2016.9.12 産経新聞「田村秀男の日曜経済講座」より
松井秀喜ファンには叱られるかもしれないが、習近平政権下の中国は映画「シン・ゴジラ」のゴジラそっくりだと思った。地球にばらまかれた放射能を存分に吸収して変身、膨張する。世界を破壊しかねない巨大なパワーは米国も加わった多国籍軍をたじろがせる。最後の手段はゴジラ凍結作戦だった。
「放射能」をドル、「多国籍軍」を国際通貨基金(IMF)や世界貿易機関(WTO)、「凍結作戦」を国際ルールに置き換えると、中国ゴジラの物語だ。
2008年9月のリーマン・ショック後の中国経済の膨張を支えてきたのはドルである。世界恐慌回避のために米連邦準備制度理事会(FRB)は14年までの6年間でドル資金発行量を4倍とし、3兆ドルを追加発行したが、中国人民銀行はその相当額のドルを国有商業銀行などから買い上げ、人民元資金を供給してきた。商業銀行は資金を地方政府主導の不動産開発や国有企業などの設備投資向けに融資してきた。これら固定資産投資に支えられて国内総生産(GDP)は2桁台で伸び、10年には日本のGDPを抜いて世界第2位の経済超大国に躍り出た。
不動産市場が加熱する中で、工業生産能力は14年までの7年間で粗鋼約2倍、自動車2・3倍、セメント1・9倍と急膨張し、いずれも世界ダントツのモンスターとなった。14年に不動産バブルが崩壊すると、地方各地ではゴーストタウンが出現、鉄鋼などの設備の5割以上が過剰となった。中国需要の急減で石油、鉄鉱石など国際商品市況は暴落し、世界にデフレ不況圧力を加えている。
通常の市場経済であれば、バブル崩壊は資産や生産両面の過剰を整理する動因となるのだが、中国共産党はそうはさせない。決め手は人民元の相場をドルにくぎ付けする「管理変動相場制」だ。通貨価値安定を背景に、家計は株や不動産相場が下落しても、現預金を増やし続ける。そして銀行は不動産や企業への融資を増やす。いったん崩落したはずの不動産市況は昨年前半から上海、北京、深センなどの沿海部の巨大都市で急速に回復し始めた。
製鉄所などゾンビと化したはずの工場も倒産を免れている。地方の党官僚は党中央が目標とする経済成長率7%前後の達成を迫られる。やり方は簡単だ。GDPの4割以上を占める固定資産投資を増やせばよい。銀行が融資を増やせば、カネは回りに回って不動産需要が盛り上がり、不動産開発によってGDPを押し上げるという仕掛けだが、成果はどうか。
グラフをみよう。銀行融資は円換算で増え続け、今年は年間200兆円を超える。この信用膨張に引き上げられるかのように上海不動産の騰勢が止まらない。実体経済を示すGDPのほうはというと、増えてはいるが勢いは弱い。5年前はGDPを1増やすためには融資増1で済んだが、今年は3以上必要になっている。
融資の裏側は債務である。国際決済銀行(BIS)統計によれば、昨年末までの3年間で中国の企業、政府、家計の債務合計は約920兆円増え、増加規模は景気が堅調な米国の2倍以上、世界合計の3・5倍にもなる。実体経済が健全であれば借金が増えても返済されるので信用不安は起きないが、中国は不動産バブルの再発と過剰生産の中での債務膨張である。中国はゴジラさながらに世界経済にとって最大の脅威なのだ。
国際社会が習政権に対し、チャイナリスク軽減へと是正策を求めるのは当然だし、IMFやWTOそして20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)などと、その場はいくらでもある。
しかし、中国・杭州で開かれたG20はどうだったのか。
宣言文は「IMFの決定に従い、われわれは、10月1日の人民元の特別引き出し権(SDR)構成通貨入りを歓迎する」という。SDR入りの条件にしているはずの中国の金融市場自由化や人民元の変動相場制移行には一切触れない。中国をさらに強大化させる国際通貨人民元にひれ伏したかのようだ。
「鉄鋼及びその他の産業における過剰生産能力が、共同の対応を必要とする世界的な課題であると認識」とはよくぞ言った。課題を中国にではなく世界に押し付けた。
「シン・ゴジラ」では、生き残った政治家や官僚らが愛国心に燃え、決死のゴジラ凍結作戦に出た。杭州G20では議長、習国家主席側近の官僚たちにやすやすと屈した。中国ゴジラの物語には悲惨な結末しか見えてこないようだ。(編集委員)