2012.11.27 産経新聞
産経新聞編集委員・田村秀男
日銀独立して国破れる。かなり過激な表現だとためらったが、やはりそう言わざるをえない。
日銀が政府からの独立性を付与された現行日銀法が施行されたのは1998年4月。以来、今年9月までの174カ月間のコア・コア消費者物価指数(エネルギーと食料品を除く、国際的なインフレ指数)の前年比増減率をみると、プラスになった月はわずかに9つにすぎない。それも、98年の夏と2008年の数カ月で、前者は97年の消費税率引き上げ、後者は国際商品の値上がりの余波をそれぞれ受けた、一過性の上昇にすぎない。日銀は「独立」以来、物価下落を放置するデフレ容認路線を走り続けてきたのである。
実はメディアもそうなのだが、政界の多数は日銀政策やデフレを容認するか、または関心が薄いのが実情だ。脱デフレを最重視する自民党の安倍晋三総裁は日銀批判の声を荒らげているが、筆者は有力議員から「脱デフレを訴えて有権者の支持が得られるだろうか。物価が下がるのがなぜ悪いと考える主婦をどう説得すればよいか」と相談を受けたこともある。国政に関与するなら、せめて以下の事実を頭に入れてほしい。
デフレは経済活動全体を萎縮させる。私たちの生活を破壊する。税収を減らして国家財政を危機に陥れる。総合消費者物価は11年、97年比で3・3%下がったが、サラリーマン世帯の収入は15・8%少なくなった。この間、国内総生産(GDP)は1割減ったが、中国のそれは6倍と膨張し、経済規模で日本を抜き去って世界第2位になった。増長する共産党幹部が旗を振ると、「小日本」の標語を掲げた暴徒が日本企業を襲い、日本製品不買運動を起こしている。日本の財政難は尖閣諸島など離島防衛の足かせとなり、海洋利権拡張に目の色を変える中国の艦船を跋扈(ばっこ)させる。
デフレは少子高齢化のせいだ、という指摘や中国など新興国を含む国際競争激化主因説もある。だが、日本と同じく少子高齢化が進む欧州、安い中国製品がなだれ込む米国もデフレにはなっていない。
主犯はだれか。ヒントは日銀法そのものにある。同法第2条では日銀の役割について「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とある。日銀に限らない。米欧をはじめ世界の中央銀行は物価安定のための政策を義務づけられている。中央銀行の金融政策が物価を左右するというのは、数世紀にわたって試行錯誤してきた経済学上の英知なのである。物価の継続的な下落であるデフレは「物価の不安定」であり、どの国でも「国民経済の健全な発展」を損なう。
4年前のリーマン・ショック後、米欧の中央銀行がお札を大量に刷ってデフレ防止に躍起となったのは、義務を遂行するためだ。デフレを14年間も放置してきた日銀は日銀法に違反している可能性がある。違法と断言できないのは、「物価の安定」の定義がなく、もっぱら日銀自身の解釈に委ねられているからだ。日銀は当初、物価上昇率ゼロ%台を内規としてきたが、今年2月になってようやく「1%のメド」を設定した。それでも達成義務から逃げている。
安倍氏の日銀法改正の提起に対し、野田佳彦首相ら民主党幹部は「日銀の独立性」を守れ、と連呼しているのは選挙前とはいえ、空疎である。国益を見据え、超党派で提起すべきなのだ。(編集委員)