中国のアジアインフラ投資銀行への大いなる疑問  宮崎 正弘(評論家)

中国が2年前から設立を提唱しているアジアインフラ投資銀行(AIIB)。設立メンバー締め
切りを2015年3月末としているため、3月に入ってイギリス、フランス、イタリア、ドイツなど主要
先進国が相次いで参加を表明している。

 台湾の馬英九総統も参加を積極的に目指すべきと表明し、台湾銀行の李紀珠・董事長も「アジア
インフラ銀行はビジネスチャンスを生み出し、台湾の金融機関にも、より多くの外国金融機関と提
携する機会をもたらすと指摘、台湾は尊厳が保たれることを前提に同銀行に参加すべきだ」(台湾
国際放送)と述べたと伝えられる。

 しかし、アジア開発銀行(ADB)を主導するアメリカと日本は慎重だ。陸のシルクロード、海
のシルクロードなど中国の勢力圏づくりに利用しようとするのではないかと警戒感を隠さない。

 宮崎正弘氏が「参加表明しない日本は選択を間違えているという、恐ろしくも正反対の議論が突
出しており、ばかばかしいにも程がある」と、アジアインフラ投資銀行の問題点について説得力に
富む分析をしている。そして「AIIBにはいくつかの致命的欠陥がある」とも述べる。いささか
長いレポートだが、その全文を下記に紹介したい。


中国のアジアインフラ投資銀行への大いなる疑問
本当の中国の狙いを誤解していないか
【宮崎正弘の国際ニュース・早読み:平成27年(2015年)3月30日】

 日本の国際情勢分析や論調はいつもおかしいが、今回の中国共産党主導の「アジアインフラ投資
銀行」(AIIB)に参加表明しない日本は選択を間違えているという、恐ろしくも正反対の議論
が突出しており、ばかばかしいにも程があるという感想を抱く。そのまとめとして本稿を書く。

 第一に、中国が目ざす「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)なるものは「国際金融機関」で
はなく中国共産党の世界戦略にもとづく「政治工作機関」であるという本質をまったく見ようとも
しない不思議である。

 第二に、あわよくば米国主導のブレトンウッズ体制(つまり世界銀行・IMF体制)に変わる中
国主導の金融秩序構築を模索するものであること。すなわちドル基軸体制に真っ向から挑戦し、人
民元基軸体制をアジアに構築しようという壮大な野心から生まれた、きわめて大風呂敷の構想であ
ることである。

 第三に、この銀行を設立することは中国経済のひずみを解決するための出口でもあることだ。

 すなわち余剰生産の鉄鋼、セメント、建材、石油副産物などの国内在庫を一掃するための吐き出
し機関ともなりうるし、失業対策になやむ中国が諸外国にプロジェクトを持ちかけ、それをファイ
ナンスすることによって大量の中国人失業者を海外へ送り出せるメリットがある。

 この点を吟味する分析が日本ではあまりにも少ない。

▼外貨準備世界一のトリック

 世界中が幻惑されたのは、中国の外貨準備が世界一という数字のトリックだった。

 中国の外貨準備は3兆4830億ドル(14年末)とされるが、ちょっと待った。CIA系シンクタン
クの調査ではすでに「不正に外国へ持ち出された外貨」が3兆7800億ドルである。

 つまり表向き、あることになっている「外貨準備」、じつは底をついているのである。その証拠
に中国は米国債の保有額を減らしている。日本がまもなく世界一の座を復活させるだろう(15年1
月末で日中間の差は50億ドルしかない)。

 また中国の国家ファンドが保有した筈の日本株式はすでに売り払っているうえ、じつは中国は猛
烈に海外から外貨を借りまくっている。外貨準備増加額より外国金融機関からの借り入れ額が上
回っている。

 こうして不都合なデータを中国は巧妙に伏せていることに特大の注意が必要である。

 ところが、日欧のメディアはアジアインフラ投資銀行に対して過剰な評価をし始めた。

 IMFのラガルデ専務理事もADBの中尾武彦相殺も「協力できる可能性はあるかもしれない」
などと発言のニュアンスが対立型から様変わり、日本の麻生財務相は「入らないと言っているわけ
ではない」と融資条件や運用方法の透明性を問題視した。

 そう、「透明性」が最大の問題で、理事会に日欧が入り込む隙間のない独裁となるだろうから、
融資条件の開示させない段階で加盟するなどというのは政治的発言か何か別の思惑があり、日欧の
発言をよくよく吟味すれば「加盟しない」と発言しているのである。

 中国経済分析で世界的に有名なエリザベス・エコノミー女史は「はじめからお手並み拝見で、A
IIBはAIIBと割り切って放置すれば良かった。米国の反対声明がかえって、中国の銀行設置
に力を与えた」と皮肉る。

 もとより「アジアインフラ投資銀行」に英独仏伊が参加表明したため、豪、デンマークなど合計
41ヶ国が参加することとなった(3月30日現在)。

 英紙「フィナンシャルタイムズ」は、米国オバマ政権に「失望」が広がっていると報道し(3月
19日)、対照的に中国語の媒体は「英国の決断」などとし、同行に加わらない日米に冷淡な分析を
している。中国としては政治的得点になる。

 だから日本のマスコミはますまるおかしな論調となる。

 たとえば日本のイエローパーパー『日刊ゲンダイ』が、日本の立場を徹底的に批判し、中国主導
のアジアインフラ投資銀行に参加表明したドイツ、フランス、イタリア、そして英国に先を越さ
れ、日本政府が無能ぶりを天下に曝したと報じたことが、中国メディアは嬉しくて仕方がないらし
い。同紙が『日本の完敗』と書いたことがよほど気に召したらしいのだ。

▼英国のホントの参加理由はシティ・ルールが守られるのか、どうかだ

 もうすこし状況を把握してみよう。

 英国の思惑は次の三点に集中している。

 第一はMI6をいう情報機関をほこる英国にはそれなりのインテリジェンス戦略から発想される政
治的計算がある。

 英国にとってAIIBに加盟を表明しないことには情報が得られない。その高度の情報を同盟国
である米国に提供できる。

 そもそも世界金融を差配しているのはウォール街である。そのウォール街の論理はグローバリズ
ムであり、そのルールを決めているのは英国のシティである。

 英米がシティ・ルールを破壊するような行為に中国がでれば、いつまでも協力的態度をつづける
か、どうか。

 第二に加盟国となれば、AIIBの規則や条件に英国が(独仏伊豪も)注文や条件を付けられ
る。つまりシティのルールを尊重してくれるのか、どうか。欧米が警戒するニカラグア運河への投
資なども、中国の貯湯妄信的融資には激しく反対することになるだろう。

 第三が「ウィンブルトン方式」である。

 英国はすでに2年前からシティにおける人民元取引をみとめ、同時に中国国債も取引されてい
る。おなじくフランクフルト市場でも。これは「ウィンブルトン方式」と言われ、市場関係者から
みれば「貸し会場ビジネス」である。つまり有名なテニスの世界大会を開催し、たとえイギリス選
手の活躍がなくとも、集まってくる人々(外国籍の)が落とすカネが魅力であるという意味であ
る。

 こうした文脈からいえば英国のアジアインフラ投資銀行に参加表明も、そこにシティとしてのビ
ジネス拡大の可能性を見たからであり、対米非協力への傾斜という政治的思惑は薄い。

 ならば独仏など「ユーロ」加盟国の反応はどうか。

 ユーロを主導するドイツは、これが人民元市場ではないことを見抜いた。

 イタリアとフランスの参加表明はユーロが米ドルよりも強くなれば良いという斜に構えた動機で
あり、また加盟すれば幾ばくかの情報が取れるという打算に基づく政治的行動だろう。

▼アジアの資金渇望を中国は巧みに衝いた

 さて米国は嘗て宮沢政権のおりに、日本が設立を目指したAMF(アジア通貨基金)を構想の段
階で横合いから強引に潰したように、中国主導のドル基軸に挑戦するような国際機関の動きには警
戒している。

 基本的動機は戦後の世界経済を牛耳るブレトンウッズ体制(つまり世界銀行・IMF体制)に中
国が挑戦してきたと認識が強かったからである。しかし米国は中国の動きを牽制したが、潰そうと
はしなかった。それだけ日本は押さえ込める自信があっても、中国を制御する政治力は、もはや米
国にはないということでもある。

 繰り返すが中国がアジアインフラ投資銀行を設立する思惑は(1)人民元の拡大と(2)アジア
における人民元の覇権、(3)中国主導のアジア経済訂正の確立という、金融帝国主義であり、南
シナ海での侵略行為によって四面楚歌となった政治状況を、カネを武器に主導権の回復を狙うもの
である。

 インフラ整備の資金調達になやむアセアン諸国ならびにインド経済圏は喉から手が出るほど欲し
い資金を中国が供与してくれるのなら政治的行動は抑える。露骨なのはカンボジア、ラオス、タ
イ、インドネシアなどだ。つまり反中国でまとまりつつあったアセアンの団結への動きを、中国は
みごとに攪乱しているのだ。

 だが裏側はどうか。

 この新銀行は貸し付け条件も金利の策定方法も、審査方法もまったく白紙の状態であり、基本的
に銀行のガバナンスを知らない国が国際銀行業務をスムースに展開できるのか、どうかが疑問視さ
れている。

 つまり日本が経済制裁をしている北朝鮮への融資を中国が勝手に決めた場合などが早くも想定さ
れ、強く懸念される。

 アジア諸国の港湾浚渫など整備プロジェクトや鉄道輸送に力点をおいた融資を行うだろうが、そ
れはアジアにおける中国の軍事戦略「真珠の首飾り」を実行するための経済面からの補完手段であ
る。港湾を中国は将来の原潜や空母寄港地として利用する魂胆も見え透いていないか。

▼アジアインフラ投資銀行に参加表明しないのが得策だ

 AIIBにはいくつかの致命的欠陥がある。

 第一に人民元の拡大を狙う同行の資本金が米ドル建てという不条理に対して納得できる説明はな
い。くわえて同行の本店ビルは北京で建設が始まったばかりで、どう最速に見積もっても2017年度
ごろに完成である。

 第二に資本金振り込みにも至っておらず、拙速の開業があっても2016年、そのころに中国の外貨
準備が潤沢のママであろうか?

 第三に中国の外貨準備が激しい勢いで減速しており、いずれ資本金振り込みさえ怪しい雲行きと
なりそうなことに誰も懸念を表明しないことは面妖というほかはない。

 いずれアジアインフラ投資銀行は空中分解か、最初の貸し付けが焦げ付き、増資を繰り返しなが
らの低空飛行となるだろう。日本は歯牙にもかける必要がないのである。

 そして設立まではやくも不協和音が鳴っている。

 ロシアは参加表明をしない方向で検討していた事実が浮かんだのである(多維新聞網、3月26
日)。

 ロシアのセルゲイ・ストルチャク財務副大臣は「ロシアは過去一貫して米国の金融支配に反対
し、新しい国際機関の設立を呼びかけてきたので、AIIBの主旨には賛同する。しかしながら、
この新組織にロシアが加盟するかどうかは未定である」と記者会見した。

 第一に中国主導の度合いは拒否権に象徴されるが、ロシアが中国の風下に立つ積もりはない。

 第二に英独仏など西側が加盟すると、ウクライナ問題でロシア制裁中のかれらが、ロシアの要望
する融資案件には反対にまわるに違いない。ロシアは原油価格暴落以後、多くのプロジェクトが足
踏み状態にあり、資金重要が強いが、逆に英独仏が対ロ融資に反対すれば、ロシアが加盟する意味
がない。

 第三に大国の政治力は単に金融力でははかれず、ロシアは軍事大国であり、その矜持がある。ロ
シアと中国の絆は軍事、政治的結びつきが強く、金融面での協力関係はそれほど重要とは言えな
い。

 とはいうもののロシアは現在14行場を建設中のほか、160キロの地下鉄、ハイウェイなど160件の
プロジェクトを推進もしくは計画中で、2000億米ドルが必要と見つもられている。

 さらにややこしい問題は、ロシアが一方で期待する「BRICS銀行」にしてもブラジル、イン
ドより、ロシアのGDP成長は遅れており、そもそもロシアとブラジルは原資負担にも追いつけな
い状況となってしまった。

 BRICS銀行も設立そのものが危ぶまれ始めている。


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・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
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