人類は戦争を繰り返すのか」と題する論考を寄せられている。サブタイトルは「一触即発
の極東情勢を前にして─わが友、日本人への伝言」。
李氏は「哲人政治家」と評されることが少なくないが、一読してその深い教養に裏づけ
られた考察力に驚いた。
冒頭の書出しが「人間は、自分が分割されない個(individual)として、掛け替えのな
い一回限りの生を生きる存在であることを自覚するとき人格となる」とあり、まるで哲学
書を読むような書出しだ。そして、人間は自己形成の過程で、組織集団からの分離欲求と
組織集団への結合欲求という2つの根源的衝動を抱えて生きることになると続き、『旧約聖
書』の事例を紹介される。
なぜこのような人間そのものへの考察が必要かというと「人類と平和について論じるに
は……『人間とは何か』という点をまず考慮に入れる必要がある」からだと説かれる。
いったいどういうことだろうと読み進めると、トルストイの『戦争と平和』の結びの一
節を紹介しつつ、「なぜ人間のつくる組織集団が戦争と平和を繰り返すのか」という問い
を立て、それに答える形で「それは、人間の生命原理が『分割』と『結合』を求めてやま
ないためであり、それらが権力によって互いに結び付けられているからである」とあり、
ようやく腑に落ちてくる。
その後、戦争と平和についての考察が続き、国家と戦争の関係や戦争の危機をもたらし
かねないグローバル資本主義の欠陥についても筆が伸びてゆく。その筆先は当然のこと、
国家が保持する武力にも及び、なぜ武力が必要とされるのかについて言及される。
李登輝元総統は今月の15日に満91歳の誕生日を迎えられる。とても90歳を過ぎた方が書
かれたとは思えないほど深い考察力に富んだ論考で、まさに「哲人政治家」として面目躍
如たるものがある論考だ。
なお、この論考と併せ、本誌で何度か紹介した月刊「MOKU」(2013年9月号)掲載の
李登輝元総統対談「“私は私でない私”という真実」を読めば、さらに理解を深められる
だろう。別途、ご紹介したい。
◆月刊「Voice」
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