「中華民国」とは何か、どこにあるか。こう問われても、大半の人は首を傾(かし)げるだろう。今や「中華民国」なる言葉は死語になったと言っても過言ではない。
1912年1月、辛亥革命の結果、孫文を臨時大総統に中国大陸の南京で成立したのが「中華民国」である。第2次世界大戦を経て、46年6月から3年半に亘(わた)り、中国大陸において毛沢東率いる共産党軍と蒋介石率いる国民党軍との間で国共内戦が繰り広げられ、その結果、勝利した毛沢東は中国大陸で「中華人民共和国」の建国を宣言し、敗北した蒋介石は台湾に逃走して、そこへ「中華民国」を移設した。以来、台湾は「中華民国」に実効支配されている。
李登輝政権の下で台湾は、加速度的に自由化、民主化が進み、併せて「中華民国」の台湾化が図られていった。陳水扁政権の時は「中国」や「中華」の呼称を「台湾」に変える「正名運動」が推し進められ、受理はされなかったものの「台湾」の名称での国連加盟を目指した。しかし「中華民国」から脱することはできなかった。
しかも、71年10月の「中華民国」の国連脱退以降、国際社会では「中国」を代表するのは「中華人民共和国」で、日本も翌年9月に「中華人民共和国」と外交関係を結んだのと同時に断交し、その結果、まるで台湾が「中華人民共和国」の「地域」であるかのような虚構が罷(まか)り通っている。
加えて日本では「台湾独立」を「『中華人民共和国』からの独立」と捉える向きがあるが、これは大きな間違いである。過去、台湾は一瞬たりとも「中華人民共和国」による統治を受けたことがない。何の根拠もない荒唐無稽なフィクションであるにもかかわらず、そう勘違いしているのは「中華人民共和国」が躍起になって、台湾は「中華人民共和国の領土の不可分の一部である」と喧伝(けんでん)しているからであろう。「台湾独立」とは「『中華民国』からの独立」を意味するものなのである。
今、台湾は中国の横槍(よこやり)による断交ドミノに悩まされている。蔡英文政権発足後、サントメ・プリンシペ、パナマ、ドミニカ、ブルキナファソ、エルサルバドルと続き、その結果、国交のある国は僅(わず)か17カ国にまで激減した。札束で頬っぺたを叩(たた)くように、台湾と外交関係を持つ国に手を突っ込むという中国の遣(や)り口は下劣極まりない。
だが、この断交ドミノは台湾にとって大きなチャンスになる可能性もある。厳密に言えば、これらの国々が断交した相手というのは台湾ではなく「中華民国」である。もちろん、日本が外交関係を断ち切ったのも「中華民国」で、アメリカも同じである。故に、この勢いで世界中全ての国が「中華民国」と断交すれば「中華民国」は消滅する。そうなれば、台湾は「台湾」として本来の姿に戻ることができるのではないだろうか。些(いささ)か単純に思われるかもしれないが、事実、「台湾独立」を志向する人々の間では、「中華民国」の鎧(よろい)を脱ぎ去る好機として、これを歓迎する向きもある。今後の帰趨(きすう)を静かに見守っていきたい。
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丹羽文生(にわ・ふみお)昭和54年(1979年)、石川県生まれ。東海大学大学院政治学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(安全保障)。東北福祉大学、青山学院大学で非常勤講師。2012年、拓殖大学海外事情研究所准教授に就任。2017年、拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター長に就任。岐阜女子大学特別客員教授、一般財団法人日本戦略研究フォーラム理事、一般財団法人自由アジア協会理事。専門分野は政治学、政治過程論、日本外交史。著書に『「日中問題」という「国内問題」─戦後日本外交と中国・台湾』など。