【産経・鼓動】台湾、日本統治時代の百貨店「復活」

【産経・鼓動】台湾、日本統治時代の百貨店「復活」
【産経・鼓動】台湾、日本統治時代の百貨店「復活」…台南市、建造物で古都文化発信

2013.12.15 産経新聞

 台湾の古都・台南市が日本統治時代の建造物を修復し、積極的に活用しようとしている。市中心街で朽ちかけていた往年の有名デパート「ハヤシ百貨店」(台湾では「林百貨」)は、地元業者が店名を継承して来春に再開業することが決まっており、修復を終えたビルで5日、81年前の開業日を祝って社旗掲揚式を開催。屋上に「丸に林」の複製旗が翻った。台南市文化局の葉沢山局長(47)は「歴史上の遺産をいかし、京都のように文化を発信できる古都にしたい」と意気込んでいる。(台南 吉村剛史、写真も)

 「本当に懐かしい。当時はエレベーターのある5階建て(一部6階建て)ビルなんて珍しかった。夜は屋上から台湾海峡を往来する船の灯火も見えたんだ」

 元店員代表として社旗掲揚式に招かれた地元在住の石允忠さん(88)は、往時を振り返った。石さんは1940年に15歳で店員となり、44年に軍属となるまで勤務した。

 ハヤシ百貨店は32年12月5日、山口県出身の実業家、林方一(1883〜1932年)が開業。林は開業直後に死去したが、ハヤシ百貨店は日本統治時代、台北の「菊元」、高雄の「吉井」と並ぶ3大百貨店の1つとされた。

 建物は石川県出身の建築技師、梅沢捨次郎(1890〜没年不詳)の設計。モダンな外観は台南銀座と呼ばれた市の中心部・末広町の象徴として愛され、戦後は製塩公社や軍、警察の施設に流用された後、80年代から放置されていた。

 「都市の記憶を大切に受け継ぎたい」という葉局長によると、菊元と吉井は戦後解体されたため、林百貨は台湾に現存する最古の洋式百貨店建築。

 台南市は98年に市指定史跡とし、2010年から修復に着手。今年、修復を完了させ、創業者の子孫から店名継承の許可も得て営業を委託する業者を募集する一方で、夏には内部の一般公開も行った。

 戦後初めて社旗が翻った屋上には、当時の稲荷(いなり)神社跡や、第二次大戦末期、米軍機の機銃弾によって損壊した部分も歴史の一部として残されていた。

 石さんは「勤務時間は午前9時から午後9時。日米開戦後は灯火管制で午後7時までとなったが、それでも庶民にはハレの日の特別な場所だった」という。

高級料亭も修復完了

 一方、林百貨の近くでは、やはり日本時代の高級料亭「鶯(うぐいす)」(台湾では「鶯料理」)も修復が終わり、広場として12月25日から一般開放されるのに向けて、庭園部分の整備などが進められている。

 鶯は1923年、神戸市出身の実業家、天野久吉(1877〜1936年)が開業し、近くの台南州庁など地元官公庁や経済界が接待などで利用してきた。

 現存する遺構は往時の3分の1程度。戦後は官舎に流用されるなどし、一時は市指定史跡となったものの台風被害などで荒れ、史跡指定も取り消された。だが、台南市が2012年から修復に乗り出した。

 修復がほぼ完了した今夏には、天野の子孫から当時使用された包丁や従業員用の法被、古写真など関連文物の寄贈も受けており、台南市文化局の担当者は「寄贈文物は建物の一部を展示室にして一般に公開する予定」という。

 「これらはいずれも商業施設、民間施設であった点が特筆すべき点」と台南市文化局では強調する。

 台湾は各地に日本時代の建築物が多数残っており、現在も活用されているケースは少なくないが、台北市の総統府(旧総督府)をはじめ、ほとんどがかつての官公庁舎か関連施設だ。

 台南の場合も、市内では旧台南州庁舎が台湾文学館として利用されているのをはじめ、10年には旧州知事(一時は県知事)公邸を修復し、レストランや音楽ホールに利用している。

 郊外では戦前、同地で世界有数の烏山頭ダム建設を指揮した金沢市出身の日本人技師、八田與一(1886〜1942年)の業績を記念する公園が馬英九総統(63)の後押しで、2011年5月に開園した。

 当時の技師官舎なども復元され、日本人客を中心に観光客数を伸ばした。

 その後は、やはり日本統治時代の千葉県出身の水道技師、浜野弥四郎(1869〜1932年)設計の郊外の大規模浄水場「旧台南水道」も脚光を浴び、一般公開を検討中だ。

伝統と最先端の融合

 最近では台南市内にある旧日本陸軍の官舎が芸術団体に無償で貸し出されるなど活用方法は多彩だが、林百貨や鶯料理といった民間施設のケースはまれだという。

 「建物が史跡という、台湾では前例のない百貨店。内装も、これから市の審査を受けながら進めます」

 歴史上の百貨店を現代によみがえらせる権利を得た地元会社のトップ、陳慧●(=女へんに朱)さん(50)は言う。台北などで百貨店経営を成功させてきた実績を誇る。

 計画では1階は台南の特産と日本の伝統、2階は文化と工芸、3階は流行とアンティーク、4階は音楽と書籍と喫茶、5階はレトロな洋食レストラン、6階は展望と記念品がテーマ。

 「観光客を意識し、伝統と現代感覚を両立させ、最先端のスタイルを確立したい」と陳さんは言う。

 建物の修復費8千万台湾元(約2億8千万円)余は市が負担したが、内装の4千万台湾元(約1億4千万円)余は陳さんの会社の負担だ。

 「林百貨は港に近く、世界の最先端の商品が真っ先に並ぶ文化の発信拠点という側面があった」と言う市文化局の葉局長は「京都と違うのは、台南はオランダ、清、日本などさまざまな外来文化の融合の地だったこと。複合的な歴史と文化の地であることを強調したい」と指摘する。

 2007年の台湾新幹線の開通で訪れやすくなったが、台南は知名度の割に観光客が伸びているとはいえない。

 「日本の観光客も、日本では見られなくなった日本を再発見できるはず」と、葉局長は期待している。

 【台南市】

 2010年12月、従来の台南市と台南県が合併し行政院(内閣に相当)直轄市となった台湾南西部の都市。面積約2192平方キロ。人口約188万人。17世紀にオランダ人が根拠地とし、明の遺臣・鄭成功がこれを駆逐して政権を築いた。清による制圧後も台湾の政治・経済の中心地として繁栄した。日清戦争の結果、1895年に台湾は清から日本に割譲され、台北が中心地となったが、古都として親しまれた。2010年に就任した頼清徳市長(54)は史跡活用による「文化首都」政策を推進してきた。

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