国旗侮辱罪  傳田 晴久

【台湾通信(第123回)「国旗侮辱罪」:2017年11月23日】

◆はじめに

 国旗・国歌に対する態度、考え方、儀礼の在り方は色々難しい議論がありますが、今回の「台湾通信」は最近台湾で見かけた光景、ある新聞の記事に基づいて書かせていただきます。

◆小学校の国旗掲揚式風景

 8月初旬に引っ越した新居は学生向けアパートの7階、南向き窓の眼下には小学校の校庭が広がっています。赤茶色のアンツーカーのトラックは一周300メートルほどあるでしょうか、真ん中には芝生ならぬ緑に塗装されたコンクリート様の広場があり、ハンドボール用の白線が引かれており、鮮やかなコントラストが目に沁みます。

 台湾の校庭は地域の人々に開放されているようで、朝は暗い中から、夕方は陽が落ちるまで、ジョギングや散歩、太極拳、体操、ダンスなどを楽しむ人々で賑わっています。ウィークデイの日中はもちろん学校の授業が行われますが、休日は終日、地域の人々に開放されているようで、多くの老若男女が集まり、それは楽しそうです。

 私は最近、頓に体力気力の衰えを感じるようになりましたが、校庭で元気よく走り回っている子供達を見ていると元気を頂いているようで楽しいものです。

 この学校では毎週火曜日の朝、全校生徒が集まり、朝礼が行われます。午前8時、定刻になりますと生徒たちはいっせいに校庭に集まり、クラス別に整列します。しばらくすると国旗掲揚の儀式が始まります。

 樹の陰で見にくいのですが、生徒の代表2名がポールの下で、国旗を吊るした綱を握りしめながら待ちます。厳かな音楽が流れ始めますと国旗はゆっくりと昇り始めます。号令がかかり、生徒たちはいっせいに挙手の礼をしているようです。朝の8時とはいえ台湾の日差しは強いので、子供達は帽子を被り、女の先生方は日傘をさしておられます。シーンと静まった校庭では、国旗がゆっくりと昇って行きます。

 大部分の先生方は挙手の礼を取っておられませんが、直立の姿勢を取っておられます。子供達が挙手の姿勢を取っているのは、国旗に対する礼の「形から入る」教育でしょうか。小さい中に礼儀作法を教えるのは良いことと思います。

◆儀式の時のマナー

 私はいい年をして恥ずかしいのですが、国旗国歌に対する正しいマナーについてはよく知りません。学校でも習ったかどうか怪しいところです。大相撲千秋楽の表彰式の際、国歌吹奏・斉唱の儀式がありますが、アナウンスは参会者に起立と国歌斉唱を求めます。いろいろ意見はあるようですが、一般には起立して、国旗に正対し、声を出して国歌を歌うのがよいとされているようです。制服で帽子着装の時は、帽子は被ったままで挙手の礼を取るのがマナーとのことです。

 昔、自衛隊の基地を訪問した時、ちょうど夕方の国旗降納の時でしたが、歩行中の我々はその場に静止し、国旗の方向を向いて直立不動の姿勢を取りました。制服の自衛官は挙手の礼をとると聞かされました。食事、入浴中はしなくてもよいとか……。

◆台湾での国旗毀損事件

 そんなことを色々考えているとき、当地の新聞「自由時報」(2017.11.7)に、大見出し「国旗を侮辱する罪は違憲か?」小見出しに「言論の自由に抵触する恐れがあり、高等裁判所は憲法解釈を申請」として、次のような記事がありました。

 台湾では一昨年(2015年)、台湾独立を主張する台湾国の構成員である陳儀庭、陳妙[女亭]と友人の呉馨恩の3人が他の友人2人を伴って、国慶節の日(10月10日)の早朝、新北市中正橋に掲げられていた10数本の国旗を切り裂き、国旗を掲げるための旗竿を折るという事件があった。警察は5人を逮捕し、全員を国旗を侮辱した罪で起訴し、新北地院簡易裁判所は5人を20日間の拘留処分にした。しかし、二審は、3人の政治的意見は言論の自由を保障されるべきとして、無罪とした。検察は上訴し、高等法院は、刑法の国旗を侮辱する罪は、憲法の言論の自由・思想の自由及び比例原則に抵触する恐れがあることを認め、当案件の審判を停止し、憲法解釈を申請した。

◆国旗侮辱罪は違憲?

 新聞の記事によれば、3人の主張は、1)その旗が我が国の国旗であるとは認めない。もしそう(真の国旗)ならば、私は自分の命を懸けてもその旗を守る。2)我々はこのような行動によって中華民国は正当性をもたないことを証明した。3)この国旗は台湾に存在すべきではなく、この旗は植民と圧迫の象徴である。

 それに対して、新北地裁の合議制法廷は、3人の行為は政治的意見を表明したものであり、判決を改め無罪とし、判決書では次のことを強調しています。すなわち、「3人が国旗を毀損した行為について、その目的は中華民国を侮辱するものではなく、その政治性のある言論は憲法の言論の自由に関する最高の保障を受けるべきである」と。

◆誰が自己の国旗を毀損しているのか?

 無罪判決が報道された翌日の自由時報の「社論」(社説)は、「誰が自己の国旗を毀損しているのか?」と題して、台湾大学の陳志龍退職教授の言を引き、「国旗侮辱罪が制定された1930年代はファシズムやナチスドイツの影響を受け、国旗を象徴として保護したが、国旗は単なる形式的なものに過ぎず、刑法をもって罰するようなものではない。第二次大戦後、各国の立法の趨勢は類似の罪名を捨て去っている。」

「この旗を国旗と制定し、国旗侮辱罪を定めた人々が真にその国旗を愛しているか疑わしい。相手が中国の幹部でない場合、国際関係の場でない場合には熱烈に愛してみせるが、そうでない場合は不十分で偽りである。中国や国際関係の前面では直ちにこの旗を巻き上げてしまい、抗議者が旗を掲げることを禁じている。」

「1949年、この旗は外来政権によって南京から持ち込まれたもので、大陸反攻、正当性争奪の旗印であったが、反攻の望みがなくなり、民主改革が進むとともに台湾は新しい民主国家を求めている。しからば国旗も民主的手続きによってみんなで選べば、『自分の命を懸けてもその旗を守る』事が出来るのである。」

◆陳雲林来台時の国旗隠蔽

 社説では具体的に触れていませんが、当局が国旗を隠したことがありました。2008年11月の初め、普段街中に林立していた中華民国の国旗(青天白日満地紅旗)が突然撤去されたのです。

 この時、大陸から海峡両岸関係協会(中華人民共和国の対台湾窓口機関)の会長陳雲林氏が台湾に来ました。来台の目的はいわゆる「三通」の交渉で、1)空運協議(貨物航空チャータ便)、2)海運協議(海運の直行)、3)郵政協議(直線航行ルートの新設)などが合意されました。

 この陳雲林氏は中国の閣僚級であるといわれ、氏を迎えた、時の台湾政府が自主的にやったのか、大陸側の要請か厳命(言明!?)か分かりませんが、さすがに五星紅旗(中華人民共和国の国旗)を林立させることはしませんでしたが、青天白日満地紅旗(中華民国の国旗)を市中から撤去しました。これは最近のはやり言葉、「表現しない自由」でしょうか。

 尚、この件につきましては以前台湾通信No.33「陳雲林来了」にてご紹介しました。

 自由時報紙の主張は、外国の政治家が来台した時に、国家のシンボルである国旗を隠すというのは、その国旗を毀損することではないのか、国旗を毀損しているのはいったい誰なのか、ということでしょう。

◆おわりに

 私は日本の国旗、「日の丸」は美しいと思いますが、世の中には「日の丸の赤は血の色、白地は白骨の色」に見え、日章旗は見たくないという人もいるそうですが、その人も国旗の存在・意義は認めているようです。日の丸は見たくない、五星紅旗は見たくない、青天白日満地紅旗は見たくないが、別な(デザインの)旗を国旗と定めるならばそれを国旗と認め、そのような国旗であれば、命をかけて守りたいというのです。


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