2012.4.2 産経新聞より
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120401/chn12040111310000-n1.htm
加害者が“被害者”を装うのはミステリー小説の定番だが、国際社会でもエセ被害者が跋扈する。昨秋の中国共産党中央委員会機関紙・人民日報系ニュースサイトの人民網日本語版はまさに、日本に脅えたフリをする中国の「演技力」を余すところなく伝えていた。
政治的虚構の専守防衛
まず「武器輸出三原則」を緩和しようとしている、当時の日本政界の動きを紹介。緩和は軍需産業活性化や外国との最先端技術共有などのメリットがある−との防衛相発言を引用している。その上で、謎の「アナリスト」氏を登場させ「日本の狙いはこれだけではない」と言わせる。曰く−
《第二次世界大戦後、日本は『平和憲法』をやむなく受け容れ、軍事力や対外的軍事行動を厳しく規制された。その後、違反すれすれのきわどい手段で『軍事的正常化』を果たすことが、客観的に見て安全保障政策の目標となった。国連平和維持活動(PKO)など国際協力への近年来の参加により『専守防衛』政策は空洞化が進んでいると共同通信は指摘する》
PKO参加が「専守防衛空洞化」への一里塚だと警戒しているらしい。だが世界的に見て、専守防衛を自称する国の方が、むしろ奇観だ。
ロンドン支局長時代の2001年秋、米中枢同時テロに端を発したアフガニスタンでの対テロ戦争が勃発、戦況把握のために英国防省に通った。その際、日本の参戦可能性を逆質問されて「専守防衛」を説明することが何と難しかったことか。世界の陸空軍士官学校や海軍兵学校で「専守防衛」を教えているのは、日本の防衛大学校だけだろうから当然だった。
「専守防衛」は軍事用語ではない。軍事合理性に照らして有り得ない人為・政治的に捏造された虚構、防衛力整備を少しでも遅らせまいとした政府側が、55年体制における国会答弁の中で開発したウルトラCだった。新型兵器導入にあたり、左翼陣営に「周辺諸国の脅威になる」と糾弾された時「大丈夫でございます。わが国は専守防衛政策を堅持し…」などと弁明するといった具合に。そもそも「周辺諸国の脅威」にならぬ兵器など導入するべきではない。「周辺諸国の脅威」になって初めて抑止力に成り得るのだ。
矛盾の極み、PKO警戒
国会用語で止まるのなら、ここまで日本の防衛力、自衛隊の装備を縛ってこなかった。ところが1970年、中曽根康弘・防衛庁長官時代の「日本の防衛=防衛白書」に「わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする」とやってしまった。これがいつの間にか一人歩きし、批判を許さない、時に「国家防衛の基本方針」であるかのように、時に「国是」であるかのように君臨し続けてきた。
国土を焦土化しても、国民の生命と財産を戦争に巻き込んでも、日本列島に敵を引きつけ撃破?せんとする、大東亜戦争(1941〜45年)末期の「本土決戦」「一億総玉砕」に似た危険思想を、この国は選択しているのだから恐ろしい。
ところで、自衛隊のPKO参加が「専守防衛空洞化」につながるとは矛盾の極み。3月4日、第11期全国人民代表大会(全人代)第5回会議の記者会見で、メディアより「軍事費の大幅増加」を追及された李肇星・報道官は臆面もなく次の如く反論した。
「中国の軍事力と外交は全て平和維持のため。中国は世界平和に向け、全ての平和を愛する国・人民と共に多大な努力をしてきた」
具体的数字も挙げている。
「2011年6月までに、中国は2044人の平和維持部隊を派遣し、世界12の地域で平和活動に参加した」
中国自身、PKOについて平和目的だと認めているのだ。だのに、日本がPKOに参加すると「専守防衛政策が空洞化する」のだそうだ。
非核三原則も撤廃?
人民網の報道に戻る。報道では三原則自体に対しても、緩和されれば「日本は世界の艦艇市場の60%、軍用電子市場の40%、宇宙関連市場の25〜30%を支配する」と危惧。その根拠について、朝日新聞を登場させ「日本が軍事力整備に力を入れれば、地域に軍拡競争と摩擦の激化を引き起こす」と予測させている。
オイオイ「激化」を引き起こしているのは中国ではないか。中国は過去23年間、1989年を除き、2桁で軍事費を増やしている。「経済成長に比例し軍事費が増える」とオウム返しに反論するが、軍事費増加率はGDP(国内総生産)増加率の2倍以上であることはバレている。具体的には、公表額だけで日本とインド、韓国の軍事費合計額と同水準。NATO(北大西洋条約機構)の上位8カ国の軍事費合計額よりも多い。
実際には、その3倍の隠れ予算を関連分野に埋蔵しているはず。人件費が安く、資源を一カ所に集中できる一党独裁・共産主義国家の実態も考慮すると、その不気味さは激増する。
人民網は、結論をこう導く。
《世界の人々は武器輸出三原則撤廃後、核兵器の製造・保有・持ち込みを禁止した『非核三原則』も撤廃されないかと懸念している》
《どのような結果になるか、注視が必要だ》
「注視が必要」なのは中国の方だが、中国の警戒対象は「注視」に値する。中国が望まない安全保障政策はそのまま、わが国が中国に主権侵害されない体制の構築を意味するためだ。
そうだ。専守防衛を、空洞化などと遠慮せず葬り去り、返す刀で非核三原則も止めよう。
中国の御指南に深謝する。(九州総局長 野口裕之)