多くの参列者のもと厳かに「第2回台湾出身戦歿者慰霊祭」を斎行

多くの参列者のもと厳かに「第2回台湾出身戦歿者慰霊祭」を斎行
李登輝前総統と蔡焜燦氏からメッセージ、林建良氏が靖国の意義について講演!

 去る12月3日、昨年に引き続き「台湾出身戦歿者慰霊祭」が李登輝学校日本校友会の主催
により靖国神社にて斎行され、昨年を上回る約100名の方々が参列した。

 慰霊祭に先立ち、靖国会館において今年5月に設立された李登輝学校日本校友会(片木裕
一理事長)の総会が開かれ、去る9月に行われた第5回台湾李登輝学校研修団(宇井肇団長)
の報告や新理事や顧問の選出・承認、会計報告などが行われた。

 午後2時半近く、参集殿に集合した参列者は昇殿して厳かに慰霊祭が執り行われた。玉串
奉奠は参列者を代表して、片木裕一・李登輝学校日本校友会理事長、小田村四郎・日本李
登輝友の会会長、宇都宮鐵彦・第4回台湾李登輝学校研修団団長の3氏。祭文は石川公弘・第
3回台湾李登輝学校研修団団長が奏上した。

 引き続き、3時から靖国会館において林建良・日本李登輝友の会常務理事による「台湾人
と靖国」と題した記念講演会と懇親会が行われた。会場の偕行の間には李登輝前総統と小田
村・日本李登輝友の会会長から贈られた生花が正面に据えられ、文字通り慰霊祭に花を添
える形となった。

 森悦子さん(2期生)による司会進行のもと、片木理事長による開会挨拶に続いて、小田
村・日本李登輝友の会会長が来賓を代表して挨拶、大東亜戦争における高砂義勇隊の活躍
と高砂義勇隊慰霊碑の撤去問題について触れられた。また、宇都宮・第4回研修団団長(李
登輝学校日本校友会顧問)は日台が運命共同体であり、多くの犠牲の上に今日の平和があ
ることを話し、この慰霊祭を恒久化するため「永代神楽祭」奉納のために浄財を募ってい
る旨を話された。

 また、昨年に引き続き李登輝前総統と、『台湾人と日本精神』の著者で「老台北」で知
られる蔡焜燦氏から懇篤なメッセージが寄せられ、それぞれ宮沢芳蔵・山梨李登輝友の会
相談役(4期生)と村上俊英・岐阜李登輝友の会設立準備委員(1期生)によって代読され
た。

 林建良氏による講演会は、短時間ながら台湾人と靖国の関係、日本と台湾の関係につい
て、台湾の統治時代やカイロ宣言など具体例をもって説く簡にして要を得た内容で、靖国
には「身を捨てて国を守る精神」があるから、中国が靖国を敵視すると剔抉し、「その靖
国には3万余の台湾人の英霊が祀られている。靖国神社は台湾人にとっても掛け替えのな
いものだ」と締めくくり参列者をうならせた。

 参列者の尾形美明氏(4期生)が講演要旨をまとめてお送りいただいたので、下記に紹介
したい。また、祭文を併せて掲載し、李登輝前総統と蔡焜燦氏からのメッセージは別途掲
載して紹介する。

 懇親会は金光俊典氏(1期生、千葉李登輝友の会事務局長)の司会により進められたが、
参列者のほとんどが参加した。閉館ぎりぎりまで話に花が咲き、永山英樹・李登輝学校日
本校友副会長による閉会挨拶と万歳三唱によって盛会裡に締めくくられ、来年の開催を誓
った。

 ちなみに、先に12月4日付のメールマガジン「台湾の声」でも、参加した宮本将英氏のレ
ポートを掲載しているのでご参照いただきたい。ただし、宮本レポートの文中「太平洋戦
争」とあるは米国側の呼び名であって、台湾出身戦歿者が戦ったかつての戦争の呼称は「
大東亜戦争」であり、本誌では日本の正式な呼称である「大東亜戦争」以外使用しないこ
とを念のため申し添えておきたい。                   (編集部)

■台湾出身戦歿者慰霊祭・浄財のお振込先
*永代神楽祭奉納のための募金です。いくらでも結構です。お志をお願いします。

・銀 行 名 三菱東京UFJ銀行
・口 座 名 李登輝学校日本校友会 理事長 片木裕一
      (りとうきがっこうにほんこうゆうかい りじちょう かたぎゆういち)
・口座番号 普通 1411201


【レポート】林建良氏記念講演「台湾人と靖国」

台湾李登輝学校研修団第4期生 尾形 美明

 昨12月3日、靖国神社におきまして第2回「台湾出身戦歿者慰霊祭」が行われました。主
催は「李登輝学校日本校友会」でしたが、「日本李登輝友の会」会長の小田村四郎氏など
も参加されました。慰霊祭の後、林建良・日本李登輝友の会常務理事の記念講演がありま
した。その要旨です

 台湾人が日本を愛する理由は、基本的には統治時代に未開であった台湾のインフラ整備
を殆ど全てやってくれたことです。しかし、戦後世代の台湾人が、そのことを何処まで知
っているかは疑問です。学校でも、親からも教わっていません。それどころか、蒋介石の
国民党政府は、教えることを禁止し、逆に反日教育を行いました。自分(林氏)の父親も
、戦後、塾を開き日本語を教えていたら、国民党の公安に調べられました。そのような雰
囲気の中では、日本の統治時代の業績など学びようもありませんでした。

 ですが、台湾人が日本人を尊敬する真の理由はインフラ整備だけではありません。それ
は日本人が示した、公に奉ずる精神です。未開の台湾で、大規模な灌漑、道路建設、教育
、衛生、農業振興、産業育成を行うには正義感と冒険心、その背景に勇気が必要でした。
そうした日本人の姿が、台湾人の日本人への敬愛心を育んだのです。

 先の戦争では、台湾での志願兵募集に対して、実に596倍の応募がありました。これは日
本への恩返しであり、決して強制ではありませんでした。

 しかし、戦中派世代がいなくなったら、台湾の対日感情に大きな変化が予想されます。
小田村四郎先生たちが訪台された折、陳水扁総統に面会しましたが、陳総統は小田村先生
の面前で小泉首相の靖国参拝を非難されたそうです。要するに、陳総統のような方でも靖
国神社をまったく理解していないということです。

 今年、靖国神社に参拝した台湾人が袋叩きに遭っています。帰国後、空港で卵を投げつ
けられ、新聞は一週間にわたって批判記事を連載しました。それに対して、擁護した戦後
世代は一人もいませんでした。これほど、台湾の戦後世代の日本理解は浅いのです。

 一方、日本の方も変わりました。

 公への奉仕など教えなくなりました。その代わり、セックスや「命を大切に」などとい
うことを教えています。セックスのことなど教えなくても覚えます。自分の命を大切にす
るのは当たり前です。お腹が空けば、教えなくても食べます。つまり、本能の問題です。
これに対して勇気や公共心、公に奉じる精神は教えなくては身に付かないものです。

 日本政府は台湾の独立や、自主憲法の制定には反対しています。戦前迄の日本人が持っ
ていた正義感や勇気を失っています。

 日本政府の台湾外交についていえば、72年の日中国交正常化までは、蒋介石の国民党と
の「国交」でした。72年以降は、「中国の一部」としています。

 台湾を中国の一部とした「カイロ宣言」は虚構です。ルーズベルト、チャーチル、蒋介
石が署名した“宣言”と言われますが、署名はしていません。単なるプレスリリースでし
かありません。しかも、“カイロ宣言”では、台湾は「日本が中国から盗み取った」と、
いう前提となっているが、これはまったくの誤りである。台湾は、下関条約で正式に「日
本の領土である」と中国政府が認めたものであり、断じて「盗み取った」ものではない。
しかし、「台湾は中国の一部」という中国の主張の根拠は、この“カイロ宣言”にありま
す。

 今、中国大陸には台湾に照準を合わせたミサイルが800基ある。台湾に潜入した中国人
は100万人もいる。その中には数万人のスパイもいます。

 私(林氏)は、日本にとっての台湾の地政学的な重要性を、ここで取り上げようとは思
いません。日本人は、台湾人の気持を理解して欲しい。台湾人は歴史的にも精神的にもま
ったく異なる中国の支配下に入る事は絶対に御免蒙りたいのです。台湾人は、日本人と同
じく公の精神を大切にする国家でありたいのだ。その台湾の独立を妨害しないでもらいた
いのです。

 日本人にわかって欲しい、「何故、中国が靖国を敵視するのか」を。その理由は、靖国
には「身を捨てて国を守る精神」があるからなのだ! その靖国には3万余の台湾人の英
霊が祀られている。台湾人にとっても掛け替えの無いものだ。
                                     以上


第二回台湾出身戦歿者慰霊祭 祭文

 ここ靖国神社に祀られる、先の大戦で散華された台湾出身ご英霊の御霊に対し、日本と
台湾の共栄を念願する参列者一同、慎んで感謝と報恩の誠を捧げます。

 顧みますれば、祖国日本が、その安定と自存自衛のために宣戦を布告し、台湾において
昭和十七年四月に、陸軍特別志願兵制度が実施されるや、千二十名の募集に対して志願者
四十二万五千九百六十一名、志願倍率実に四百十八倍、翌十八年には、千八名の募集に対
して六十万一千百四十七名が応募し、志願倍率は五百九十六倍にも達しました。昭和十九
年からは、海軍特別志願兵制度が実施され、こちらにも志願者が殺到しました。かくも熱
狂的な志願兵への応募は、世界戦史に類を見ないといわれています。

 そして、台湾からは軍人・八万四百四十三名、軍属・十二万六千七百五十名、計二十万
七千百九十三名が従軍されました。昭和十七年二月には、五百名の強者が選抜され、第一
次高砂義勇隊が、「高砂挺身報国隊」と名付けられて編成され、フィリピンの第二次バタ
ーン攻略に参戦し、降り注ぐ弾雨の中、次々と道を拓き、橋を架けられました。

 その敏捷性、優れた視聴覚、軍紀厳正を保持する姿勢は、正規軍を凌ぐものでした。密
林での活躍は独壇場で、衰弱した日本人戦友の食糧調達に大活躍されました。空腹のまま
、調達した食糧を戦友に持ち帰ろうとして、密林に事切れた義勇隊員もおられました。南
方各地より生還した多くの日本将兵が、「高砂兵のお蔭で生き延びられた」と語っていま
す。

 また、昭和十八年五月より翌春にかけ、八千四百余名の台湾少年工が、希望に燃えて神
奈川県の高座海軍工廠に入廠、戦闘機生産に従事しました。しかし戦争末期の空爆により
、派遣先の防空壕で、あるいは夜勤明けの帰途で、六十名が尊い犠牲になられました。

 かくして台湾出身で戦歿された方々は、三万三百四名の多きにのぼり、二百四十六万余
の御祭神と共に、ここ靖国神社に鎮まっておられます。一方、台湾においても、一九九〇
年十一月、日台有志が、台中の宝覚禅寺境内に「和平英魂観音亭」を建立、同時に李登輝
前総統の筆になる「霊安故郷慰霊碑」を建立して、台湾出身戦歿者をお祀りしています。

 ここ靖国神社に祀られる、戦歿された方々の勇戦無くして、私どもの生命はなく、戦後
世代の命もまた齎されなかったことは、厳然たる事実です。今日の平和は勿論、日本と台
湾の深い結びつきも、台湾出身のご英霊からの賜り物です。心から感謝の誠を捧げるとと
もに、そのご恩に報いる為、日本と台湾の共栄に、いっそう尽力することを、ここにお誓
い申し上げます。

 平成十八年十二月三日

                   台湾李登輝学校研修団第三回団長 石川 公弘
                        台湾出身戦歿者慰霊祭 参列者一同

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