【対談】李登輝前総統・安藤忠雄氏─日台の未来 地球の未来(3)

読売新聞による李登輝前総統へのインタビューが掲載された4月4日、産経新聞が李前
総統と建築家の安藤忠雄氏との大型対談を2ページの見開きで掲載しています。

 李前総統は安藤忠雄氏とは初対面だったそうですが、講演や論考の中で安藤氏の仕事
ぶりに言及し、また、安藤氏は台湾では最も関心の高い建築家であり、司馬遼太郎記念
館や西田幾多郎の哲学館(石川県かほく市)などの設計を通じて、間接的に李前総統の
考えをよく理解していたようです。

 世界的な政治家と建築家、住む世界は異なるにもかかわらず、その世界観や価値観が
一致しているのは不思議な感じもしましたが、対談では「場所の論理」がキーワードと
なっていて、得心するところがあります。

 4つに分けている対談ですので、4回に分けてご紹介します。本日はその3回目をお届
けします。                             (編集部)


【対談】李登輝前総統・安藤忠雄氏─日台の未来 地球の未来(3)
【4月4日 産経新聞】

 総統選挙によって8年ぶりに政権が交代する台湾。この政権交代の制度を打ち立てた
前総統の李登輝氏と、日本を代表する建築家の安藤忠雄氏が台北郊外にある李氏の私邸
で対談を行った。二人は初対面だったが、作家の故司馬遼太郎氏にかかわる思い出話か
ら打ち解けた。話題は日本や台湾にとどまらず、情報化社会の進展、地球環境など人類
全体が直面する問題に及んだ。          (司会 長谷川周人台北支局長)

■ 3 期待 取り戻したい心の柱

李氏
 日本も台湾も、経済のために犠牲にしたものが少なくない。ただ、私は日本には期待
が持てると思いますよ。かつてパトリック・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、日
本はまれに見る文化的国家であると世界に紹介した。家族、地域社会が健全にはぐくま
れ、地域ごとに個性を持ち、多様性を有していると。立派な文化をつくった日本人は戦
後、確かに物質的、技術的な発展で妨げられた面もあるが、そろそろ、モラルを持って
日本的な精神を保とうと、考え始めているんじゃないかな。社会的遺伝子は今も受け継
がれていますよ。

安藤氏
 でもハーンが現代の日本を見たら、きっとがっかりするでしょうね。太平洋戦争敗戦
後、日本人が傾きかけた国を立て直そうとしたところまではよかった。ところが、世界
の経済競争という別の形の戦争に積極的に参加し、勝利を収めようと躍起になった結果、
本当の豊かさとは何かを考えることを置き去りにしてしまったのです。

李氏
 その意味でも、私は台湾総督府の民政長官を務め、後に東京市長にもなった後藤新平
を尊敬しています。彼の台湾を近代化させた功績は永久に残る。彼は、都市計画の基盤、
いや台湾の基盤をつくったといっても過言ではない。それに比べて、今の日本のリーダ
ーシップは弱すぎる。後藤新平や新渡戸稲造をはじめとする多くのすばらしいリーダー
が日本にはいたのに…。

安藤氏
 後藤新平は幕末に藩士の子として生まれましたが、明治を迎えて武士という職業がな
くなり、医者を志しました。彼の都市計画が独創的で優れているのは、都市計画だけを
学んだ者には発想できない、医者という立場から衛生を軸に据えて都市計画を考えた、
というところにあるのだと思います。李さんのご指摘通り、今の日本には独創的で、大
きなビジョンを持ち、志の高いリーダーが必要ですね。
 残念なことに日本人は戦後、おとなしくなりましたね。米国による占領政策の影響も
ありますが、教育も平均化して、非常におとなしい民族になってしまった。それに比べ
て台湾の人たちは、50人集まれば一つの方向を向きながらも、あちこちを見ているとこ
ろがありませんか。これを、うまい具合に力を束ね、リーダーがまとめれば面白くなり
そうだ。

李氏
 日本における戦後の教育は、アメリカ流の自由主義になりましたね。だから孫娘はア
メリカには留学させず、英国に出したんですよ(笑い)。ただね、安藤先生は間違っち
ゃいないが、台湾人には日本人とまったく違う点がありますよ。日本の若い人もバラバ
ラのように見えて、実は社会的なルールに従って行動している。ところが、台湾にはそ
れがまったくない(笑い)。考え方がバラバラでも、社会のルールに従って行動する気
持ちがなければ。これは台湾の弱点と言わざるを得ません。

長谷川
 視野を少し広げ、民族の確立という視点からアジアの現状をどう見ますか。

安藤氏
 そもそもアジアというのは、同じような民族から成り立っているようで、実は多民族
地域です。日本、台湾、韓国、中国から、ベトナム、タイ、そしてインド、イランまで
アジアですよね。ところが、近代化、経済至上主義による世界の画一化が始まると、こ
の多様性が失われていきます。情報化社会が進展していますが、バーチャルな(仮想の)
世界がものすごいスピードで拡大する一方、多様性をもったリアルな(現実の)世界が
崩壊しようとしている。これはなんとしても食い止めねばなりません。

李氏
 私はバーチャル・リアリティーというのですが、技術の発展で情報が世界を飛び交う
でしょ。便利なことはいいが、人間はうまく使いこなしておらず、情報の半分は虚構じ
ゃないのか。各人がモラルを持ち、個を確立して自分を持たなければ、安藤先生のご指
摘の通り、バラバラになってしまうんだ。                (続く)


李登輝氏 1923年、台北県生まれ。43年、京都帝国大学農学部入学後に学徒出陣。戦後
 は帰台して台湾大学に編入。68年、米コーネル大学で農業経済学の博士号を取得。中
 国国民党に入党後、台北市長、副総統などを歴任、88年、蒋経国総統の死去に伴い総
 統に昇格。96年、台湾初の総統直接選挙で圧勝。2000年、国民党主席辞任後、党籍を
 剥奪され、独自の政治活動を繰り広げている。

安藤忠雄氏 1941年、大阪生まれ。69年、安藤忠雄建築研究所を設立。79年、日本建築
 学会賞、96年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。91年にはニューヨーク近代美術館
 で日本人初の個展を開催。97年、東京大学教授、2003年から名誉教授。同年、文化功
 労者。代表作に「住吉の長屋」(大阪市)「六甲の集合住宅」(神戸市)「光の教会」
 (大阪府茨木市)など。