日本の国民性は「熱しやすく冷めやすい」とも言われるが、台湾のほうがもっと熱しや
すく冷めやすいのかもしれない。今年3月9日の反核デモは20万人を超す規模になったが、
それから僅か2ヵ月後の「5・19反核遊行(デモ)」は1万人。参加者3000人と書いた新聞も
あった。もはや台湾人は反核を断念したのだろうか…。
◆日本軍上陸地点に建つ原発
反核世論に押されていた台湾電力が、最近、攻勢に出ているのかもしれない。外国使節
団を新北市貢寮区の第四原子力発電所(通称、核四)に招き、説明会を開いた。数度延期
になった外国プレスの視察ツアーも実施した。そのツアーに加わって核四をみると、すで
に工事は95%前後完成していた。
現場は丘陵の麓。高台からみると、高い煙突を挟んで2つのコンクリートで固められた大
きな建屋が並ぶ。これが正式には龍門原子力発電所と呼ぶ核四の1号炉と2号炉だ。その向
こうに海。左手に突き出す岬はスペイン人が「サンティエゴ」と名付け、それを台湾語で
表記した「三貂角」で、台湾の東北角。正しくは三貂角の向こうが太平洋で、目の前は東
シナ海。実は日清戦争に勝利した日本軍はこの辺から上陸した。
建屋は10階建てのビルほどの高さ。内部の大きなドーム型の構造物には出力135万キロワ
ットの改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)が装着されている。隣の大きな装置には水。使
用済み燃料棒の冷却装置で、ここが高レベル廃棄物の貯蔵所だ。核四では核廃棄物は40年
間、原発施設内で貯蔵するという。
◆七割の台湾人が反対だが…
核四が問題になったのは何も最近の話ではない。計画から30年、着工からでも10年以上
になる。核四の建設がここまで遅れたのは、説明不足も手伝って住民の反対運動を招いた
こと、相次ぐ設計の変更や、火災を含む事故、そして政府による建設中止決定やその取り
消しといった政治の迷走…様々な原因がある。
だが、「フクシマ」以後の反対運動はこれまでとは格段の差だ。周辺の住民だけでな
く、それこそ全台湾人の原発事故への恐怖感がある。10メートルの津波など想定外のこと
が現実に起きることを知った。半径10キロ、20キロの区域が立ち入り禁止になったのであ
る。基隆は核四から20キロ、30キロだと台北の一部も入る。核四でフクシマ級の事故が起
きれば、北台湾は機能マヒに陥る。
しかも一帯は地震多発地域。三貂角の沖合い10キロに浮かぶ亀山島は火山島で今も海底
から温泉が湧き出ている。田秋菫立法委員によれば、その沖合い100キロぐらいの間に海底
火山が今もいくつか活動中という調査結果もある。そんな危険なところになぜ? と世論
調査では核四建設中止に賛成が7割を超え、20万人デモになった。以後、毎週金曜日午後6
時から中正紀念堂の自由広場で反対運動することも決めた。
◆世論調査の数字は信じるな
だが、最近の金曜日夜の自由広場は閑散としている。立法院前テントの集会も議論は熱
心だが、参加者は20人に満たない。そして民進党のトップ5人がそろった5月19日は馬英九
総統就任5周年記念の前日で馬批判も込めたデモだったが、3月の10分の1にもならなかった。
なぜか。国民性もあろうが、あるいは江宜樺行政院長が住民投票での決着方針を打ち出
したことも原因しているかもしれない。最近の低調な反核集会は住民投票すれば7割が反対
なのだから、当然、建設中止だと考えているのだとしたら、これは危ないという声もある。
住民投票は住民の半数以上が参加し、半数以上の賛成で成立するが、これまで様々な問
題で実施した全台湾レベルの住民投票は成立したことがない。設問の仕方や地域に根を張
る国民党の組織の棄権誘導などのためという。成立しなければ、核四建設は続行。行政院
長が住民投票を提起したのは実はそれが狙いだというのである。世論調査の数字は信じて
はいけないのである。
◆核四完成後ガス発電所に?
それにしてもこれだけ反対の声があるのになぜ、馬英九政権が核四建設にこだわるの
か。「それは核四が政治家たちの提款機(ATM)になっているから」という解説があ
る。核四の工事費は追加に追加を重ね、さらにあと400億元前後の追加が必要という。その
一部が関係政治家たちに流れているというのだ。
逆に言えば、関係者にとっては核四はATMのようなもの。振り込み先が決まっている
から、建設中止はできない。だから馬総統は完成させ、いずれは原発ではなく、天然ガス
の発電所に転換するのだとも。政治家の発想に凡人はついていけない。
(ジャーナリスト・迫田勝敏)