【馮寄台大使に反論】日本は台湾を中華民国に返還していない

【馮寄台大使に反論】日本は台湾を中華民国に返還していない
【馮寄台大使に反論】日本は台湾を中華民国に返還していない

        永山英樹

国民党の馮寄台・台湾大使の政治宣伝に反論する
―台湾の地位は未確定にして中国領土ではない!

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日本は台湾を中華民国に返還していない!
中国の膨張から台湾と日本を守れ!

台湾の馮寄台駐日代表に発言撤回要求を!

抗議先:台北駐日経済文化代表処 広報部

e-mail: information@roc-taiwan.org
電話: 03(3280)7840〜8 、7916  
FAX: 03(3280)7926

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以下は自由時報で掲載された投書

http://www.libertytimes.com.tw/2010/new/jan/11/today-o6.htm

ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1015.html

■日本が台湾返還?−台湾の駐日代表の講演に問題あり

台湾の駐日大使に当たる台北駐日経済文化代表処の馮寄台代表(国民党)は昨年
十二月三日、帝国ホテルでのアジア調査会講演会で「台湾・日本関係−この1年
−」と題する講演を行った。

「日本通の外交官だった父のこと、子ども時代を過ごした日本の思い出からはじ
まって、日本・台湾の長い良好な関係、中国・台湾の微妙な両岸関係や台湾新政
権の国際認識、今後の日台関係の見通しにいたるまで、絶妙な話術で語っ」たと
言うその講演録を、毎日新聞が一月七日に配信している。

【参考】アジア調査会講演会:馮寄台氏「台湾・日本関係−この1年−」
http://mainichi.jp/select/world/aarc/news/20100107org00m030005000c.html

それによれば同代表は、「投降」とも言うべき危うい対中宥和政策を正当化する
説明に相当力を入れているのだが、ここで問題にしたいのは、そうした台中接近
の基礎にある「一つの中国」(台湾はチャイナの領土)なるコンセンサスの根拠
に言及していたことだ。

それは講演録の以下の部分である。

―――1895年、日清戦争で清朝が負け、下関条約で日本は台湾を領有し、以
後50年の植民地統治を始めました。そして、1911年、中国の革命家孫文が
清朝を打倒し、アジアで初めての共和国、中華民国を樹立しました。1945年
、第2次世界大戦が終わり、台湾は中華民国に返還されました。

つまり台湾は日本によって時の中国政権である中華民国(国民党政権)に「返還
」され、台湾は「中国の一部」になり、今日に至るまでこの島は中華民国(チャ
イナ政権)の領土だと言っているのだ。

一方、一九四九年に成立した中華人民共和国は、中華民国は滅亡したとの立場か
ら、日本の「返還」によって「チャイナ領土」となった台湾の領有権を継承した
と主張している。

■台湾を売る気かー「返還」条約の正本を指し示すべき

かくしてこの島の領有権を巡る両政権の鋭い対立が始まったわけだが、今や劣勢
に立って戦意を喪失した中華民国側は、中華人民共和国の「一つの中国」の原則
による「平和統一」の呼びかけに応じる形で、対中宥和政策に転じているわけだ

「投降」とはこう言う意味である。しかし馬英九総統や馮寄台氏は在台中国人だ
からいいとしても、台湾人にとってこの動きは、中国への祖国売却以外の何物で
もないのである。

これはまた、台湾を安全保障上の要とする日本にとっても、国家の存亡に関わる
重大事である。

だが実は、「一つの中国」の原則とは虚構に基づく歴史捏造以外に何物でもない
。なぜなら日本は台湾を中華民国に「返還」などしていないからだ。

たしかに四五年に台湾は中華民国の軍隊によって接収されはした。しかしそれは
連合軍総司令部の命令による進駐に過ぎなかった。その際中華民国は台湾の領有
を宣言したが、それは終戦直後のドサクサに紛れた不法行為に他ならなかった。

事実、その時もその時以降も、日本との間で台湾割譲(返還)に関する条約など
一切締結していない。もし条約があったと言うのなら、馮寄台氏はその正本を指
し示すべきである。

■五二年まで台湾は日本の領土―中国に領有権はない

そもそも台湾は五二年、日本と連合国との間で結ばれたサンフランシスコ講和条
約が発効するまで、日本の領土だった。同条約の第二条にはこうある。

「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄す
る」

つまり日本は台湾に関する主権を放棄した。放棄すると言うことは連合国(二つ
の中国政権は含まず)も、この時点ではまだ台湾が日本の領土だと認めていたか
らだ。そして台湾の新たな帰属先については確定されなかった。つまり将来にお
いて国際法上の「住民自決」の原則に基づき、台湾人自らによって決定すされる
べきものと看做されたのだ。

すでに内戦に敗れて台湾で臨時首都を置いていた中華民国政府も、この法的事実
を認めざるを得なかった。だからやはり五二年に調印、発効した「日本と中華民
国の間の平和条約」(日華平和条約)の第二条にはこうあった。

「日本国は、千九百五十一年九月八日にアメリカ合衆国のサン・フランシスコ市
で署名された日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)第二条に基き、
台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び
請求権を放棄したことが承認される」

これは中華民国が、日本が五二年まで台湾を領有していた事実を認めるものだ。
そして中華民国に台湾領有権がないことを認めるものだ。

■台湾人も日本人も知らされていない「台湾地位未定」の真実

だが中華民国はその後、この事実を内外には口が割けても言わなかった。なぜな
らそれが明らかになったら台湾支配が不法なものであることが暴露されるからだ
。そこで「返還」を事実とする宣伝が行われた。そのため台湾人の多くは今でも
それを鵜呑みにしている。

そして今でも鵜呑みにしたのは日本人も同様だ。占領期間中の外務省の文書には
「返還」の文字が見えるのは、敗戦国として宣伝に従わざるを得なかったからだ
ろう。

占領終結後も政府は、当初は中華民国政府への配慮で、その後は中華人民共和国
への配慮で、「返還」を否定していない。今でも「返還」と記述する教科書が文
部科学省の検定を通過している。

しかし近年になってようやく「台湾の地位未確定」の事実が日本や台湾で語られ
るようになった。そこで中華民国の馬英九総統はそれを打ち消すために昨年四月
、何を血迷ったのか「日華平和条約によって日本は台湾を返還した」などと公言
した。しかし同条約のどこを探しても、そうした規定はないのである。さらにそ
れが発効した時点で台湾は、すでに日本の手中になかった。日本が自国領でない
島を、どうして「返還」できようか。

法学博士である馬英九氏は嘘つきなのか、それとも博士号が嘘なのか。

そこで日本の駐台大使に当たる交流協会の斎藤正樹代表は事実を言わなければな
らなかったようだ。かくして五月、台湾での講演で「台湾の地位は未確定だ」と
発言したのだが、馬英九政権はこれで理性を失った。

■真実発言で日本の駐日代表が辞任−日本政府は庇わず

かくして同代表を批判し、会見のボイコットを続けた。「南京大虐殺」論争でも
しばしば見られるが、嘘がばれた際に中国人が見せる典型的な過剰反応である。

このため日台関係はこれまでにない危機に見舞われたと言われ、多くの台湾人を
憂慮させた。

中華人民共和国政府も日本大使を呼び出し、斉藤発言を強く非難した。

このように中国にはこの発言はとてつもない脅威なのだろう。何しろ台湾併呑を
正当化する「一つの中国」の宣伝を根底から覆すほどの威力がある。

だからであろう、日本側は政府もメディアも齋藤氏のこの発言を「失言」として
捉え、同氏を庇わず、突き放した。同氏は十二月に辞任した。これは日本もまた
、「一つの中国」の虚構を承認したに等しい。

しかし繰り返すが虚構は虚構だ。日本は台湾を「チャイナ」に返還などしておら
ず、台湾の帰属先は未確定のままである。そして台湾の主権は台湾人民のみに帰
属すると言う他にない。

■「台湾地位未定論」は危機の時代での対中国「武器」だ

国際社会における戦後の歴史捏造宣伝の大なるものに中国人の「南京大虐殺」が
あるが、規模としては「台湾返還」の方が遥かに上回っている。

馮寄台代表が日本国民の前で、「返還」の宣伝を行ったのは遺憾である。中華民
国政府は齋藤代表をボイコットして辱めたのだから、本来なら馮寄台代表も日本
側から、この「失言」に関して制裁を受けるべきである。

齋藤代表の辞任後、「和中・友日」なる政策方針を打ち出し、馬英九政権は新た
な日台関係の構築をアピールした。その際民主党政権との新たな交流の拡大もア
ピールしている。つまり中国を頂点とする日台中の二等辺三角形の関係の形成を
訴えたのだろう。

このように中国の影響力が着々と日台の上に及びつつある中、その中国のアキレ
ス腱を衝く真実の武器として「台湾の地位未定論」の有効性が高まっているのだ

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