南シナ海仲裁裁定にみる中国共産党の大誤算  高井 晉(日本戦略研究フォーラム常務理事)

7月12日、フィリピンが南シナ海を覇権的に拡張してきた中国を訴えたオランダ・ハーグの仲裁
裁判所は、中国が進出根拠としていた「九段線」について歴史的な権利を主張する法的根拠はない
との判決を下し、中国は全面敗訴した。

 それを受け、昨日の本誌では「大局的には中国封じ込めに大きな意義を持つことは言うまでもな
い」として、中国、台湾、日本の反応とともに今後に残された問題点を指摘した野嶋剛氏の論評を
紹介した。

 この判決を防衛問題専門家はどのように見ているか、本日は国際法の専門家で防衛法学会理事長
をつとめる日本戦略研究フォーラム常務理事の高井晉(たかい・すすむ)氏の論考をご紹介した
い。

 高井氏はこの仲裁裁定について、「中国共産党が蒙った最大の痛手」や「国際裁判の弱点」に言
及しつつ「南シナ海における中国の侵略的進出を快く思わない国家にとって朗報であり、現在米国
が実施している『航行の自由作戦(FONOPs)』の法的根拠として看做し得る。……有志連合軍によ
る『航行の自由作戦』は、有力な選択肢の一つであろう」と述べ、本会の政策提言「中国の覇権的
な拡張に対し南シナ海の合同哨戒を直ちに実施せよ」とほぼ同様のことを提唱している。

 また、この判決は、日本はなにをなさなければならないかをも示しているとも指摘している。


南シナ海仲裁裁定にみる中国共産党の大誤算

                        日本戦略研究フォーラム常務理事  高井 晉

 南シナ海における中国の侵略的進出が国連海洋法条約に違反するとして、フィリピンは、2013年
6月21日に15の争点について中国を仲裁裁判所に提訴し、仲裁裁判所は、2016年7月12日に歴史的な
裁定(award)を下した。すなわち仲裁裁判所は、中国が南シナ海への侵略的な進出の正当性の根
拠としていた「九段線」を全面的に否定し、「南シナ海における資源に対する歴史的な権利
(historic rights)を主張する法的な根拠はない」と断じたのであった。中国は、2014年12月7日
にポジションペーパーを仲裁裁判所へ提出し、フィリピンの争点について仲裁裁判所には管轄権が
ないと主張していたことも相俟って、この仲裁裁定に衝撃を受けたことは想像に難くない。

 国連海洋法条約は、批准の際に留保を付すことを認めておらず、同条約の適用や解釈について締
約国間に争いがある場合は、紛争当事者が自由に選択する平和的手段によって解決する義務を、締
約国に課している(279条)。国連海洋法条約が用意した平和的手段は、国際海洋法裁判所、国際
司法裁判所、仲裁裁判所、特別仲裁裁判所(289条)で、これらは条約の解釈や運用について管轄
権を有しているが、管轄権に争いがある場合は、当該裁判所の裁判で決定することになる(288
条)。

 無誤謬を通してきた中国共産党は、自己の行動の評価について外国人の第三者の判断を仰いだ経
験が無いこともあり、弱小国家のフィリピンが仲裁裁判所へ提訴した際も、大国中国がこれに応訴
しなければ裁判は開始されないと高をくくっていたのであろうか。仲裁裁判所が争点の管轄権を認
めて裁判が開始された後も、中国は、仲裁裁判所に管轄権がないとの主張を繰り返し、仲裁裁判に
圧力をかけて阻止しようとしただけで、国際法、とりわけ国際裁判についての無知をさらけ出した
感があった。中国共産党は、仲裁裁定直後、中国外務次官に同裁定は紙くずに過ぎないと表明さ
せ、裁定を無視して従来の行動を継続する旨の強がりを示した。

 国際社会で責任ある大国としての行動が要請されている中国は、フィリピンの提訴に対し自己の
立場を堂々と主張していれば、国際法を遵守する中国は大国に相応しいとの評価が得られ、異なっ
た仲裁裁定になった可能性がある。中国は、仲裁裁定直後、南シナ海の問題に関する自国の立場と
政策を表明した「白書」を発表したが、これは、仲裁裁判所の審理に対して何ら影響力もなく、出
し遅れた証文以外の何ものでもなかった。

 中国共産党が蒙った最大の痛手は、前述したように、南シナ海の侵略的進出の根拠としていた
「九段線」について、歴史的な権利を主張する法的根拠はないと裁定されたことである。中国の南
シナ海の資源に対する独占、そして西沙群島や南沙群島の岩礁の武力による奪取の正当性の根拠
は、脆くも崩れ去ったのであった。もう一つの大きな痛手は、2014年にフィリピンから奪取したス
カボロー礁がフィリピンの排他的経済水域内にあると断定され、フィリピン漁民が伝統的に行使し
てきた漁業権を中国が侵害してきたと裁定されたことである。

 中国共産党は、スカボロー礁に人工島を建設し、軍用滑走路その他の施設を建設して周辺海域の
コントロールを目指していたという。これにより、現在海南島にある原子力潜水艦の基地を西フィ
リピン海に建設し、米国に対する核能力を一段と向上させる計画もあったと聞く。また中国は、
1974年にベトナムから奪取した西沙群島のウッディ島と1988年に奪取した南沙群島の岩礁の人工島
に建設した軍用滑走路、そしてスカボロー礁に建設予定の軍用滑走路を結ぶ「南シナ海防空識別
圏」を設置し、上空飛行を制限することも計画にあったといわれている。

 南シナ海における中国の権益確保は、中国共産党にとって最大級の課題である。すなわち中国共
産党は、高らかに公言した「偉大な中華民族の復興」と「海洋強国の建設」を必ず実現させなけれ
ばならず、これらの目的のために、東シナ海から南シナ海へと続く第1列島線内への「接近阻止
(A/A)」の態勢構築は、中国共産党にとって至上の命題である。なぜなら中国共産党は、南シナ海
の問題を核心的利益の問題と公言してきたからである。

 無誤謬の中国共産党は、この度の仲裁裁定に反発し、南シナ海に対する従来の行動を継続するで
あろう。国際裁判の弱点は、判決あるいは裁定を強制する手段を欠いていることである。敗訴国
は、判決あるいは裁定を遵守する国際法上の義務を負っているが、かかる義務を履行しない場合
は、国連安保理事会の注意を喚起する他はない。しかし中国は拒否権を有する常任理事国であり、
安保理への注意喚起は徒労に終るであろう。

 南シナ海における中国の侵略的進出を阻止する上で、この度の仲裁裁定は、南シナ海における中
国の侵略的進出を快く思わない国家にとって朗報であり、現在米国が実施している「航行の自由作
戦(FONOPs)」の法的根拠として看做し得る。しかし、南シナ海における中国の行動を阻止するた
めには、武力衝突に至らない手段でこれを実施することが肝要である。フランスは、南シナ海への
艦隊派遣をEUに呼びかけたと聞く。有志連合軍による「航行の自由作戦」は、有力な選択肢の一
つであろう。

 国際法秩序を軽視しようとする中国は、当面、南シナ海における軍事的活動を糊塗するために、
そして国際的な孤立を回避するために、尖閣諸島周辺海域への進出と東シナ海防空識別圏の活用に
より、尖閣諸島周辺の東シナ海における緊張を高める可能性がある。日本は、領域警備法等の必要
な法的整備が遅れており、無害ではない通航、軍用機の領空侵犯そしてゲリコマを排除するために
必要な権限を盛り込んだ法を制定し、東シナ海における諸問題に対し毅然たる態度で臨める法的環
境を整備する必要がある。この度の仲裁裁定は、このような措置を喫緊の課題としたのであった。

                ◇    ◇    ◇

高井 晉(日本戦略研究フォーラム常務理事/防衛法学会理事長/内閣官房有識者懇談会委員/東
京都市大学講師/笹川平和財団特別研究員)
1943年、岡山県生まれ。1974年、青山学院大学法学研究科博士課程単位取得、ロンドン大学キング
スカレッジ大学院修士課程修了。1976年、防衛省国際法教官として防衛研究所入所、助手・研究室
長・図書館長を経て2006年退官。


【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

● 美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【随時受付】
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、1件につき1,000円(税込)を別途ご負担いただ
 きます。【2014年11月14日】

・奇美食品の「パイナップルケーキ(鳳梨酥)」 2,910円+送料600円(共に税込、常温便)
 *同一先へお届けの場合、10箱まで600円

・最高級珍味「台湾産天然カラスミ」 4,160円+送料700円(共に税込、冷蔵便)
 *同一先へお届けの場合、10枚まで700円

●書籍お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px

・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版)
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾
・片倉佳史著『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』
・李登輝著『新・台湾の主張
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉
・江畑哲男・台湾川柳会編『近くて近い台湾と日本─日台交流川柳句集
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂
・小林正成著『台湾よ、ありがとう(多謝!台湾)
・喜早天海編著『日台の架け橋
・荘進源著『台湾の環境行政を切り開いた元日本人
・石川公弘著『二つの祖国を生きた台湾少年工
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・廖継思著『いつも一年生』
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点
・井尻秀憲著『李登輝の実践哲学−50時間の対話
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

●台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム *第14号が入荷!
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr

●映画DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za

・『KANO 1931海の向こうの甲子園
・『台湾アイデンティティー
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南
・『台湾人生
・『跳舞時代』
・『父の初七日』

●講演会DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fmj997u85wa3

・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)


◆日本李登輝友の会「入会のご案内」

・入会案内:http://www.ritouki.jp/index.php/guidance/
・入会申し込みフォーム:https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/4pew5sg3br46


◆メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や他では知りえない台湾情報を、日本李登輝友の会の活動情報
とともに配信する、日本李登輝友の会の公式メルマガ。

●発 行:
日本李登輝友の会(渡辺利夫会長)
〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
E-mail:info@ritouki.jp
ホームページ:http://www.ritouki.jp/
Facebook:http://goo.gl/qQUX1

●事務局:
午前10時〜午後6時(土・日・祝日は休み)

●振込先:

銀行口座
みずほ銀行 本郷支店 普通 2750564
日本李登輝友の会 事務局長 柚原正敬
(ニホンリトウキトモノカイ ジムキョクチョウ ユハラマサタカ)

郵便振替口座
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)
口座番号:0110−4−609117

郵便貯金口座
記号−番号:10180−95214171
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)

ゆうちょ銀行
加入者名:日本李登輝友の会 (ニホンリトウキトモノカイ)
店名:〇一八 店番:018 普通預金:9521417
*他の銀行やインターネットからのお振り込みもできます。