推進に関する日中共同声明」に署名した。台湾問題にも大きく関わるこの「共同声明」
はどのように読まれるべきなのか──。
昨日の産経新聞に、外務省出身で、安倍内閣で首相公邸連絡調整官を務め現在は立命
館大客員教授の宮家邦彦氏が昭和47年の「日中共同声明」以来の3つの政治文書と比較
して分析している。下記にご紹介したい。
ちなみに、小見出しの次にあるカッコで括ってあるのは今回の「日中共同声明」の文
言である。 (編集部)
日中共同声明─消えた村山談話・反省 宮家邦彦氏が読み解く
【5月11日 産経新聞】
福田康夫首相と中国の胡錦濤国家主席が7日に署名した「『戦略的互恵関係』の包括
的推進に関する日中共同声明」は、昭和47年の日中共同声明、53年の日中平和友好条約、
平成10年の日中共同宣言に続く「第4の政治文書」という位置付けだ。今回の声明が意
味するものは何かを、元外務省中東アフリカ局参事官の宮家邦彦・立命館大客員教授が
読み解く。
■歴史 「過去」に一応の決着?
「双方は、歴史を直視し、未来に向かい、日中『戦略的互恵関係』の新たな局面を絶え
ず切り開く」
胡主席を迎えた日本国民はこれまでになく冷静だった。東シナ海のガス田やギョーザ
中毒事件などで、具体的成果に乏しいとの批判も聞かれる。しかし、今回胡主席が自ら
署名した政治文書に、注目すべき新たな概念が含まれていることはあまり知られていな
い。
従来の日中政治文書では、中国側が歴史・台湾問題の記述内容にこだわるケースが少
なくなかった。
昭和47年の日中共同声明では「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国
民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」とされていた。
ところが、江沢民主席が訪日した平成10年の日中共同宣言では、「双方は、過去を直
視し歴史を正しく認識することが、日中関係を発展させる重要な基礎であると考える。
日本側は、昭和47年の日中共同声明および平成7年8月15日の首相談話(日本の侵略にお
わびと反省を表明した村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国
国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した。中国
側は、日本側が歴史の教訓に学び、平和発展の道を堅持することを希望する」という、
詳細かつ厳しい表現となった。
しかし、今回の声明では村山談話や「反省」、「責任」といった文言がなくなり、「双
方は、歴史を直視し、未来に向かい」などと、すっきりした表現になっている。
平成18年10月の安倍晋三首相訪中以降、日中共同プレス発表で使われてきたこの表現
が共同声明に「格上げ」された意味は決して小さくない。歴史問題は、日中間で一応の
決着が図られたものと思われる。
■台湾 くどい言い回しせず
「日本側は、日中共同声明において表明した立場を引き続き堅持する」
「台湾」も中国側の関心が高い問題だ。
昭和47年の日中共同声明では、中国政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の
一部であることを重ねて表明する」、日本政府は「この中華人民共和国政府の立場を十
分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」となっていた。
ところが、平成10年の日中共同宣言では「日本側は、日本が日中共同声明の中で表明
した台湾問題に関する立場を引き続き遵守し、改めて中国は一つであるとの認識を表明
する。日本は、引き続き台湾と民間および地域的な往来を維持する」と、くどい言い方
になっている。ここでも江主席の強い執着が見える。
今回の声明では、昨年、温家宝首相訪日の際に共同プレス発表で使われた表現に沿っ
て、「台湾問題に関し、日本側は、日中共同声明において表明した立場を引き続き堅持
する旨改めて表明した」とのラインに落ち着いたようだ。
表現振りの変遷を見る限りは、一昨年の安倍訪中以降、中国が日本側の立場に可能な
限り配慮しようとしたことがうかがわれる。胡主席が江沢民路線を放棄するかどうかは
即断できないが、少なくとも、日本との長期的な関係改善に強い意欲を持っていること
は行間からにじみ出ている。
■国連・その他 随所に新たな表現も
「中国側は、日本の国際連合における地位と役割を重視し、日本が国際社会で一層大き
な建設的役割を果たすことを望んでいる」
中国側に譲れない点があるならば、日本側にだって言い分がある。戦後日本の「平和
国家としての歩み」もその一つだ。
一昨年の安倍前首相訪中時の日中共同プレス発表で中国側は、「日本側は、戦後60年
余、一貫して平和国家として歩んできたこと、そして引き続き平和国家として歩み続け
ていくことを強調した。中国側は、これを積極的に評価した」という表現を受けいれて
いた。
だが、温首相訪日の際には日中共同プレス発表にこうした表現が盛り込まれず、温首
相が国会演説で「日本は戦後、平和発展の道を選び、重要な影響力を持つ国際社会の1
員となった。日本人民が引き続き平和発展の道を歩むことを支持する」と発言するにと
どまった(演説ではこの部分は読み飛ばしたようだ)。
中国側には国内の対日感情に配慮し、こうした文言に抵抗があったのかもしれない。
それでも今回の声明では「中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを
堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価し
た」との表現で決着した。
拉致問題と国連改革も日本にとって重要な問題だ。
北朝鮮問題では、平成10年の日中共同宣言で「いかなる形の核兵器の拡散にも反対」
し、「関係国に一切の核実験と核軍備競争の停止を強く呼びかける」との表現を盛り込
んだ。その後、温首相訪日の際、「中国側は、日本国民の人道主義的関心に対して理解
と同情を示し、この問題の早期解決を希望する」などの表現が加わった。今回の声明で
は「中国側は日朝が諸懸案を解決し国交正常化を実現することを歓迎し、支持する」と
なっている。
「拉致」の代わりに、「諸懸案」なる表現が使われた点に不満は残るだろうが、拉致
問題を指していることは理解できる。ここでも、日中双方のプロがぎりぎりの交渉を行
っただろうことが推測できる。
これ以外にも、声明には新たな表現が見られる。日中双方が「国際社会が共に認める
基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する」、「共に努力して、
東シナ海を平和・協力・友好の海とする」、「互いに協力のパートナーであり、互いに
脅威とならないことを確認した」、「(中国が)日本の国連における地位と役割を重視」
するとの表現は、いずれもこれまでの政治文書にはなかったものだ。
こうした文言は、抽象的ながらも人権問題、中国の軍備拡張、チベット問題などを念
頭に置いたものであり、その点について日中間に齟齬(そご)はないだろう。
相手はしたたかな中国だ、こうした文言もしょせんはレトリックに過ぎず、実質的な
意味はないとする向きもおられよう。だが、文言の詰めには延べ何百時間もの知的エネ
ルギーが費やされたはずだ。この政治文書の一言一句が5年、10年後も日中関係の基本
を規定し続けることを考えると、今回加わった新しい概念が持つ政治的意味を過小評価
すべきではない。胡主席の訪日が「チベット、ギョーザ、ガス田、パンダ」に終わった
と断ずるのはあまりに短絡的過ぎないか。 (寄稿)
宮家 邦彦(みやけ・くにひこ) 東大法学部を卒業後、昭和53年に外務省入省。在米
大使館1等書記官、中近東第1課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東
アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務
めた。現在は立命館大客員教授、AOI外交政策研究所代表。54歳。
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