【傳田晴久の台湾通信】公民投票の問題点

【傳田晴久の台湾通信】公民投票の問題点

日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載

公民投票の問題点  傳田 晴久

 台南に住む傳田晴久(でんだ・はるひさ)氏から「台湾通信」が届きました。立法委員の補欠選
挙の結果を伝えるとともに、立法委員を罷免しようとして実施された公民投票(住民投票)の問題
点を取り上げています。

 真の民意をどのように反映させるかという点で、日本でも住民投票や国民投票の可否についてよ
く議論になりますが、台湾でも問題の根は同じようです。

 なお、原題は「割闌尾の結末」でしたが、日本向けに「公民投票の問題点」と改題していること
をお断りします。

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割闌尾の結末 傳田 晴久
【台湾通信(第95号):2015年3月23日】

◆はじめに

 台湾では昨年(2014年)11月29日に行われた「九合一選挙」において国民党が大敗いたしました
が、その後、今年(2015年)2月7日に立法院委員(国会議員)の補欠選挙が行われ、また2月14日
には「割闌尾計画」の公民投票が行われました。いずれも政治の今後を占う格好の材料と思います
ので、私が理解した範囲ですが、報告と若干のコメントを申し上げたいと思います。

◆補欠選挙の結果

 昨年の「九合一選挙」(統一地方選挙)の際、屏東県、南投県、彰化県、台中県、苗栗県選出の
立法委員5名がそれぞれ市長選挙に立候補し、当選しました。その結果、5人の立法委員が空席とな
り、補欠選挙が2月7日(土)に行われました。立法委員が市長になった5人の所属政党は国民党が2
人、民進党が3人でした。民進党は「九合一選挙」の勢いを駆って全席を取る(蔡英文:総力戦
で・・・・)、一方の国民党はもはや一席も落とせない(新主席朱立倫:補選に全力投入を・・・・)との
決意を投票日直前語っていました。

 果たせるかな、結果は国民党が2席(苗栗県、南投県)、民進党が3席(屏東県、彰化県、台中
市)を、それぞれに有利な地域を手堅く獲得、議席数は変化なしとなりました。

◆「割闌尾計画」の経緯とその結末

 台湾通信No.85「核四と公投(2)」で説明いたしましたが、「割闌尾」のもともとの意味は「虫
垂を切り取る」すなわち盲腸炎の手術を意味しますが、「割」(ge1切り取る)は「革」(ge2罷免
する)に発音が似ている、「闌尾」(lan2wei3虫垂)は「爛委」(lan4wei3腐った議員)あるいは
「藍委」(lan2wei3国民党の議員)に通じるというので、政党に関係なく役に立っていない立法委
員を罷免しようという意味です。

 この運動は昨年(2014年)3月の「ひまわり學運」の最中に生まれ、5月には具体的に3人の立法
委員を名指し、罷免手続きに入りました。一国の国会議員を罷免するわけですから、それなりの厳
しいハードルがあり、この運動を推進する民間の有志たちは手弁当で署名運動や街頭宣伝を続け、
ようやくこの2月14日に公民投票実施にこぎつけました。

 台湾では「公職人員選挙罷免法」(2011年5月25日修正)で公職人員(立法委員や地方自治体の
議員や首長)を罷免する手続きが定められており、手続は1)まず当該選挙区の有権者の2%の同
意を以って罷免案を提起、2)次に罷免提議書を選挙委員会に提出、そして有権者の13%以上が罷
免案に同意し、連署する。そして3)罷免投票が行われ、選挙人の投票率50%以上でかつ賛成票が
有効票の半分以上であれば、この罷免案は成立するとなっています。

 今回の「割闌尾」の対象となったのは、2012年1月の立法委員選挙で選ばれた国民党の蔡正元立
法委員です。彼はなぜ罷免されねばならないのか、「割闌尾」を推進する人々によれば、国民党の
言いなりで民意に背いている、議会への出席率は最低で、質問もほとんどしない、国家暴力(警察
権の乱用)を是認している、言論弾圧に加担している、民族差別意識がある、など9つの理由が挙
げられ、要するに立法委員としての資質に欠けているということのようです。

 14日の投票結果は、彼の選挙区は台北市第4選区(内湖、南港区)で有権者は317,434人であり、
その中の半分158,717人の投票が最低限必要であったが、実際に投票した有権者は79,303人,投票
率は24.98%で規定により罷免案は否決されました。

 投票者の内、罷免案に同意した票は76,737票,不同意票が2,196票,無效票370票であったが、新
聞は次のようなグラフを提示しました。

 これでは、そそっかしい人は圧倒的多数の人が罷免に賛成したにもかかわらず、制度が悪い(投
票率の障壁がある)ために資質に問題ある立法委員を救済してしまったと理解するかもしれませ
ん。

◆スコットランド独立公投の例

 最近の知見ではスコットランド独立公投が参考になるのではないか。昨年(2014年)9月18日に
行われたスコットランドの独立を認めるかどうかについての国民投票があり、結果は賛成44.7%、
反対55.3%で否決されたが、その投票率は84.59%という高いものであり、多くの人々が関心を
持って投票したことがうかがわれ、その結果に賛否両当事者は納得し、諸外国の人々もイギリスの
政治的成熟度に感心したものである。

 割闌尾の投票率はわずかに25%、全有権者の4分の1である。すなわち4分の3は意思を表明しな
かった、すなわち立法委員の罷免に賛成か反対かの意見を表明しなかったのである。

◆多数決原理と投票率について

 多数決原理そのものは理解できますが、問題は投票者の理解の程度ではないでしょうか。石原慎
太郎氏は雑誌「WiLL」2015年3月号で、「日本維新の会が原発に対する根本的な認識を欠いたま
ま、政府の原発輸出協定に反対することを決めた」が、その決め方は多数決であったことに触れ、
「こうした国家の名誉にかかわる根本的な問題、つまり原子力そのものに対する否定につながりか
ねない国際協定の賛否は当然一種の文明論として討議、討論されるべきものと私は主張しました
が・・・」と述べておられる。

 2015年2月15日に日本の埼玉県で、入間基地の戦闘機の騒音問題対策として所沢市の小中学校へ
の空調設備設置の可否を巡って住民投票が行われたが、投票率は31.54%で法定得票数公民の1/3以
上に達せず、設置は見送られることになったと自由時報は伝えています。

◆投票率の問題

 問題は投票率である。スコットランド独立公投の投票率は84.59%と非常に高いのに比べて、
「割闌尾」の投票率は24.98%であり、5人の立法委員補欠選挙の投票率は屏東県32.44%、南投県
37.07%、彰化県37.56%、台中県30.76%、苗栗県35.15%、所沢市の住民投票の投票率は31.54%
であった。

 確かに台湾の公投の投票率の障壁(50%)、所沢市の障壁(1/3)は高く感ぜられるかもしれな
いが、投票しなかった人々の民意が不明なのは問題である。投票しなかったのが悪いと言えばそれ
までだが、投票率を左右する要因が問題ではないか。

 スコットランド独立公投の結果は住民の生活に極めて重要な影響を与えるので、多くの有権者が
意思表示をしたと考えられるが、「割闌尾」の場合は、政治的意義は大きいが、住民の生活に直結
するモノとは思われず、棄権は「ノー」の意思表示かもしれない。学校エアコンのケースは学童生
徒がいる有権者は関心が高いかもしれないが、そうでない有権者にとっては費用負担のみがかかっ
て来るので、消極的になったのではないか。こういう問題は住民投票になじむのだろうか。補選の
低投票率は無関心が原因であろう。

 割闌尾計画が否認された推進グループは当然投票率による障壁の存在を問題視し、この障壁の高
さを下げるよう要求している。2014年5月に民進党は第1段階の2%を1%に、第2段階の13%を6%
に、第3段階の投票率50%以上の規定を賛成票が選挙区の25%以上かつ反対票を上回るという規定
に変更することを求めたが、国民党によって阻止されたと言います。

 障壁を下げろとの要求は理解できない訳ではないが、低投票率の下での多数決は妥当だろうか。
極端な話かもしれないが、多くの有権者が投票に行きにくい状況を作り出す、たとえば投票日を特
定の日に決める、投票場所を限定する、投票者を監視する、投票しないように脅したり、金銭で勧
誘するなどして、低投票率状況を作り出して、特定の一派のみの投票で多数決決定をすることは考
えうる。現に2016年初に行われる総統選挙、立法委員選挙の投票日は1月16日(土)に決定したそ
うであるが、15日までは学校の期末試験であり、投票日に故郷(投票所)へ帰るのが困難だと聞
く。これによって若者の投票が制限されることを心配する向きもある。

 投票率による制限(障壁)を緩めるかどうかを決定する前にやるべきことがあると考える。割闌
尾の例であれば、この非投票者23.8万人を対象にランダムサンプリング調査でよいから、意識調査
を実施してみたいものだ。投票に行かなかった理由(興味なし、関心なしがほとんどであろう。し
かし、中には行かないように圧力をかけられたというのもあるかもしれない)、もし投票に行った
としたらどちらに投票するか(分からないがほとんどか)、メデイアは調査力があるのだから、一
遍試みてはいかがか? そして、もともと投票に行く意思がない有権者が多数いるのであれば、意
識改革を積極的に進める必要があると同時に、障壁を緩めるのもやむを得ないかもしれない。

◆おわりに

 思うに、選挙であれ、公投であれ、争点、焦点を分かりやすく説明し、投票の重要性を強調し、
有権者の意識向上に努めることが重要であろう。

 「太陽花學運」による立法院占拠から丁度一年がたちましたが、あの学生たちによる活動は明ら
かに台湾の人々の政治に対する意識を向上させたと考えられます。しかし、補選も割闌尾も一部の
地域の投票行動ではありますが、投票率は決して高いものではない。

 多くの識者が述べているように若い人々の行動に変化がみられるということに期待したいもので
す。

 そういえば日本でも来月は統一地方選挙ですね。日本での投票率はどうなるのでしょうか?


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