を見ていて改めてそう思った人は少なくないだろう。事故から半日しか経過していないに
もかかわらず、車両を重機でガンガン解体し始めたからだ。まだあの車両の中には生存者
がいるのではないかと、ハラハラしながら見ていた。
産経新聞の川崎真澄・上海支局長は今朝の紙面で、この衝突事故の光景と四川大地震の
ときの光景を重ね合わせ、「まず当局側の都合が優先され、明らかに人命が軽んじられて
きたのではないか、との疑念が消えない」と書く。
川崎記者は、支局長をつとめていた古巣の台湾をよく訪れるという。台湾の空気を吸う
とホッとするのだそうだ。中国駐在した経験者は、押しなべて同じ感想をもらす。
そのような中国人と台湾人が一緒にされてはたまらないと、戸籍で中国人にされた台湾
の人々は異口同音に嘆いている。
戸籍問題の解決は、外登証と同様に日本人の責務だ。台湾人の人権を踏みにじるこの戸
籍問題の一刻も早い解決をもたらすためにも、川崎記者の一文を味読されたい。
この国の人命軽視の構図 河崎 真澄
【産経新聞:平成23年(2011年)8月14日「土・日曜日に書く」】
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110814/chn11081402510001-n1.htm
目の前で実際、何が行われているのか、にわかには理解できなかった。高速鉄道列車の
追突事故から一夜が明けた7月24日、中国浙江省温州市の現場でのこと。
大破した車両が高架上や落下した地面で無残な姿をさらし、追突の衝撃の激しさを物語
ったが、前日夜の事故発生から、まだ半日しか経過していない車両を重機でガンガン解体
し始めたからだ。
生存者の確認や遺体の収容、現場検証など、優先させねばならないことを当局が無視し、
解体を急いだのはその後、列車運行の再開を急いでいたためだと知る。
その一方で、「車両の外からの捜査で車内に生命反応はなく捜索は終了した」として解
体作業を強行したにもかかわらず、大けがをした2歳の女児が夕方に救出された。現場に到
着した救急車を見て強い怒りがこみ上げてきた。
運行再開を急ぐため振り上げられた重機のアームが、まだ救えたはずの命を奪ってしま
ったのではないのか。鉄クズとなった車両とともに、被害の実態まで葬り去ろうとしてい
るのではないのか。
◆四川省の老夫婦の嗚咽
その瞬間、脳裏に浮かんだのは四川省の山間部、北川チャン族自治県で2年前の5月に会
った老夫婦のことだった。9万人近い死者と行方不明者を出した四川大地震の発生から1年
を前に、震災で倒壊したままの小学校の校舎の入り口で2人は泣き崩れていた。
日本の救援隊も救助にあたった北川チャン族自治県。建物の損壊が激しい地域は立ち入
りが厳しく制限されていたが、震災1年の追悼式典を前に、地元住民や報道陣に開放された
ときのことだ。
マグニチュード8・0の激しい揺れが襲ったとき、小学校の教諭だった老夫婦の一人息子
が、児童を助けようと必死に誘導を始めたが、ガラガラ倒壊してきた校舎の下敷きになっ
たのだという。
「助かった子供たちに聞いたのよ。まだ、うちの息子はクラスの子たちと、ほら、あそ
このがれきの下に埋まっているんだから」
倒壊した建物への立ち入りは危険だとして警官に阻まれ、小学校の敷地に入れずにいた
母親はがれきの方向を指さし、息子の名を何度も叫んだ。震災時には救出もままならず、1
年がたってもなお、遺体にすら対面できないことへの怒りと悲しみの嗚咽(おえつ)が続
いた。
◆手抜き工事で校舎倒壊
信号システムの欠陥や運行管理が原因とされる「人災」だった高速鉄道事故と、「天災」
の四川大地震を同列に扱うべきではないかもしれない。だが、こうした惨事がこの国で起
きるたびに、まず当局側の都合が優先され、明らかに人命が軽んじられてきたのではない
か、との疑念が消えない。
四川大地震の場合、老夫婦の息子や小学生らには捜索の手も及ばなかった。しかも、住
宅や工場など近くの建物が被害を免れた地域でも、小学校など校舎ばかりが倒壊したこと
が問題になった。
校舎建設受注のために当局者に賄賂を渡した業者が、見た目は分かりにくい耐震強度で
手抜き工事をしたことが原因とされる。
四川省政府はその後、「建設工事の質が原因で校舎が倒壊したケースは発見できなかった」
とする調査結果を発表したが、それを信じた被災者は一人もいない。鉄筋もろくに入れら
れず、中が“オカラ”状態のコンクリートの柱がむきだしになっていたからだ。
古くから中国では魔よけの意味で使われてきた爆竹。その炸裂(さくれつ)音が震災か
ら1年を迎えようとしていた北川チャン族自治県で、家族を失った住民の叫び声と重なるよ
うに谷間に鳴り響いていた。
◆2200億円の汚職も
中国で4年前に運行が始まったばかりの高速鉄道網。わずか数年で、総延長が東海道・山
陽新幹線の10倍近い1万キロに達した。その急ピッチな建設ぶりに、追突事故の前月、中
国鉄道省の元幹部が高速鉄道の安全性をめぐって、地元紙に暴露する場面もあった。
元幹部は、劉志軍前鉄道相が高速鉄道で世界一のスピードにこだわり、安全性を無視し
て350キロに最高時速を設定したこと(前鉄道相の更迭後に300キロに引き下げ)や、専用
軌道路線の安全設計と土木工事が不十分で、地盤沈下による走行支障が起こりうることな
ど問題点を指摘していた。
事故後には汚職に揺れる鉄道省の巨大利権にメスが入った。鉄道省の張曙光前運輸局長
の場合、米国とスイスに28億ドル(約2200億円)を蓄財した疑いがもたれている。「高速
鉄道の第一人者」と呼ばれた張前運輸局長の懐に流れたカネは、本来はどこに使われるべ
きものだったのだろうか。
人災と天災の違いはあれど、公共工事と汚職、手抜き工事に隠蔽(いんぺい)疑惑とい
う「この国の人命軽視の構図」が透けてみえてこないだろうか。