【論説】馬政権の人気急落

【論説】馬政権の人気急落
【論説】馬政権の人気急落

     時局心話会代表 山本善心

 
8月8日、台湾中南部を襲った台風8号は、豪雨で大きな被害をもたらし
た。特に中南部5県(高雄、台南、屏東、嘉義、南投)はその後も断続的に
大雨が続き、600人以上の犠牲者を出している。1959年8月の大水害
(死者667人)に匹敵する災害規模にもかかわらず、政府からは救助命令
が下されず被害が拡大した。

 高雄県内では約3200人の被災者が救援を待ち、救助隊が来るまで1週
間を要した。初動体制の遅延で被害状況が悪循環におちいる様子は逐一メ
ディアで取り上げられたが、馬総統は動かず、メッセージすらなかった。

 14日になってやっと救援ヘリ640台、軍隊2000人が動員され、被災者
2500人が救助された。しかし馬英九総統や劉兆玄行政院長らのリーダー
シップの欠如、危機管理能力の不足で多数の犠牲者が出たとみられる。自
由時報によると、馬総統は「大雨のせいで救助命令を出せなかった」という
が、実際は何の対策も立てず、南部の民衆は見殺しにされたというわけだ。

台風対応と危機管理の遅れ

「なぜ救助作業が遅れたのか」という被災地からの批判の声は止まらない。
12日には馬総統が現地を視察したものの、その時点でヘリは出動していな
かった。それまでの3日間、馬総統の行方が分からず連絡できなかったとい
うが、政府関係者の職務怠慢は驚くべき事態である。

 弊会の情報誌「時局コメンタリー」8月25日号で、林建良氏(「台湾の声」
編集長)は次のように報告している。馬総統は現地で「会いたいと言うからきて
やった」と言い、父親が犠牲になったと訴える遺族に「自分の父親も4年前に
亡くなっている」と言い返した。生き埋めになった犠牲者には「疎開しないか
らだ」と言い放つなど、国民を馬鹿にしている。

 台湾マスコミの世論調査では80%が「馬総統は辞任すべきだ」と回答。
地元テレビ局であるTVBSの調査で(8月19日発表)、支持率は従来の50
%台から10%前半に大幅急落。インターネット上の世論調査でも80%が
「馬総統は辞任すべきだ」との結果が出た。

リーダーシップの欠如

 台湾では、馬総統の政権担当能力に不信の輪が広がりつつある。国家の
リーダーが現場の生き埋め地獄を何日も放置したのは、致命的な責任放
棄だ。ましてやインタビューで「気象局の責任」と言うようでは、総統としての
基本的な資格が問われよう。

 99年9月、台湾中部で起こった大地震は2415人の死者を出した。当時
の李登輝総統は、地震発生と同時に「緊急命令」を発令した。このときの李
氏のリーダーシップのすごさを鮮明に記憶している。今回の地震を契機に、
李氏の政治能力と行政手腕が改めて見直され、李登輝ブームが再来してい
る。

 筆者は、馬総統はまじめで性格の良い人物だとの印象を持っている。若
い頃から親を尊敬し、その意見を忠実に守ってきた。前総統の陳水扁氏は
李氏に敵対して自滅したが、馬総統は李氏の経験や知恵に学ぶ姿勢を持
っている。その違いは大きい。

中国の先経後政

 李氏は、馬総統の中国寄り政策に懸念を示している。27日の「群策会」
主催で行われた講演で「中国とは将来の不確定性を充分考慮してつきあう
よう求める」「中国が政治目的で提供する台湾への経済優遇策に依存すれ
ば、台湾は長期的に経済競争力を喪失する」と警告した。

 馬政権は就任1周年を迎え、中国との100項目の経済開放を拡大する
方針を打ち出した。また対中経済一体化のECFA(経済協力枠組協議)の
締結を行うと公言した。こういった片寄り政策に対し、中国を除く周辺諸国
からも懸念の声が出ている。

 中国はこれまで「武力を行使して台湾を統一する」と世界に喧伝してきた
が、これは非現実的に他ならない。そこで微笑外交と融和政策による経済
侵略に方向転換した。「先経後政」(先に経済、後に政治を議論する)による
台湾統一シナリオが、着々と進行したかに映るのが現状だ。

中台関係は相互利益

 中国との経済協力に重点を置く馬総統は「陳前総統時代に悪化した中台
間の緊張を大幅に緩和した」と自賛している。また中国との密接な経済交
流を通じ、相互繁栄の基盤と恒久的な平和関係に合意したいと考えている。
台湾は中華民国であり、台湾人民の80%が独立志向であれば統一は難し
い、と認識せざるを得まい。

 馬総統は事あるごとに「中国は統一よりも独立の阻止を重要視している」
「大陸の武力侵攻はあり得ない」と明言している。また「台湾は今こそ中国
経済との一体化体制を構築すべきであり、フリー・フェア・オープンによる相
互繁栄は台湾のためになる」との思いこみが激しい。とはいうものの馬総統
は、中国との経済関係に埋没したかに見えても、何かのきっかけで急に変
わることがある。

 中台の緊密な協力関係は、中国による台湾企業の技術や経営ノウハウ
の吸収を容易にするものだ。さらに通信や港湾、空港などの開放は、安全
保障問題にも波及しよう。馬総統の警戒感なき対中政策や理念の欠如は、
中国の内政問題や経済など不確定性の高い事態に巻き込まれる懸念があ
る。

馬総統は対日米政策の堅持を

 先述の通り、李登輝氏は馬政権発足以来、こうした現状に警鐘を鳴らして
いる。中国との平和的関係には努力すべきであるが、台湾を守るべき最低
の軍事力と防諜工作を怠ってはならない、と馬氏に警告した。

 李氏は「何もかもがむしゃらに開放するのではなく、台湾の現状と未来を
考え時間をかけて慎重に対処すべきだ」と言っている。また中国一辺倒か
ら日米関係への見直しを急ぐべきだ、と忠告している。中国の本音は統一
であるが、その前に台湾の独立を警戒している。今のところ米中にとって、
台湾の現状維持が望ましい。

 李氏は9月4日に日本青年会議所の招きで日本を訪れ、5日には日比谷
公会堂で講演を行うが、日程調整や警護等の担当は台北駐日代表処にな
っている。この訪日は、馬総統の対日政策変更を示す動きの一つと見てよ
い。

夢も希望もない台湾民進党

 馬政権の災害対策、中国寄り政策に対する台湾国民の警戒は解けてい
ない。本来ならそれに代わるチャンスが民進党に巡ってきたはずであった。
しかし民進党はチャンスをつかむどころか泥沼にはまり込み、内部抗争に
明け暮れている。今でも数名の陳氏支持者が、独立派を引っかき回す有様
だ。

 先述の通り、台湾の80%以上が独立志向だ。民進党が上昇気流に乗る
には、党を育て引っ張っていくリーダーの登場が必要である。民進党主席・
蔡英文氏は官僚的で学者肌であり、リーダーとして不適切だ。立法院のみ
ならず地方選挙でも国民党に勝てない民進党の退廃と腐敗に、国民の閉
塞感は限界に達している。

 台湾独立派が危急存亡の事態を迎えているのに、民進党はそこから脱
皮する戦略も戦術もない。彼らが口先ばかりで現実的・具体的な実行能力
に欠けるのは、日本の保守派に似ているという。「評論家は口先で何を言
おうが責任がないが、政治は実行力しかない」と台湾の友人は言い切った。

台湾は変わる

 中国経済はバブル崩壊前の不安に脅えている。昨年秋から総額4兆円(約
55兆円)の経済対策を打ち出し、株価や不動産価格の上昇による「資産バ
ブル」がピークにあるが、今後はバブル崩壊への警戒感が強まる一方だ。
中国の景気回復一番乗りがここしばらくささやかれているが、一転して最悪
期は目前だ。馬政権は、中国というリスクの渦に自ら飛び込んでいまいか。

 一方中国は、「空母建設」や「米国に核を打ち込む」などと脅して軍事オプ
ション(選択)外交を展開している。北の核開発と同じで、軍事を外交に持ち
込み脅しに使っている。かつて中国はベトナム侵略にも手こずって撤退した
が、台湾は世界有数の軍事大国だ。「実際兵器の質や兵士の能力は中国
より高く、そのうえ米軍が介入すれば、台湾統一は夢のまた夢だ」が大方の
軍事専門筋の意見である。

 先にも述べたように、馬総統は性格の良いまじめな人間だ。本人は台湾
によかれと思って対中経済に奔走したが、中国は不確実な相手である。台
風8号が馬氏にとって反省のきっかけとなればよい。馬人気の急落は、政
治の基本である国民の生命と財産を守る姿勢すら見せなかったことにある。
今回のことで一度失った信用を台湾住民から取り戻すのは容易ではない。
しかし、馬政権が恐るべき無責任さを露呈したという意味で、今回の台風は
神風になるとの見方もある。

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