中日新聞の論説委員だった迫田勝敏氏が突如新聞社を辞して台湾へ行かれたのは、昨年
8月下旬だった。台湾の大学で日本語を教えていた知り合いが辞め、後任を託されたから
だった。あまりにも慌しくて送別会もままならなかった。
今年1月8日発行の本誌第440号で、迫田氏の台北からのレポート「2・28事件−歴史の改
竄(ざん)を許してはならない」を掲載している。中日新聞で唯一「愛台湾」の立場を貫
き通した志はいささかも変わっていない。台湾にいてさらに高まっているように拝察した。
迫田氏が春節(台湾のお正月)で久しぶりに帰国し、本会理事で学習院女子大学の久保
田信之教授が代表理事のアジア太平洋交流学会で講演される。
恐らく、迫田氏が中日新聞で最後に書かれた原稿は昨年8月23日付「私説・論説室」の「
靖国参拝と台湾人」だったのではないかと思う。高金素梅報道のミスリードをテーマに書
かれたが、新聞記者の原点について、迫田さんが最後に新聞社に遺した、否、叩きつけた
と言ってもいい気迫にあふれた原稿だ。併せてご紹介したい。
(メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)
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昨年から台湾の開削大学で教鞭を執っておられる迫田勝敏先生が春節の休暇で帰国され
ます。この機会に講師としてお招きし台湾の現状につきお話ししていただくことと致しま
した。
台湾は昨年、台北、高雄の両市長選挙が行われ、今年は、12月の立法院、更に来年3月
には総統選挙が予定され、ここ当分、政治の動向か注目されております。どうぞ皆様お誘
い合わせの上ご参加下さい。
アジア太平洋交流学会
日 時:平成19年2月17日(土)13:30から16:00まで
講 師:迫田勝敏先生(当学会理事)
演 題:「何処へ行く?台湾」
場 所:互助会館「なにわ」会議室
東京都新宿区市ケ谷加賀町2-5-5 TEL:03−3266−1900
交通:都営地下鉄大江戸線「牛込柳町駅」東口徒歩5分
参加費:会員1,000円、非会員2,000円
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靖国参拝と台湾人
【平成18年8月23日付 中日新聞「私説・論説室」】
「イヌ(犬)が人に噛(か)みついてもニュースじゃない。人が犬に噛みついたら、こ
れはニュースだよ」。新聞記者になりたてのころ誰もが聞く話だ。小泉純一郎首相の靖国
神社参拝反対のデモ騒ぎでこの話を思い出した。
デモの中には遺族と称する台湾人もいた。一人は親族が戦死した先住民遺族。もう一人
は外省人(戦後、中国から台湾に渡った中国人)と先住民を父母にもつ元女優の立法委員
(国会議員)で、遺族ではないが、先住民の民族衣装なので格好の被写体になっていた。
テレビ画面には彼女の姿が大写しになり、ニュースは「台湾人の遺族も分祀(ぶんし)
を求め、参拝反対を叫んでいる」と伝えていた。中国、韓国、そして台湾も反対! そう
誤解してしまう。
だが、この二人は「犬に噛みつく人」だ。日本の植民地だった台湾では多くの台湾人が
戦地に赴いた。時代の風潮に逆らえず出征した人も少しはいただろうが、多くは名誉と思
い、光栄と感じていたと現地で聞いた。その結果、数万人が命を落とし、靖国神社には李
登輝前総統の実兄を含む約二万八千柱が祀(まつ)られている。
靖国神社にはその遺族や戦友たちが参拝に訪れており、毎年八月十五日にわざわざ台湾
から訪日し、参拝を続けるグループもある。台湾で犬に噛みつくのはたった二人。立法委
員は台湾国内での票目当てのパフォーマンスだ。それなのに「台湾人の遺族も反対」とは
大きなミスリードだ。
犬に噛みつく人を追うのがマスコミの宿命ではあるが、ミスリードはマスコミ不信を拡
大する。絶えず真実に近づく努力が必要だ。自戒したい。
(迫田勝敏)