隊および戦略支援部隊を建設しつつあり、2020年には機械化を終えコンピュータ化を推し進め、2035年までには国防の現代化を達成して、21世紀の半ばまでには世界一流の軍隊を建設すると宣言している。つまり、アメリカ軍と対峙できる軍事力を実現しようというわけで、そうなれば将来、中国が台湾併呑のために武力を行使しようとしたとき、アメリカは阻止しない、あるいはできないかもしれない。
さて、2016年7月に、フィリピンを原告とする国際仲裁裁判は、中国による南シナ海の岩礁埋め立てや軍事基地化の根拠を否定した。しかし本年7月29日、習近平政権は海事分野のトラブル仲裁などを行う「海南国際仲裁院」を発足させた。その目的は南シナ海でのトラブルを中国の裁判所が仲裁して、そこでの島嶼建設や海洋資源開発、海上貿易を促進することにあるという。これすなわち、中国がこの海域で主導権を確立し、経済活動を強化する姿勢を改めて示したものである。
すでに天然ガスの採掘など海底資源開発を進めて、中国の内海化が進む東シナ海に加えて、今、南シナ海も中国の海となれば、その結節点に位置する台湾を中国が併呑することは自明の目標であろう。
ただし、「戦わずして敵を屈する」ことを「善の善」とする「孫子の兵法」からすれば、習近平政権は「武力行使」ではなく「恵台31条」を掲げるのである。すなわち、恩恵によって台湾の取り込みを進めるのが中国の目前の戦略であり、同時に、台湾の国際的生存空間を狭めるために、平和裏に台湾の国交国をはぎ取っているのである。
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