ウィスコンシン州は「台湾旋風」に揺れた。
先週、トランプ大統領はウィスコンシン州の共和党集会に出席し、貿易問題を軸に演説したが、直後に同州に入ったのは郭台銘(鴻海精密工業会長)だった。米国で彼は「テリー・ゴウ」とクリスチャン・ネームを名乗る。
英語名「フォックスコン」(富士康)を傘下に収める郭台銘は携帯電話部品、とくにスマホの部品で大当たりし、台湾一の富豪としてフォーブスにも書かれた。
トランプのアメリカンファースト政策による米中貿易戦争に対応し、ウィスコンシン州に液晶パネルの新工場をつくると宣言した。二年前の鍬入れ式には、トランプ大統領がわざわざ駆けつけ、出資予定の孫正義も式に加わった。
なにしろウィスコンシン州に最新のデジタル・パネル工場を建設し、100億ドルを投じて、13000名を雇用すると郭台銘が威勢良くぶち挙げたのだから、地元も歓迎。大統領がわざわざ起工式に飛んでくるほど期待されたプロジェクトと見られた。
ところが、アップルの売り上げ不振による景気後退で、鴻海精密工業は、中国国内の主要工場で大量のレイオフに踏み切り、世界で130万人の従業員をロボット導入で50万人に減らすとした。当然、ウィスコンシン州の工場は計画を縮小し、開発研究センターに格下げされた。
約束が違うじゃないか、とトランプは郭台銘に直接電話をかけて、見直しを迫り、郭もしぶしぶ再検討を約束するという経過がある。したがってトランプは、その説明を求め、郭も釈明に必要を感じていた。
だが5月2日にホワイトハウスを訪れた郭は、「中華民国」の国旗と米国国家を並列に並べた特注の帽子を被り、すっかり次期台湾総統のイメージを作り出すという政治演出を行ったのだ。
郭台銘はウィスコンシン州の事業のことには触れようとしなかった。ウィスコンシン州のエバー知事も、「空手形、会う予定はない」と冷淡だった。
▲郭台銘の台詞、どこかで聞いたことがある
大統領との会見後、ホワイトハウスで記者団に囲まれても、「わたしはピースメーカーを目指す。トラブルメーカーにはならない」と語るのみだった。
この台詞、思い出した。馬英九が台湾総統に選ばれた最初の記者会見が、同じ台詞だった。筆者はその前にも馬に直接インタビューしているが、そのとき同じ台詞を聞いていた。
ホワイトハウスは、郭台銘が国民党候補として総統選挙に出馬する事態を高い関心で見ており、直近でも米国艦船が台湾海峡を通過するなど、北京の軍事的威圧に対応している。在台北「大使館」には海兵隊を配置している。
こうした米国の台湾擁護姿勢が鮮明であるため郭台銘は「台湾の自治を求め、私が当選したら真っ先に訪米する」と、その中国よりの姿勢を懸命に打ち消した。
台湾の世論調査では次期総統に大きな期待が寄せられている反面、芳しくない評価が本省人メディアやネットに飛び交っている。
米国のメディアも、鴻海精密工業が中国国内での過酷な労働、残業などで多くの自殺者がでていること、事故による死者への補償がおざなり、企業倫理が稀薄なことをあげ、その経営者としてのモラルに辛い評価を下しているところが多い。
一方、台湾では連日のように「一国両制度」に反対する集会が開かれている。会場にはプーさんを習近平に模した人形も登場し、「一国両制度への態度を詰問すれば、郭台銘の前人気は忽ち暴落する」とみる人が多い。とはいえ、テレビの娯楽番組しか見ないミーハー世代が増えて、世論調査での郭台銘の人気が突発的旋風のように高い。
おりしも大陸からの交換留学生で台湾の嘉南大学で薬学を研修する李家宝(音訳。20歳)は習近平を痛烈にツィッターで批判したため、大陸内の家族が脅迫され、台湾へ政治亡命を申請した。台湾には難民受け入れの法律が整備されていないため、蔡英文政権が、これをどう扱うか。蛇に睨まれた蛙のような台湾、つぎつぎと重大な政治課題が生まれる。