台湾・ASEANから見た「南シナ海」裁決

台湾・ASEANから見た「南シナ海」裁決
台湾・ASEANから見た「南シナ海」裁決

日本李登輝友の会メルマガ「日台共栄」より転載

中国が「核心的利益」とする南シナ海において、着々と造ってきたスプラトリー諸島(南沙諸
島)の「島」の領有権を巡って、フィリピンが中国を相手にオランダ・ハーグの仲裁裁判所に訴え
た案件で、仲裁裁判所は7月12日、国連海洋法条約上の「島」と認めない判決を下し、中国の全面
敗訴となった。

 中国は「判決は法的拘束力を持たない」などと猛反発する一方で「両岸の中国人は、中華民族の
先祖の所有地を共に守る責任と義務がある」などと台湾へ秋波を送っているものの、この仲裁判決
は当事国に法的拘束力を持つという。

 勝訴したフィリピンは「歴史的な裁決」とし、南シナ海問題に関係する沿岸国のベトナムは「平
和的な手段で解決されることを強く支持する」と表明、米国も日本も「平和的解決という共通目標
に大きく貢献するもの」と評価し、当事国は判決に従う立場にあると表明している。

 ただし、「日本政府内には、台湾が実効支配する太平島など一部を島と認めるとの予測もあった
だけに、外務省幹部は『かなり踏み込んだ判決だ』と驚きの表情を見せた」(時事通信)と報じら
れ、中国と韓国が「岩」だと異論を唱えている沖ノ鳥島に影響しかねないと懸念しているという。

 また、判決の影響は太平島を実効支配する台湾に及び、蔡英文政権は南シナ海でパトロールを行
うため、海軍のフリゲート艦を1日前倒しして出発させている。

 ジャーナリストで元朝日新聞台北支局長の野嶋剛氏は、仲裁裁判所の判決について「大局的には
中国封じ込めに大きな意義を持つことは言うまでもない」という前提の下、中国、台湾、日本の反
応とともに、今後に残された問題点を指摘している。

 ちなみに本会は、本年度の「政策提言」として、中国の南シナ海へのこれ以上の覇権的拡張を喰
い止めるべく、日米台や沿岸国による共同パトロール(合同哨戒)の実施を提案している。

◆2016政策提言「中国の覇権的な拡張に対し南シナ海の合同哨戒を直ちに実施せよ」
 http://www.ritouki.jp/index.php/info/20160404/

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台湾・ASEANから見た「南シナ海」裁決 – 野嶋剛
【新潮社フォーサイト:2016年7月13日】

 国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所が7月12日、フィリピンが中国を相手に
訴えた案件について、中国が南シナ海の島々に対する領有権を主張する根拠としてきた「9段線」
は、国際法上の根拠がないと認定した。南シナ海で領有権紛争が起きている南沙諸島(スプラト
リー諸島)の島々についても、「島」ではなく「岩」、あるいは「低潮高地(暗礁)」として、領
海あるいは排他的経済水域(EEZ)を形成できないとの考えを示した。内容からすれば、中国の全
面敗訴という形となり、予想以上に中国にとって厳しい結果となった。

◆「常識」を無視する中国

 中国がこの裁決を無視する態度に出ることは、事前の「宣伝」が効いていて国際社会でも織り込
み済みの感があるが、今後、中国はすでに実効支配している島々に対して、より大きな軍事的プレ
ゼンスの誇示や、漁港・観光面での人や物資の送り込みなど、さらなる実効支配の強化をアピール
する行動を起こすだろう。中国内では一部識者から南シナ海での防空識別圏の設定も取りざたされ
ている。

 その意味で、短期的にこの海域での緊張は高まるかもしれないが、国際社会における中国の立場
は当然苦しいものとなる。特にASEAN(東南アジア諸国連合)内の国々との関係において、中国と
この問題をめぐって対立していたフィリピンやベトナムは別として、その他おおむね中立的か距離
を置く態度を取っていたシンガポール、タイ、インドネシアあたりの国が、この裁決をきっかけに
中国に厳しい立場を取る可能性がある。なぜなら、最低限の国際規範の遵守という点が、それぞれ
異なる利害を抱えながら結束してきたASEANの「つなぎ目」になっているからだ。

 今回の仲裁裁判所とは違う国際司法裁判所の案件ではあるが、かつてシンガポールとマレーシア
が領有権争いを行ってきたマラッカ海峡のペドラ・ブランカ島について、2008年の判決でシンガ
ポールの勝利となり、両国ともその判決に全面的に従ったケースがあった。国際規範の遵守という
「常識」を一切無視するかのような中国の態度は、対ASEAN関係で中長期的に不利な影響を及ぼす
ことは免れない。要するに、中国は信頼できるパートナーではないと見なされるのである。

◆台湾の戦略

 一方、この裁決は、半ば当事者とも言える台湾に大きなショックを与えた。以前から筆者が
フォーサイトで指摘してきたように、中国が主張する「9段線」のオリジナルは、いまの台湾の政
治体制である中華民国が、第2次世界大戦後の1945年から大陸を喪失する1949年までの間に、現地
への軍艦の派遣、実効支配化、国際社会への領有の説明などを通してその法的論拠を固めた「11段
線」である(2015年6月4日「『南沙諸島』の領有権を中国が主張する理由」など参照)。中国はそ
の中華民国の継承政権として、その主張を引き継いでいるに過ぎない。現在の台湾でも11段線の主
張は捨てておらず、南シナ海では、南沙諸島最大の太平島や東沙諸島を実効支配下に置いている。

 今回の裁決に対し、台湾側も「口頭弁論にも呼ばれていない我々に対して法的拘束力はなく、ま
た、絶対に受け入れられない」と強く反発し、すでに13日、台湾海軍のフリゲート艦を太平島近海
に派遣した。実際のところ、台湾の蔡英文政権の内部では「9段線」の否定までは事前に想定して
おり、台湾は国連加盟国ではないので国連海洋法条約を批准もしていないが、ハーグの仲裁裁判所
が指摘するように、現代の国連海洋法条約の世界秩序においては「9段線」の主張は説得力を持た
ないという現実認識はあった。そのため、判決で否定された場合は、将来の「11段線」に固執した
馬英九前政権の路線修正を視野に入れて台湾内の合意形成を図ることも議論していた。そこでは
「9段線」の否定は領有権の否定にまではつながらないというロジックを取り、国際社会との協調
を目指しつつ、実効支配下に置く太平島などの現状維持は譲らない、という戦略を目指すことが検
討されていたようだ。

 しかし、今回の裁決では、当事国であるフィリピンと中国が争っているスカボロー礁やジョンソ
ン礁などについてだけでなく、太平島まで「島」ではなく「岩」だとされてしまった。これに対し
ては、台湾側にも妥協の余地はなく、裁決そのものを否定する方向で反発を示すしかなくなった形
である。

◆日本の沖ノ鳥島は……

 今回の裁決が、大局的には中国封じ込めに大きな意義を持つことは言うまでもない。ただ一方
で、「米国、日本、台湾、フィリピン、ベトナム」という第1列島線の関係国であり、かつ、東シ
ナ海・南シナ海の領土・領海問題で中国と対立・利害関係を抱える国々の共同戦線から台湾が抜け
落ち、中国と結びつく理論的余地を残すことになったことは、今後注目すべきポイントになるだろ
う。

 また、筆者は判決文原文を詳細に読んでいないので「島」否定の論拠を十分に検討できたとは言
えないが、常識的に考えても、日本の占領時代から長く軍事施設が置かれ、人間が生活し、植物も
それなりに広がり、わき水もある太平島が「島」でなく「岩」であるならば、日本の沖ノ鳥島はど
う考えても島ではない、という自然の論理的帰結が導かれる。少なくとも、「中国は今回の裁決に
従うべきだ」と語った日本政府の言質を取って、「ならば日本の沖ノ鳥島はどうなのか」と突っ込
んでくるだろう。蔡英文政権になって緊張状態が一時的に収束した沖ノ鳥島問題において、いった
んは軟化した台湾の態度が今後再び硬化することも十分に予想される。(野嶋 剛)

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