に輸出攻勢をかけている。
日本が台湾に新幹線システムを輸出したときから、本誌では日本独特の「新幹線思想」について
お伝えしてきた。このほど「東洋経済オンライン」が、国土交通省事務次官で退官し、現在、国際
高速鉄道協会(IHRA)の理事長に就いている宿利正史(しゅくり・まさふみ)氏にインタビュー
し、この「新幹線思想」について詳しく聞いている。
台湾でなぜ新幹線システムが成功したのか、中国や欧米との違いはどこにあるのか、新幹線シス
テムの今後の海外展開の展望など、説得力に富む宿利氏の説明だ。
新幹線の海外展開が単なる輸出ではない理由
【東洋経済オンライン:2016年7月17日】
今や台湾の主要交通機関としてすっかり定着した「台湾新幹線」こと台湾高速鉄道。開業から9
年目となる今年は初の路線延伸も行われ、7月1日には新たなターミナル「南港」駅が台北市内に開
業した。
その台湾で今年5月、JR各社などによって構成される一般社団法人・国際高速鉄道協会(IHR
A)が海外で初となる全体会議を開き、台湾高速鉄道のこれまでの経過や現状などについて世界各
国の関係者と意見交換を行った。昨年新幹線システム導入を決定したインドをはじめ、高速鉄道計
画が進むマレーシアやシンガポールなどの関係者の反応は、そして新幹線の海外展開に向けた取り
組みの進展は――。IHRAの宿利正史理事長に聞いた。
■ 高速鉄道は「現地化」が大事だ
―― 今回の会議は初めて海外で行われましたが、台湾で開催した意義は。
日本の新幹線システムを導入して高速鉄道をゼロからつくりあげた最初の例を見てもらえたとい
う点ですね。新幹線は「日本だからできた」と思われがちです。でも台湾の例を見てもらうと、日
本以外の国も新幹線システムを導入して優れた高速鉄道をゼロからつくりあげたのだから、自分た
ちの国でもできるという実感を強く持ってもらえると思います。
―― 新幹線システムの採用例として、台湾が各国の参考になる点はどこですか。
プロジェクトの途中経過の都合で一部にヨーロッパの規格も混ざっていますが、車両や信号など
のコアシステムは日本の新幹線システムで、さらにオペレーションやメンテナンスが現地化できて
いる。例えば人材の育成はJR東海が中心となり、コアの人たちを研修、訓練して、その後は台湾高
速鉄道で行っているわけです。この現地化というのが非常に重要です。
―― 近年は都市鉄道などで、システムの供給と共にオペレーションも他国の企業が担う例が見ら
れますが、日本システムの高速鉄道は現地化が重要なのでしょうか。
日本からの技術的なアドバイスなどはもちろん必要ですし、台湾高速鉄道の台北駅から南港駅ま
での延伸も、システムの切り替えはJR東海がサポートしているんです。ですが、オペレーションや
サービスなどは運営する国が工夫して、責任を持って自国のインフラにしていかないと長続きしな
いでしょう。高速鉄道は複雑かつハイレベルなシステムインテグレーションが必要なので、これは
決定的に重要です。
―― 単なる輸出ではなく、日本がリーダーシップをとりつつ各国で現地化して発展していくのが
理想ということですね。
私はそもそも新幹線の「輸出」という言葉に違和感があるんです。車両だけならともかく、新幹
線というシステムで重要なのは、その国が意思決定をしてプロジェクトを仕上げて、その後きちっ
とオペレーションして発展させていくことについて、必要な技術や情報、日本の知見を提供し、人
材の育成に協力することです。
■ 運営スキームに高い関心
―― 今回の会議には数多くの国が参加していましたが、各国が台湾高速鉄道について一番関心を
持っていた部分はどこでしょうか。
高速鉄道プロジェクトにとって、財務構造やプロジェクトスキームがいかに重要かよく分かった
という声がありました。台湾高速鉄道は単純にBOT方式で民間に任せて、投資資金を回収できると
考えて失敗した例なんです。
そこで台湾は昨年、運営のスキームを決定的に変えています。当初は事業期間が35年だったんで
すが、これを70年に変えました。期間を倍にするということは、当然ながら引き受けた側が返済に
あてる負担が非常に軽減されて、十分ビジネスとして成り立つようになった。さらに累積赤字が大
きくて解消できないので60%強の減資をして、代わりに政府が資金を入れて支援する形になりまし
た。
つまり、例えば最初から日本の整備新幹線方式のようにインフラは政府が引き受けて、オペレー
ターの経営が成り立つような一定の水準の額で貸し付けて、あとは民間の運行側が努力する、とい
う方式だったらうまく行ったかもしれませんが、民間側で全部回収しなさいということで無理が
あったわけです。これは、高速鉄道を計画している国がプロジェクトスキームを決めるときに、極
めて重要な参考例です。
―― マレーシアのクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画が注目を集めています。
会議には両国からも関係者が参加していましたが、彼らの反応はどうでしたか。
例えば、シンガポールの責任者の方は、日本のクラッシュアボイダンス(衝突回避)のシステム
が最善なのはよくわかっているが、シンガポールの法規などと整合させないといけないので、シス
テムをガチガチに日本方式で固めなければならないとなると辛いと言っていました。
私が、新幹線システムはコアの部分が重要であって、あとはそれぞれの国のニーズに合わせてい
くものだから全く問題ないと言ったら非常に安心していましたが、そこが彼らの一つの関心事です
ね。
―― インドは昨年末に新幹線システムの採用で日本と合意しましたが、以前は現地報道でフラン
ス有利という説も見られました。日本システムの優位性はどこにあったのでしょうか。
インドに行って政府や与党の要人と話してよくわかりましたが、彼らは高速鉄道の導入にあたっ
て、単にコストの単純計算をして点数を付けるのではなくて、どのシステムを入れたらインド社会
を変革できるかというところを考えています。単に都市間移動の利便性だけでなく、高速鉄道に
よって社会が変わることを期待しているんです。
―― 「社会を変革する」とは具体的にどのようなことですか。
我々は、新幹線というのは交通手段を超えた、世の中を決定的に変革することができる社会シス
テムだと強調しているんです。もし新幹線がなかったら日本がどうなっていたかと考えると、想像
がつかないですよね。交通だけでなく、社会そのものを大きく変えたわけです。
台湾の首相も全く同じ事をおっしゃっていました。いままで鉄道で4時間かかっていたところを
高速鉄道が1時間半で結んだことによって、台湾のライフスタイルや国民の意識を決定的に変えた
と。そして、最初から高速鉄道がこのような変革をもたらすことに気付いていれば、計画段階で
もっとスムーズに意思決定ができたと言っていました。これは、今後高速鉄道を計画している国に
とって非常に大きな教訓だと思います。
■ 「日欧混合」で生じたムダ
―― スムーズな意思決定とはどういうことでしょうか。
台湾は初期の段階ではヨーロッパ方式を前提にスタートして、その後日本のシステムの採用に方
針を変えたので、インフラについてはいろんな無駄が生じているんです。
―― 具体的にはどんな部分ですか。
特にわかりやすいのは3点あって、一つはトンネルです。ヨーロッパ方式の規格を前提にして工
事を始めてしまったので、トンネルの断面積が90平方メートルあるんですね。新幹線の場合はヨー
ロッパと比較して車体幅が広いにも関わらず、64平方メートルで済んでいます。小さな断面でも環
境上大きなインパクトを与えないように車両の研究開発をしているからです。車両とインフラが統
合されたシステムだからできることです。
もう一つは橋です。ヨーロッパのシステムが新幹線と根本的に違うところは、衝突が起こりうる
ことが前提という点です。だから車両が頑丈で重く、一座席あたりに換算すると新幹線の倍の重量
があります。橋梁もその重さに耐えないといけないので、日本方式の台湾の車両が走るには必要な
い頑丈さで建設されています。
駅のポイント(分岐器)もそうです。ヨーロッパ方式では車両の加減速性能が悪いことを前提に
しているので、駅自体が非常に大きく長い。台湾高速鉄道の駅の大半は高架構造か地下なので、余
分なインフラ整備を余儀なくされているんです。
これらを仮に日本方式で造った場合の試算と比べるとコスト面で非常に大きなロスが出ています
が、要するにシステムインテグレーションができていないからです。今回の会議で特に強調された
のは、高速鉄道では統合されたシステムがいかに大事かということです。
―― 高速輸送による時間短縮が社会変革をもたらすとのことですが、新幹線以外の高速鉄道シス
テムでも同じ事は可能ではないでしょうか。
多くの人が利用できなければ、高速鉄道は社会変革をもたらしません。ですからキャパシティ
(輸送力)と、それを実現するためのフリークエンシー(高頻度運行)や運行の正確性、そして当
然ながら安全性が重要です。ヨーロッパ方式は在来線との共用を基本にしているため、残念ながら
これらに制約があるのが事実です。
中国もそうですが、ヨーロッパでもドイツやスペインの高速鉄道で大きな死亡事故がありました
し、フランスも何度か事故を起こしていて、昨年の暮れには試運転中に大事故が起きている。さら
に、1時間当たり15本の運転に持っていける実績と能力は持ち得ていない。でも、コアシステムに
日本の新幹線システムを採用している台湾高速鉄道はできるわけです。
日本のシステムだけが全ての国にふさわしいというつもりはありません。ただ、台北〜高雄間な
ど、300キロから800キロ程度までの距離で、かつ大都市が点在し、沿線の人口が一定規模あるな
ら、これはまさに新幹線システムに適した区間だと。その例として台湾は非常にいいと思います。
台湾の方が、台湾高速鉄道は新幹線のショーケースだという言い方をしておられましたが、全くそ
の通りなんですよ。
■ 海外展開への活動は?
―― マレーシア〜シンガポール間の高速鉄道は、来年にも入札が行われると報じられています。
IHRAとして、日本システムの採用に向けて活動を展開する予定はありますか。
特別に何かをすることはありません。もともと私たちの活動はプロジェクトの採択のためにやっ
ているわけではないので、入札が近づいてきたから特に変わったことをやるということはありませ
ん。
ただ、マレーシアとシンガポールは、IHRAが発足して以来、向こうの人が来た機会も人数
も、また当方の訪問機会も非常に多いんです。マレーシアのSPAD(陸上公共交通委員会)の
トップも、シンガポール政府からも何人もの人が来て勉強していますが、引き続き機会を作り、情
報提供など接触をいろいろしていきたいと思っています。
(聞き手:小佐野 景寿)