国際投資アナリストの大原浩氏は「香港問題を理解するためには、共産主義中国が核心的利益と名付け固執する『台湾問題』の本質について考えなければならない」として、中国と台湾の歴史的経緯や英国が香港返還に応じた理由などについて詳しく解説している。
だから、今回の香港デモの帰趨は天安門事件より深刻な事態に陥る可能性が大きいと予測する。そして、香港問題の本質である中国が民主化できない理由についても、簡にして要を得た解説をしている。
—————————————————————————————–中国は永遠に民主化できない…天安門事件より深刻な事態に陥る可能性 中国こそ香港・台湾化すべきだ 大原 浩(国際投資アナリスト、人間経済科学研究所・執行パートナー)【現代ビジネス:2019年8月30日】https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66818
◆前門の虎・後門の狼
いわゆる「香港問題」が共産主義中国にとっての正念場を迎えている。8月18日に警察の許可が無いまま行われた国民のデモは170万人を集めたと報じられ、香港人たちの「自由を求める戦い」は、衰えを見せない。
深圳に集結している武装警察によって力ずくでこのデモ隊を屈服させれば、流血は避けられない。そうなれば「第2の天安門事件」として世界中から糾弾され、場合によっては北朝鮮のような経済制裁・金融制裁を課せられ、共産主義中国は自滅する。
逆に、香港人たちの要求を飲めば、共産党の長老たちから習近平氏が「弱腰」と非難されるだけではなく、年間に少なくとも10万件は起こっているとされる共産主義中国各地の暴動を強権的に弾圧する大義名分も失われる。
もうすぐ米国を追い抜くと驕り高ぶり、反対派を、汚職などを口実に次々と蹴落とし、アドルフ・ヒトラーを超える大虐殺者である毛沢東(大躍進と文化大革命での人為的飢饉も含む死者は、西側推計で約8000万人)政治の復活を目指してきた習近平氏は、党内に敵が多い。
トランプ氏の仕掛けた「貿易戦争」で経済面でも大打撃を受け、天井の無いアウシュビッツと呼ばれるウイグル問題もクローズアップされる中で、習近平氏の中国は今まさに正念場を迎えている。
なお、共産主義中国の抱える全般的な問題については、当サイト記事 1月9日「客家・鄧小平の遺産を失った中国共産党の『哀しき運命』を読む」、 5月18日「天安門事件30年で中国は毛沢東時代に逆戻りする予感アリ」、 6月27日「中国は『巨大な北朝鮮』である…共産主義国家の悲しき運命」、 を参照いただきたい。
◆戦勝国である中国とは台湾のことである
香港問題を理解するためには、共産主義中国が核心的利益と名付け固執する「台湾問題」の本質について考えなければならない。
共産主義中国がいまだに「帝国主義」であり、尖閣諸島、南シナ海、中印国境などで他国の領土を奪おうと虎視眈々と狙っているのは周知の事実である。また、過去にはベトナムを侵略。チベットやウイグルでは占領するだけではなく、人民の虐待を続けている。
共産主義と帝国主義が合体したものがファシズムであるから、共産主義中国はファシズム国家と呼んでも差し支えないかもしれない。
しかし、台湾問題はその帝国主義的な領土拡大とは異なった側面を持つ。
一般的に台湾と呼ばれる中華民国は、中国の歴史で言えば、亜流の共産主義中国とは違って、綿々と続く歴史の本流なのである。
例えば、日本軍と戦い第2次世界大戦の戦勝国となったのは中華民国(現・台湾)である。
読者も歴史教科書で写真を見かけたことがあると思うが、ポツダム宣言(別名:「米英支三国共同宣言」)を発表したのは、その名の通り米国(ルーズベルト)、英国(チャーチル)、支那(蒋介石)の3国であるが、この支那(中国)とは、もちろん中華民国(台湾)なのである。
また、1945年の国連設立時の常任理事国は、第2次世界大戦に勝利した連合国である米国、英国、フランス、ソビエト連邦、中華民国(台湾)である。
共産主義中国の建国は、1949年であるから、その当時は存在さえしていなかったのだ。
その後、1971年に共産主義中国が本流の中華民国(台湾)を押しのける形で、常任理事国の地位を獲得した。一種の背乗りである。
なお、日中国交正常化は1972年の日中共同宣言からである。米中国交正常化は1971年のキッシンジャーの中国訪問から始まり、1972年のニクソン大統領の訪中を経て、1979年のカーター大統領の時にようやく実現した。
田中角栄氏のロッキード事件が、ニクソン訪中で先行していたはずの米国を追い越す形で共産主義中国との国交正常化を行った同氏への報復だと噂されるのも、米国(特に共和党)が共産主義中国を心よく思わず、常に第2次世界大戦を共に戦った本流の中国(中華民国=台湾)を守ることに徹してきた象徴だといえよう。
第2次世界大戦を「ファシズムから自由を守る闘い」と位置づける先進自由主義諸国においては、第2次世界大戦の戦勝国という意味は極めて大きい。
共産主義中国が台湾を核心的利益と呼ぶなら、米国にとっても台湾は「核心的利益」なのである。
中華民国(台湾)と中華人民共和国(共産主義中国)とのいわゆる「2つの中国」問題は、かつてメディアを賑わしたが、歴史的に正当な中国が中華民国(台湾)であることは明らかである。
中華民国(台湾)が独立国として、「私の国の戦勝国としての権利、そして正当な中国の歴史は共産主義中国によって奪われた」と世界に訴えたら、共産主義中国は抗弁できない。
日本の歴史教育では、共産主義中国が戦勝国でないことを包み隠しているが、共産主義中国が主張する「歴史問題」のほとんどは中華民国(台湾)の統治下で起こったことであり、中華民国(台湾)が存在する限り、彼らに主張する正当な権利があるから、共産主義中国としては早く中華民国(台湾)を吸収して消滅させたいのも当然といえる。
最近、台湾関連の法規を急速に整備したり、F-16を売却したりして、トランプ政権が台湾に肩入れするのも、共産主義中国が常任理事国の地位を奪う前(米中国交正常化以前)の世界秩序を回復させようという試みであるとも考えられる。
◆1997年、香港返還の狙いは中国の香港化
また、現在の香港問題も歴史的経緯を理解しないと読み解けない。
香港返還が行われたのは1997年7月1日であり、鄧小平が死去したのは同年の2月19日である。彼自身は返還をその目で確かめることができなかったが、香港返還は傑出した政治家である鄧小平の行った最後の偉業といえるであろう。
そもそも、香港返還は鄧小平でなければ成し得なかったと考えられる。毛沢東亡き後、「改革開放」を軌道に乗せた鄧小平は、ロシアのペレストロイカを行ったミハイル・ゴルバチョフのような「自由化」「民主化」の旗手として西側から大いに期待されていた。
英国が最終的に香港返還を決断したのも、改革・解放が順調に進めば中国も豊かになり、自由化・民主化が進むと考えたからである。
現在のように、毛沢東暗黒時代への回帰を目指す習近平政権では、香港返還などあり得なかったと断言していい。
事実、2014年の香港反政府デモ(雨傘運動)の際には、英国が調査のために議員団を派遣しようとしたが、共産主義中国はこれを拒絶した。
そもそも雨傘運動は、2017年の香港特別行政区行政長官選挙から1人1票の「普通選挙」が導入される予定であったにもかかわらず、共産主義中国が「行政長官への立候補には指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2〜3人に限定すると決定」したことに原因がある。
かつて悪の帝国と呼ばれた、共産主義国ロシア(旧ソ連)でさえ、現在では曲りなりにも普通選挙が導入されている。そのような基本的なことさえ実行できない1国2制度とは何であるのか?「話が違う」ということなのだ。
すでに述べた様に、英国が香港返還に応じたのは「共産主義中国が香港化」すると考えたからであり、「香港が共産主義中国に統一される」と考えたのであれば、返還に応じなかった。
法律的問題には色々な議論があるだろうが、このような歴史的経緯から考えれば「香港人民の自由が奪われるのなら、約束違反だから香港返還は取り消す」と言いきれるだけの大義名分が英国にはあり、米国をはじめとする西側先進諸国もそれを支持するであろう。
◆「香港事件」が「天安門事件」より深刻な理由
万が一、共産主義中国が武力でデモ隊を鎮圧した場合には、天安門事件をはるかに上回る厄災が共産主義中国に降りかかることが予想される。
歴史的経緯から、香港には英国のパスポートを持った人間が多数いるし、カナダ人、米国人も相当数滞在している。彼らは白人(ピンク人)であるとは限らない。むしろアジア系・東洋系の顔立ちの者が多いのではないかと推測される。
総人口700万人のうち170万人、あるいは200万人といえば、香港の3〜4人に1人は、デモに参加しているということだが、その中に二重国籍者も含めてアジア系英国人、カナダ人、米国人がどの程度含まれているのかは、見た目ではまったくわからない。
武力鎮圧の結果、それらの「外国人」に死者でも出ようものなら、それらの国々に宣戦布告をしたのも同然の困難状況に陥る。
◆中国が永遠に民主化できない理由
中国がいくら豊かになっても民主化できないのは、共産主義が共産党のために存在し、民主化によってその利権を失うことを恐れているからだが、ロシアはウラジーミル・プーチン氏の独裁が続く中でも、一応、普通選挙は行われている。
大陸中国が民主化できない根本原因については、人間経済科学研究所・研究パートナー藤原相禅氏の研究論文「中国が民主主義を受け入れない理由」を参照いただきたい。
重要なのは、歴史的に「御恩と奉公=封建制度」という「契約に基づく社会を経験」しているかどうかということだ。1人が牛耳る絶対王制が基盤である社会に、いきなり民主主義を導入しても根付かないということである。