【嫌中感情の高まり】中国が致命的な墓穴を掘った台湾総統選

【嫌中感情の高まり】中国が致命的な墓穴を掘った台湾総統選  

             黄 文雄(文明史家)

 台湾での総統選挙と立法委員選挙が終了しました。結果は下馬評通りとなり、台湾は事実上中国
に別れを告げ、新しい時代へと突入します。得票数は以下の通りです。

<総統選挙得票結果>
蔡英文ペア:6,894,744票 56.1234%
朱立倫ペア:3,813,365票 31.0409%
宋楚瑜ペア:1,576,861票 12.8357%

<立法委員比例選挙政党得票結果>
民主進歩党  :5,370,953票 44.0598%  68議席
中国国民党  :3,280,949票 26.9148%  35議席
親民党    :794,838票   6.5203%  3議席
時代力量   :744,315票   6.1059%  5議席
台湾団結聯盟 :305,675票   2.5076%  0議席
その他    :818,180票   6.7118%  2議席

 立法院でも民進党は単独過半数を獲得して大躍進、国民党は歴史的大敗となりました。

 選挙をめぐっては、とにかくいろいろありました。最も大きな騒動だったのが「周子瑜事件」で
した。韓国語を学んで韓国で「TWICE」というグループの一員としてデビューし、人気絶頂にあっ
た16歳の周子瑜(ツゥイ)という女性アイドルが、テレビ番組で台湾の国旗である晴天白日満地紅
旗を振ったことが騒動のきっかけです。

 その様子を見た台湾出身で北京在住の黄安という往年の男性歌手が、「彼女は台独派だ」と名指
しで批判したことで、中国では周さんへの批判が燃え上がり、彼女だけでなく、同じ事務所に所属
しているタレントは、すべて中国での活動を拒否されそうになりました。

 そこで、事務所は彼女に謝罪会見を強要し、彼女は「大変申し訳ないことをしました。中国は1
つであり、私は中国人として誇りを持っている」と謝罪しました。その様子はネットで全世界に拡
散されたのです。

 これに対して、中国の人民日報系である環球時報は、「これは台湾独立に反対する大陸のネット
民の勝利だ」と評しました。

 しかし、これに対して台湾では「なぜ台湾人が自らの国旗を振ってはいけないのか」という怒り
の声が上がり、黄安はもとより、中国に対する嫌悪感が高まりました。要するに、台湾人の「台湾
意識」に火をつけてしまったのです。

 この台湾世論の反発には、昨年11月に習近平主席と会談を行い、「1つの中国」を確認した馬英
九も、「彼女は謝る必要はない」と言わざるをえませんでした。

 しかし、その甲斐も虚しく、国民党は大敗を喫しました。この事件は台湾国民にとって、中国接
近路線だった馬英九政権への拒否感を高める、最後のダメ押しとなりました。

 この事件が台湾で頻繁に報じられたことで、蔡英文や民進党の支持率を1〜2%程度押し上げたと
も言われています。実際、国民党幹部は選挙後、騒動が敗因のひとつとなったと言っています。

 中国、習近平政権にとっては、ここまでの国民党の大敗は、悪夢のような事態でしょう。しか
し、これも自業自得です。

 環球時報が「中国のネットユーザーの勝利」と述べていた勢いはどこへやら、慌てた中国共産党
中央台湾弁公室は16日、「一部の政治勢力が国民感情を挑発している。台湾大陸委員会と解決案を
議論中」と責任を他に転嫁。

 また、同日には人民日報も「ツゥイの謝罪は所属事務所が大陸市場のためにやむを得ずした妥
協」と、韓国の芸能事務所に責任を押し付け、さらに中国文化省の関係者は18日、「中央政府レベ
ルで特定国、特定所属事務所の芸能人の中国内の活動を一括的に防ぐことができる規定はない」と
語り、公演活動に圧力をかけたことはないと弁明、火消しに追われました。

 しかし、中国側は「台独」とのレッテルを貼られた人物を起用するような危険は犯したくないと
いう理由で、彼女とその周囲のタレントを排除しようとしたことは事実でしょう。

 中国のネットユーザーを煽り、そのような世論を形成しようとしたことは間違いないでしょう。
直接しむけたわけでなくとも、日頃から台湾独立派を「分裂分子」として敵視し、中国人民を啓蒙
してきたのですから、黄安が告発したツゥイに対して人民が憤激するのは当然の成り行きです。先
の環球時報の勝ち誇ったような「勝利宣言」が、その証拠です。しかし、それが結果的に逆効果に
なってしまったのだから皮肉なことです。

 今後、中国が台湾に圧力をかけるようなことがあれば、この「周子瑜事件」と「民進党大勝」と
いう歴史的シンボルが引き合いに出され、つねに台湾人の「台湾意識」が喚起されるということが
繰り返されるでしょう。

 このような事態を招いた黄安に対しては、台湾はもちろん、逆効果になった中国からも批判が殺
到しました。そもそも、黄安という人物は、常日頃から他者を陥れて自分だけが生き残るようなや
り方をしてきたために、彼を擁護する人はほとんどいません。今回の騒動でも中国メディアは彼の
ことを好意的には評していません。

 台湾では現在でも、激しい黄安批判が各メディアで繰り広げられています。16歳の才能ある少女
を陥れた彼自身の代償は、台湾メディアからの締め出しやカラオケチェーン店から彼の楽曲の締め
出しなど、完全無視です。

 それにしても、かつて、これほどまでに台湾の人々が台湾独立の意志を示したことがあったで
しょうか。

 李登輝時代は、李登輝が台湾と大陸は別ものだとして人々を導いていました。今回は違います。
蔡英文が人々に導かれたのです。それほどまでに台湾内には大陸寄りの政策に不満がありました。
馬英九を支持した4年前、政府も国民も大陸との政治的軋轢を経済協力という名目でごまかそうと
しました。

 しかしその結果、台湾に不利なことばかりが続きました。多くの企業が大陸へ進出したことで、
台湾内の失業率は上がり、大陸への投資が増え台湾内の経済は下降の一途をたどりました。そんな
状況に嫌気がさし、現状を打破したいとの不満が積もり積もっていたのです。そのひとつが、2014
年3月に起こった「ひまわり学生運動」なのです。

 今回の立法委員選挙では、民進党の躍進はもちろん、ひまわり学生運動で活躍した人々が所属す
る「時代力量党」が5議席を獲得しました。日本もアメリカも、民進党の躍進を歓迎しています。

 台湾が正常な民主主義政権に移行しようとしている一方、中国は停滞するばかりか逆行していま
す。この選挙後にも、中国は「九二共識(92年コンセンサス)」を強調し、あくまでも中国は1つ
だと主張しています。ある中国高官は、蔡英文が少しでも台独の気配を見せたら、多くの制裁を加
えることも辞さないとまで言っているようです。

 そんな古臭い脅しに効果があるとでも思っているのでしょうか。台湾は、台湾自身のため、また
世界へ貢献するためにも独自の道を邁進すべきです。蔡総統を全力で支持します。

 台湾では、1996年度以降徐々に国政選挙制度が確立されていきました。しかし、「選挙分析」の
大家で知られる中山大学の陳茂雄元大学教授は、国民党が選挙制度を牛耳るかぎり、いかなる野党
も永遠に勝ち目はない、と断言していました。

 国民党が勝手に選挙日時を決めて、他の候補者を撃退し、国民党以外の候補者に投票させないよ
うな姑息な手段を用いていたからです。不在者投票をさせなかったり、大学の期末試験の時間に投
票時間をもってきたりと、嫌がらせのようなことばかりしてきました。

 国民党はまた、投票所の増設、投票箱のすり替えなどなどいくらでも不正を働いてきました。勝
敗を決めるのは、「買票(票を買収する)」か「作票(不正を働く)」かのどちらかでした。

 ところが、今回の選挙では蔡英文が勝利しました。なぜなら、「買票」も「作票」もできなく
なったからです。投票所内には不正をチェックするボランティアスタッフが数人配置され、誰もが
不正を許さないムードが社会に広がっていました。誰もが民主主義を強く意識し、ボランティアに
は学生の姿も多く見かけられました。国民党離れが時代の流れとなったのです。

 4年前の総統選挙では、330万の無効票が出ました。それは蔡英文の票でした。もし、不正がな
かったら蔡氏は4年前に総統になっていたはずです。だからこそ、前回敗れた際に蔡英文は、かの
有名なセリフである「可以哭泣、不要放棄!! (泣いてもいいが諦めてはいけない)」と訴えるこ
とができたのです。

 今後、蔡英文政権が直面する課題はじつに多くあります。政治、軍事、経済、外交、社会、そし
てそれ以外に公に知られていない問題もいくつもあります。たとえば、台湾のブラックマネーは
GDPの約40%に及ぶという説もあります。

 2000年の政権交替では約6兆台湾元、2004年には2兆4,000億台湾元という巨額が、国民党高官な
どによるマネーロンダリングやキャピタルフライト(資本逃避)のためのブラックマネーとして動
いたといわれています。

 また、噂によると馬英九政権での財政赤字は22.5兆台湾元(約100兆円)にものぼり、蔡英文政
権は日本に頼るしか道はなく、台湾の中国離れは避けられないとも言われています。実際、台湾の
苗栗県では、公務員の給料の支払いが遅延し、払えなくなっています。中国の地方政府とよく似て
います。

 国民党が持つ党の財産は、すべて政府や民間から巻き上げたものです。それを政府に返還させる
かどうかは、これからの政治課題ですが、これまで国民党は世界一金持ちの政党で知られていまし
た。

 陳水扁時代の内部調査では、8,400億元から200億元ほどの財産があったようです。実際の財産は
どれだけあるのか不明ですが、とにかく莫大なものであることは確かです。台湾の財政問題の解決
は、新政権にとって急務となるでしょう。

            (黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」より)