産経新聞2016.3.7 07:35
櫻井よしこ
防衛省のシンクタンク、防衛研究所の年次報告書「中国安全保障レポート2016」で「東アジアの既存の安全保障秩序が一変する可能性」が指摘された。
力による支配は意思と能力がそろって初めて現実となる。中国の行動は明らかな意思を示しており、その中国が顕著な軍拡で秩序を一変させ得る軍事力を手にしたということだ。幻想を抱かず、彼らの実態を見通すべき局面である。
中国人民解放軍(PLA)は2013年以降、西太平洋で実戦さながらの大規模統合演習を行ってきた。わが国に関しては、東シナ海から太平洋側にかけて周辺海域を周回し、うかがい続けている。
空軍は「天空一体」(空軍と宇宙の衛星システムの統合)を掲げ、果敢に宇宙の軍事利用に挑み、30年までに新型戦略爆撃機、高高度防衛ミサイル、無人攻撃機など戦略装備の開発を目指す。
強軍戦略の下、習近平国家主席は大規模な改革を進め、軍を陸軍主体からサイバーとハイテクで超近代戦に耐える軍に生まれかわらせたいのである。新設ロケット軍で遠隔地の正確な攻撃も可能になる。これらすべて「戦争に勝つため」と明記されている。
中国とは対照的に、日本は憲法の専守防衛の精神で、敵地攻撃どころか、攻撃された場合の防御態勢もない。
中国では政府もメディアも「戦争に勝つ」とためらいなく胸を張り、中国共産党機関紙の国際版、「環球時報」には「戦争を恐れない」という決意表明が頻繁に登場する。
米国の高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国配備に関する論評はその典型例であろう。中国はTHAADと同じ機能を有するミサイル防衛システムを30年までに西太平洋に配備したいとしている。が、そのことは棚に上げて、THAAD配備後、米韓両軍が38度線を越える場合は、と断って、中国の軍事介入の可能性があると書く。「中国は恐れることなく参戦する」(2月16日)と社説で物すのは事実上の恫喝ではないか。
それでも朴槿恵大統領は揺らがずにTHAAD配備に向けて米国との交渉に入った。だがオバマ米大統領は中国への配慮と国連での対北朝鮮制裁決議案との兼ね合いからか、交渉入りを2週間延ばした。THAAD配備という結論は同じだとしても、米国の対中姿勢に時に疑問を抱く。
中国は日米をはじめ国際社会に、傲然たる姿勢で中国式秩序を押しつけようとするが、彼らの意図と実力を実像に近い形で見る必要がある。
1月6日スプラトリー(中国名・南沙)諸島のファイアリークロス(永暑)礁の新設滑走路に中国機がテスト飛行したとき、彼らは、「中国の正当な活動に日米は慣れるべきだ。中国の開発は続く。それが常態だ」と言い放った。
北京駐在の日米加独および欧州連合(EU)の5大使が3月1日、中国の「反テロ法」「ネットセキュリティー法草案」「外国の非政府組織(NGO)管理法草案」に関して共同で書簡を送ったときも、中国外務省の洪磊報道官は「反テロ法は世界各国が共通して行っている」「諸国は中国の司法主権を尊重」せよと語り、環球時報は「彼ら(日米欧)はすぐ新しい状況に適応するだろう。なぜなら国家安全保障上、中国の採った行政はかつて西側諸国も行ったことだからだ」と書いた。
このようにあらゆる分野で彼らなりの理屈を押し通そうとする背景に経済力への自信がある。相手国と対立していても、豊富な外貨、援助や投資で妥協を勝ち取れると、彼らは考える。だが、中国経済の陰りの中で、そのようなことがいつまで続くだろうか。
20カ国財務相・中央銀行総裁会議の席で、中国人民元安への介入に関連して、通貨スワップ協定の話題になった。中国が頼んだわけではないともいうが、結論から言えば、日本は中国とのスワップ協定を要請される形になった。つまり中国の要請に応じて円を貸すということだ。中国の外貨準備が相当減少していると見るのは自然であろう。
政府関係者は、同件とAIIB(アジアインフラ投資銀行)との間に共通項が見えると語る。日本も米国も中国主導のAIIBに参加していない。日米抜きのAIIBへの信用度は低く、AIIBは期待されていたようにはいまだ、機能していない。日本は中国の強みとともにこのような彼らの弱点も承知し、自らの強さに自信をもってよいのだ。
中国の異形の価値観が判明してきたいま、アメリカがアジア回帰で動き始めた。
原子力空母「ジョン・C・ステニス」を旗艦とする空母打撃群が南シナ海に展開し、2月15日からアメリカのサニーランドでアメリカ・ASEAN(東南アジア諸国連合)会議が開催された。国務次官補のダニエル・ラッセル氏はASEAN会議にはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、ASEAN経済会議、気候変動に関するパリ協定などと同様の重要な意義があるという。
ASEAN10カ国に温度差はあっても、アメリカとの会議に全首脳が出席し、これは制度化され継続される。こうした中、安倍晋三首相と日本の役割がとりわけ重要だ。
2年前、シンガポールのシャングリラ会議で、全ての国が国際法を順守すべきだとして、「法の支配」に15回も言及した首相に満場の拍手が送られた。いま首相は、もっと自信をもって価値観を訴え、価値観のために闘う意志と力を見せるのがよい。日本を強くし、真の平和を手にするための憲法改正が待ち望まれる。