林氏の父は中華民国の外交官だったそうで、1942年に上海に生まれたものの、国共内戦で中国共産党の毛沢東に蒋介石の率いる国民政府が敗れたため、蒋介石とともに台湾に移ったという。産経新聞が林海峯氏に叙勲を祝福する記事を掲載しているので下記に紹介したい。
今年の秋の叙勲は台湾からは頼浩敏(日本奨学金留学生聯誼会名誉理事長)、劉金標(「GIANT(ジャイアント)」創設者)、何春樹(台湾高座台日交流協会副理事長)の3氏だが、台湾出身として林海峯氏、帰化した金美齢氏(JET日本語学校名誉理事長)と5人にのぼる。
ちなみに、本会ホームページには台湾の叙勲が再開された2005年春からこの秋の叙勲までに受章された51人の名前などを掲載している。
◆台湾の叙勲者一覧【2005年春〜2017年秋】 2017年11月現在 http://www.ritouki.jp/index.php/info/20170429-01/
—————————————————————————————–旭日中綬章の林海峰名誉天元 「負けず嫌いだから続けられた」【産経新聞:2017年11月8日】http://www.sankei.com/life/news/171108/lif1711080007-n1.html
平成29年秋の叙勲受章者が発表され、囲碁棋士の林海峰(りんかいほう)名誉天元(75)が旭日中綬章に選ばれた。
「ただ碁が好きでやってきた私に思いもよらず名誉なものをいただけることになり、恐縮しております」
10歳で台湾から来日、昭和30年に12歳でプロ入りした。23歳4カ月での名人獲得は、井山裕太七冠(28)に破られるまで40年以上、最年少記録だった。50年の十段奪取や平成元年から天元5連覇など、タイトル通算35期は歴代8位。その活躍にあこがれた門下生の張栩(ちょう・う)九段(37)や、謝依旻(しぇい・いみん)女流棋聖(27)ら台湾の有能な人材が、日本でプロになる道を開いた。
同じ年齢の大竹英雄名誉碁聖とは50年代以降、“竹林(ちくりん)時代”と呼ばれるライバル関係を築いた。「才能ではかなわない人が出てきたな、と。対抗するには粘り倒すしかない」と対局するうち、二枚腰と呼ばれる棋風が定着した。
通算1417勝は歴代2位。「負けず嫌いだったからここまで続けられた。元気で、長く碁を楽しみたい」。師匠の呉清源(ご・せいげん)九段が100歳で亡くなるまで碁石を持っていたように、生涯棋士を目指す。(伊藤洋一)