【寄稿】「文明の衝突」から学んだもの

【寄稿】「文明の衝突」から学んだもの
【寄稿】「文明の衝突」から学んだもの

ペンネーム:知床遥かなり

今から10年以上も前になりますが、1996年にS・ハンチントン博士によって書かれた「文明の衝突」という論文を覚えているでしょうか。その主旨は (1)イデオロギーによる冷戦期の世界秩序は文明のアイデンティティーによって再編される (2)アイデンティティーの相違が文明間の衝突を引き起こす、というものです。改めて読み返してみると、この十数年来に起きた世界の紛争の大半は「文明の衝突」であったことが分かります。ウクライナ、コーカサス、パレスチナ、ペルシャ湾岸、スーダン、アフガニスタン、新疆そしてチベットで起きている紛争は異文明間の衝突から発生しています。そして、程度こそ違え、同様の衝突は日本の周囲でも起きています。特に、日本と中国の衝突は東アジア最大の文明の衝突であり、不安定要因でもあります。

この十数年を振り返ると、日中の衝突は様々な分野にわたりました。主だったものとして、

歴史認識問題(過去の日本の侵略を非難し、反対に自国の戦後史を修正・隠蔽する)

台湾問題(台湾問題の平和的解決を主張する日米同盟を敵対視している)

反日暴動(日本の国連常任理事国入りを阻止するため、中国共産党が民衆を扇動)

上海日本領事館員の自殺問題(中国情報部の暗躍、国際法に則った外交儀礼の欠如)

毒入り餃子事件(事件発生時に公正中立な捜査を行わず、全ての責任を日本に転嫁)

日本の主権に対する干渉(日本の尖閣諸島領有、東シナ海・沖ノ鳥島での排他的経済水域を拒絶)

などが記憶に新しいと思います。これらが物語っているのは何でしょうか。言うまでもなく、中国側が日本に対して中華文明の秩序を強要しているのです。

そもそも中華文明とは、易姓革命によって成立した王朝が人民の支配を正当化するため、政治・経済・軍事・文化にわたる権威を人民に誇示する文明といえます。そのためには、周辺勢力(異民族・異文明)にも自国の価値観を受け入れさせ、自らの権威によって国際秩序が維持されていることを示さなければなりません。言いかえれば、中華文明とは「自国を統治するために、他国の犠牲を強要する文明」ともいえます。中華文明のこうした権威主義的姿勢は、経済的成功に乗じて益々高まっています。現在も台湾併合・南シナ海領有化を目指し、海軍拡張戦略を進めています。中国艦隊による挑発行為もエスカレートしており、日本への敵対的姿勢を鮮明にしています。

自由・人権・民主主義を至上の価値観とみなす文明圏(東アジアでは日本・台湾・韓国)にとって、こうした中華文明の覇権主義は許容できないものです。アイデンティティーの相違が対立を生み、文明の衝突となって現れているのです。ただし、現段階でこの衝突が武力行使に至らないのは、東アジアで日米同盟の抑止力が依然有効であること、異文明間の交易によって得られる経済的利益が自国の発展に欠かせないことが主な理由です。

ハンチントン博士が指摘しているように、文明の興隆によって中国が実力相応の覇権を主張していくのは歴史的に自明です。また、近代化に成功した文明が一層自信を深め、自文明の世界的優位を主張するのも当然の結果です。私たちもこの事実を敢えて否定はしません。問題は中華文明の覇権が平和的姿勢に基づかないこと、他文明の秩序・価値観に干渉して衝突を引き起こすことにあります。最悪なのは、異文明のアイデンティティーを破壊することで、その覇権を維持しようとした先例があることです(チベット・ウイグルの悲劇)。将来の日本・台湾・韓国・モンゴルが例外で無いとどうして言えるでしょうか。

著者はその一節に、近代化・国際化によって中国にも民主主義社会の基盤が築かれる可能性を指摘していました(南中国の中産階級+北京の改革派)。東アジアで異文明間の衝突を避け、平和的に共存していくためには、穏健改革派が主導する中華文明が適切と考えられます。しかし、これが希望的観測にすぎなかったことはこの十数年の経過が証明しています。経済的成功によって自信を深めた結果、中国には民主主義ではなく民族主義が台頭しました。指導部は「西欧型民主主義社会を目指すつもりはない」と明言し、現時点では人民も中華文明の覇権主義を歓迎しています。民主主義とは権威主義の否定であり、自王朝の滅亡を招くことを彼らは知っています。加えて、王朝が人民の永続的繁栄を保証できなくなれば、その権威は失墜し、人民による王朝打倒が起こります。つまり、中華文明はこのまま対外的には衝突を繰り返しつつ、猛進するしか選択肢が無いのです。おそらく、世界は中華文明によって未曽有の悲劇を味わうことになるでしょう。

こうした中華文明の危険性を私たちはどの程度理解しているでしょうか。日中の衝突が単なる二国間対立では無く、文明の衝突であることを私たちは改めて認識しなければなりません。文明の衝突は価値観の衝突であり、相手への理解が困難であるが故に解決には時間がかかります。ましてや、戦争になればその破壊力は大きく、受ける損失は双方とも甚大なものになります。

 日本の民主党・鳩山政権は外交政策に、友愛精神に基づいた東アジア共同体構想を提唱しています。しかし、この構想が幻想に過ぎないことは誰の目にも明らかです。文明の論理から言えば、複数の異文明国家が政治的共同体を構築して成功を収めた例はありません。アジア太平洋経済共同体会議(APEC)ですら、共同体としての政治的実行力はありません。仮に、東アジア共同体構想が実現できるとすれば、日本を始めとする東アジア諸国が中華文明に忠誠を誓い(少なくとも小沢一郎氏は誓っている)、友愛を装った「従属」を表明した場合にのみ可能です。また、従属による繁栄を期待するにしても、それには確固たる信頼関係が欠かせません。民主党政権は本気で中国を信頼しているのでしょうか。また、友愛精神を以ってすれば中国が信頼できる国になると期待しているのでしょうか。昨今の衝突から考えれば、中国が信頼に値しない国であるのは明白です。日本は従属の代償として、アイデンティティーの否定(皇室・民主主義・靖国神社の否定)、領土権益の割譲、日米同盟の破棄を迫られるでしょう。それと同時に、日本はアメリカ核戦略の照準となることを覚悟しなけ�ればなりません。そうした選択が将来にわたって日本の繁栄を保証すると思うなら、亡国の極みというものです。

 台湾についても同様です。以前の投稿でも指摘しましたが、台湾は中華文明の覇権主義を否定した民主主義国家です。前政権への失望から2008年の選挙で国民党政権が復活し、馬英九総統は中国共産党との協調路線を打ち出しました。これは2000年以前の国民党政権とは異なり、それまでの台湾本土化路線を明確に否定するものでした。政策として中国との自由貿易・市場統一を提唱していますが、これを契機に台湾の独自性が薄まる虞があります。中華文明による経済的支配が強化されようとしているのです。そして、最終的に台湾独自のアイデンティティー(台湾人意識・民主主義)を放棄するよう中国側が脅迫してきたら、台湾側は抵抗できるのでしょうか。圧倒的な武力と経済制裁を前に、降伏せずに敢然と戦うのは相応のリスクを覚悟しなければなりません。疑問に思うのは、台湾の繁栄が中国との一体化にかかっていると信じてはいても、本気で中国共産党を信頼している人々がどれだけいるかということです。信頼関係のない共同体構築は亡国の極みと言わなければなりません。一見すると台湾海峡に平和が訪れるように見えますが、中国による台湾併合は東アジア�での文明のバランスを一変させ、西欧(アメリカ)の後退を招いて日本の生存を脅かすものとなるでしょう。逆に戦争の危機を招来すると思われます。

 日本と台湾は、中華文明との衝突を身を以って受ける運命共同体です。両者には自由・人権・民主主義という共通の理念があり、中華文明の覇権主義に対抗できる手段を有しています。異文明との決定的衝突(戦争)を回避するには、中華文明への従属(バンドワゴニング)か勢力均衡(バランシング)を選ぶ必要があります。地政学的に中立はあり得ません。日台両国にとって、その有効な解決法が後者であることは言うまでもありません。依然として、西欧(アメリカ)との協力は不可欠であり、普天間問題に振り回されてはならないのです。将来的にはインド・ロシアとも有効な協力体制を構築する必要があります。反対に、中国にとって勢力均衡を打ち破るには、相応の政治的・軍事的実力を蓄える必要がり、中国独自のシーレーンを維持する必要があります(ミャンマー・パキスタン・イランとの同盟)。

多文明世界に基づく国際秩序にあっては、文明のバランスを保つことが重要であり、著者の指摘通りだと思います。本書「文明の衝突」は今後の世界秩序を示唆した名著であり、今なお必読の書であると実感しました。

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