◆トランプ陣営参謀、「台湾への武器供与」の必要性強調
ドナルド・トランプ氏が次期アメリカ大統領に決まったことで、日本では日米関係を不安視する
声が高まっています。読売新聞の世論調査では、今後の日米関係に不安があると答えた人が58%に
のぼりました。
トランプ氏は日本の米軍基地をはじめとして、在外米軍基地への同盟国の負担増大を求めてお
り、また、ヒラリー・クリントンが中心となって進めたオバマ政権のアジア・リバランス政策の見
直しが行われる可能性があるということで、アジアでのアメリカのプレゼンスの低下と中国の覇権
主義の増大が懸念されています。
台湾でも、一部ではそのような懸念が持ち上がっています。今年の7月には、アメリカの「ボイ
ス・オブ・アメリカ」がトランプ大統領が誕生すれば、台湾海峡で戦争の可能性があり、台湾は自
主防衛のために核武装を模索すること十分ありえるとしました。もっとも、この分析も、選挙期間
中に繰り返されてきたトランプ氏へのネガティブキャンペーンの一環である可能性もありますが。
台湾でもトランプ氏の大統領当選は大きな話題となっていますが、一般の台湾人はこれを
「ショック」と捉えるよりもむしろ「歓迎」する向きが大きくなっています。
というのも、中国はさかんに台湾を「絶対不可分の神聖なる国有領土」と呼び、白書まで発行し
て台湾にも他国にも「ひとつの中国」を認めるように圧力をかけてきています。日本ですら国会で
中国の主張を「理解する」と是認して、国家として認めていません。そのため、台湾人は「暴言
王」であるトランプ氏が中国の主張を否定するような言葉を言ってくれることを、密かに期待して
いるのです。そしてその台湾人の期待を後押しするような情報が、いろいろと入ってきています。
◆トランプ氏は中国・台湾をそれぞれどう見ているのか
たとえば、かつて陳水扁政権で国防部副部長だった林中斌氏は、トランプ政権では反共産主義の
立場だった人が要職につくという予測しています。また、冒頭の記事は、トランプ陣営の参謀であ
る米カリフォルニア大のピーター・ナバロ教授と、米下院軍事委員会で海軍力小委員会委員長のア
ドバイザーを務めたアレキサンダー・グレイ氏が、米誌「フォーリン・ポリシー」に台湾への全面
的な武器供与の必要性を訴える論文を掲載したというものです。
同記事によれば、2人は、オバマ政権の台湾に対する扱いは「実にひどいものだった」とし、台
湾はおそらく米国のパートナーの中で軍事的に最も脆弱だと指摘。2010年にアメリカ国防情報局が
台湾海峡の軍事バランスを「北京側に傾いている」と警告したにもかかわらず、オバマ政権は中国
の野心を食い止めるために必要な、台湾への包括的な武器の供与を拒み続けたと批判している、と
報じています。
たしかにオバマ政権時代は米中蜜月の時代と見なされ、台湾人のアメリカ離れを招きました。そ
してそれが馬英九政権に「対中接近」の好機を与えたのです。しかし、馬英九はアメリカ国籍など
を持っているかどうかを曖昧にしたまま8年間も総統を務め続けたこともあり、支持率は1ケタ台に
まで低迷してしまいました。
2013年ごろから、台湾ではアメリカ共和党支持が大勢になりつつありました。だからトランプの
出現と躍進に対しては、意外というよりも期待のほうが大きいのです。中国の台湾に対する理不尽
な主張に対して、ハーグの仲裁裁判所のように「まったく根拠なし」とまで断じなくとも、「中国
は嘘つきだ」とさえ言ってくれれば、台湾は主権国家としての正当性が生まれます。
トランプ氏の陣営のアジア系アメリカ人委員会に所属する台湾出身の企業家・徐紹欽氏も、「ト
ランプ氏は台湾を信頼できる友人と考えている」と発言しています。
トランプ氏の対中政策はまだ判然としません。しかし、鉄鋼をはじめとする中国の輸出品につい
ては不当なダンピングをしているということで、中国産品に45%の関税をかけるべきだと主張して
います。この姿勢については、大統領就任後も変わらないでしょう。というのも、トランプを選ん
だ白人労働者は、自分たちの仕事を奪っているのは中国だという怒りを持っているからです。
こうした労働者の反中国感情は世界中で高まっています。昨年の10月に習近平主席がイギリスを
訪問したときには、同国の鉄鋼業界が中国の鉄鋼ダンピングについて強く批判を行っており、デモ
も起きています。
加えてトランプ氏は、選挙期間中に中国を為替操作国に認定すると述べてきました。これについ
ては元財務長官顧問も「トランプ氏は公約を守るだろう」と述べています。そうなれば、中国経済
はさらに苦境に陥ることは避けられません。
◆日本がトランプ新大統領を歓迎すべきこれだけの理由
また、トランプ大統領は、アメリカの対ロシア政策を軟化させる可能性があります。プーチン大
統領を「オバマ大統領より優れている」と持ち上げるなど、プーチンをよく称揚しているからで
す。その背景には、米ロ接近による中国牽制という意図も見え隠れします。そしてこれは安倍首相
による日ロ接近ともシンクロします。
先日もモディ首相が来日しましたが、日本はインドとも連携して中国包囲網を構築しようとして
います。こうした動きはトランプ氏の「アメリカ・ファースト」とも利害が合致する可能性が高い
と言えるでしょう。
楽観視することはできませんが、トランプ陣営から出てくる情報では、日本や台湾よりも、対中
政策がより厳しくなると予想されます。それに、アメリカがアジアでの軍事的プレゼンスを低下さ
せることは、日本にとっては日米地位協定などの「不平等」な協定見直しや憲法9条の改正に拍車
をかけることにも繋がります。
2013年に安倍首相が靖国神社を参拝した折には、アメリカ大使館が「失望した」などという声明
を出しました。言うまでもなくこれは、オバマ政権が命じたものです。アジア・リバランス政策を
重視するオバマ政権は、韓国の反発によって日米韓の連携が崩れることを懸念したのでしょうが、
多くの日本人は内政干渉だと感じたはずです。
こうしたことも、トランプ大統領の誕生によって、変わってくる可能性があります。もともと自
民党は共和党とのパイプが太いですし、これまでアメリカの圧力でできなかった防衛システムの強
化、日本の独自外交も進んでいくと思われます。
それにしても、大方の予想に反してドナルド・トランプ氏が次期大統領に決まったことは、日米
のメディアの終焉を示す象徴的な出来事でもありました。このメルマガでも以前お伝えしたよう
に、私が10月に訪米した際、日米のメディアではヒラリー当選が確実のように伝えていましたが、
ロサンゼルス在住の日本人でトランプ当選を予想する人が少なからずいました。
ヒラリーが優勢といわれたカリフォルニア州でも、トランプ当選を感覚的に予測していたという
ことは、あれだけのネガティブキャンペーンでも、それを信じない人が多かったということです。
日本のメディアはアメリカのメディアの伝えることをそのまま流すだけですから、「トランプはと
んでもない人物」という評価ばかりが先行し、「だから当選はない」という論調につながっていき
ました。
しかし予備選のときも予想を外し、本選でも予想が大外れしたわけですから、メディアとしての
信用力はガタ落ちです。もともとアメリカは新聞やテレビメディアを信用する人の割合が日本に比
べて低く、世界価値観調査(2010〜2014年)によれば、日本では新聞・雑誌を信頼できると考える
人が73.8%、テレビを信頼できると考える人が69.7%に対して、アメリカはそれぞれ22.8%、
23.2%しかいません。むしろ信頼できないと答える人のほうが多いのです。
もともとアメリカではメディアはあまり信用されていないので、今回の影響は「軽微」ともいえ
ます。むしろ影響が大きいのは日本のほうではないでしょうか。ネット世代が増えて、新聞やテレ
ビを必要としない人はこれからますます増えてくるわけですからなおさらです。
これまでも日本のメディアの偏向ぶりは問題となってきました。安保法制のときもそうでした
が、その影響力の低下は静かに、しかし確実に広がっています。トランプ現象は、日本のメディア
の終焉、そして彼らが支持してきた左派の終焉にもつながると思われます。
◆そして訪れる、中国経済の大崩壊
メディアが結果を見誤ったのは、世界的にグローバリズムからナショナリズムへの回帰が起きて
いることを認めようとしていなかったからではないでしょうか。とくに左派メディアは「ナショナ
リズム」が嫌いですから、世界的潮流を見ないようにしてきたと思われます。
しかし、今回のトランプ当選は、間違いなく世界的なグローバリズムからナショナリズムへの回
帰です。そしてそれはイギリスのEU離脱にも通じるものです。イギリスのEU離脱も、多くのメ
ディアや世論調査は予想を大外ししました。
東西冷戦後、パックス・アメリカーナが確実となり、アメリカは「アメリカイズム」としてグ
ローバリズムを世界規模で推し進めてきました。しかしそれがやがてリーマンショックを招き、ア
メリカの経済や産業に衰退をもたらしました。そして、ヒラリーが代表していたのが、このグロー
バリズムという既存の世界秩序であり、トランプが代表していたのが既存の世界秩序への反逆でし
た。
アメリカは過去のモンロー主義へと先祖返りし、世界もグローバリズムやボーダレスからナショ
ナリズムへと回帰しつつあり、国家優先が大きな潮流となりつつあります。世界経済をマクロ的な
視点で見ると、中国をはじめとするBRICS諸国の奇跡的な経済成長は、グローバリズムによって成
し遂げられたことは間違いありません。中国はすでに人類史上最大の通商国家となっています。
しかしグローバリズムからナショナリズムへと逆回転が始まれば、通商国家は生き残れません。
しかも中国はかつての「自力更生」の時代に戻ることも不可能です。アメリカは中国最大の輸出国
(輸出全体の約17%を占める)でもあります。そのため、アメリカの関税が引き揚げられただけで
中国は干上がってしまいます。
来年にはドイツの総選挙があり、反グローバリズムと反移民の国民感情のたかまりから不人気の
メルケル首相は出馬しない可能性があります。そうなれば、安倍首相は国際政治の最長老として存
在感がますます大きくなっていきます。
安倍首相は戦後日本外交の巧者であり、これほど世界を回った首相はいません。安倍首相の努力
によっては、アジアで日米露の三国同盟という新しい展開も夢ではありません。日本も台湾も、ト
ランプ大統領の誕生は大きなチャンスなのです。