馬英九氏は「6・3・3(経済成長率6%、失業率3%以下、平均年間所得3万米ドル
以上)」という経済目標を掲げて総統選挙に当選した3月22日、あふれんばかりの支持
者の前で「就任したら早急に選挙公約を政策に転換し、予算に組み込んで着実に実施す
るであろう」と宣言した。また「自分は人民の声をこの耳で聴き取り、選挙に勝ったこ
とで重大な責任を負うことになった。政権運営を通じて国民の負託に応えたい」とも宣
言したことは未だ記憶に新しい。
しかし、馬英九氏はじめ、登壇した蕭万長、江丙坤、連戦など中国国民党首脳の顔付
きがなぜか異様に緊張していたことも印象的だった。
そして5月20日の総統就任式直後から中国への宥和政策を掲げ、6月半ばに中国と協定
を結び、7月からは週末チャーター直行便と中国人観光客を受け入れ始めた。また中国
資本の導入も選挙公約に掲げ、中国の機関投資家による台湾の証券先物取引への投資の
一定的開放や対中投資規制緩和を発表した。
ところが、9月3日現在、中国からの観光客は1日平均190人しかないという。馬英九
総統はこの日、選挙公約の「6・3・3」は早期達成できないとして、事実上撤回した。
これを受けて4日の台湾株価は下落し、総統就任時の9068ポイントから何と2656ポイ
ントも下がり、約2年1カ月ぶりの安値となる6412ポイントにまで落ち込んだという。
実は、李登輝元総統はすでに総統選直後の3月25日の段階で「彼の任期中には実現で
きない。こういう考え方は、いくら計算してみても出てこない」と、この「6・3・3」
が達成できないことを明らかにしていた(井尻秀憲『李登輝の実践哲学』)。同様の指
摘は林建良氏(「わしズム」27号、「『台湾独立』の秘策はチベット族、ウイグル族と
の連携にある」)など、少なくない識者が指摘していた。
一方、総統府は同じ3日、馬英九総統がメキシコメディアのインタビューの中で、台
湾と中国の関係は「特別な関係であるが、国と国の関係ではない。この点が非常に重要
だ」などと述べ、「国と国の関係」であることを否定したことを発表している。これは、
李登輝元総統が1999年に表明した「二国論」(特殊な国と国との関係)を否定したこと
に他ならない。
つまり、台湾経済を浮揚させるために立てた経済目標を撤回して残るのは、望んで拡
大した中国との経済交流であり、中華民族主義に根ざす「一つの中国」となったのであ
る。
ここに来て、馬英九総統の方向性がようやくはっきりしてきた。だが、時計の針が
10年前、いやちょうど20年前に戻されたとの思いを抱く人も少なくないだろう。台湾の
前途に厚い暗雲がたれこめたとの思いは拭い難い。
(メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)