虱目魚(サバヒー) 傳田 晴久

虱目魚(サバヒー) 傳田 晴久
本誌では、台南の成功大学に語学留学している傳田晴久(でんだ・はるひさ)氏が発行
する「臺灣通信」から、これまで「日本は台湾を中華民国に返還していない」や「李登輝
元総統が台湾人は台湾の『主』となるべきと喝破」「蒋介石に掠め取られた『美しの
島』」などをご紹介してきました。

 4月29日にお送りいただいた第61号では、ニュースで話題になった「虱目魚(サバヒ
ー)」について書かれていました。この魚の中国への輸出をめぐって台湾人の中国観も見
えてきます。傳田さんからの案内文とともに下記にご紹介します。


傳田です。ご無沙汰いたしております。皆様お元気のことと思います。台南はすでに梅雨入り、ここ数日雨でしたが、今日は素晴らしいお天気です。

日本に戻っていたのでしばらく台湾通信の筆が止まっていました。病院で検査を受けてい
たのですが、一番心配だった腹部エコー検査(膵臓の異物の有無)の結果は、おかげさま
で「問題なし」でした。念のため次回検査は来年の3月です。

台湾通信No.61は「還暦」でしょうか、元気な限りもうしばらく続けたいと思っております
ので、お暇なときにお目通しくだされば幸いです。

それではまた。


虱目魚(サバヒー) 傳田 晴久
【臺灣通信(第61号):2012年4月28日】

1. はじめに

 台湾には面白い名前の食べ物があるのはご存じの通り。たとえば「虱目魚(サバヒ
ー)」、「棺材板(かんざいばん)」、「臭豆腐(チョウドウフ)」などは典型でしょ
う。ガイドブックでは虱目魚について「字で身を引いてはいけない、食べればファンにな
る」とありますし、棺材板については「恐ろしい名前の洋風スナック」と紹介していま
す。臭豆腐は落語の「チリトテチン」や「酢豆腐」に出てくる腐敗した豆腐とは違い、実際
に食べられますし、人によっては大変おいしいといいます。

 今回のお話は「虱目魚」にまつわるものです。若い方は「虱(しらみ)」なんてご存じ
ないと思いますが、終戦直後に物心ついている方は忌まわしい思い出があることと思いま
す。哺乳類に外部寄生して吸血する昆虫(体長1〜4mm)で、発疹チフスなどを媒介す
る、本当に「嫌な奴」です。「虱目魚」はその虱の目をした魚ですから、その名前からは
とても食べようという気になれない魚ですが、実際に食べてみると味は抜群、とてもおい
しい魚です。

2. 「虱目魚(サバヒー)」とは

 「ネズミギス目の海魚。体長1.7m程度まで達する。体は銀白色でやや長く側扁し、口先
は尖る。尾びれは長く、二つに分かれる。高知県以南からインド洋までの沿岸浅海域に分
布するが、河川にも入る。東南アジアでは重要な食用魚。サバヒー。ミルクフィッシ
ュ。」(三省堂・スーパー大辞林)

 台湾原住民(西拉雅族)語ではマサバと言い、「麻虱目」、あるいは「麻虱目仔」の漢
字をあて、台湾語ではサバヒイと言い「塞目魚」、あるいは「虱目魚」の漢字をあてたと
いう。「サバヒイ」の発音は、鄭成功が台湾に来た時に、漁民に「什麼魚?」(何という
魚か)と尋ねたが、漁民はその「什麼」を「虱目」と聞き、それ以来「虱目魚」と言うよ
うになったという説があります。

 台湾でこの「虱目魚」がちょっとした議論を呼びました。いったい何があったのでしょ
うか。

3. 顛末

 話はちょっと古く2012年2月下旬、中国の国台辦(国務院台湾事務弁公室)主任の王毅氏
が台湾の農業委員会に「虱目魚」の名称を変更してはどうかと提案したそうです。中国と
しては台湾南部の特産品「虱目魚」を中国大陸でもっと売りたい(売ってあげたい)が、
「虱」の発音“shi1”が「屍」(shi1)に通じ、また「虱」は中国の貧しい時代を連想さ
せるので、売りにくいというのである。この話が台湾に伝わるや、多くの人々の議論を巻
き起こしました。

 新聞の投書欄ですが、ある人は「王毅が魚の販路拡大には魚の名前を変える必要がある
というなら、民進党と交流するためには中国民進党に改名しろというのか、台湾との交易
を促進するためには台湾人を中国の同胞と言い換えるのか、さらに両岸統一のために馬総
統を馬先生というのか、ついには中華民国を中華人民共和国台湾省に……ともうヤケバチ
のご意見。

 実はこの話は2008年11月、大陸の陳雲林(海峡両岸関係協会会長)が台湾に来た時、馬
英九総統は中華民国の国旗を街中から隠し、陳雲林が自分を馬英九総統と呼ばず馬先生と
呼んでも平気だったことを指しています。

 またある人は3つの理由を挙げて虱目魚改名の必要はないと主張しています。一つは消費
者が食品を食べようとするかどうかは食品の名前如何ではなく、味がいいかどうかである
こと、二つ目は虱目魚の名前は台湾の歴史文化であること、三つ目は中国がすでに台湾と
虱目魚養殖の契約をしているのだから、あとは中国が消費者にどのようにして虱目魚を受
け入れさせるかの問題で、改名の問題ではない。それとも虱目魚養殖契約は「統戰謀略」
(統一戦線謀略)か?

 さらに台南の學甲という地区(虱目魚養殖が盛んなところ)の人は、虱目魚の名称の歴
史的意義を説き、由緒ある名前を変えろとは「不識字又沒衛生」(字も知らない、衛生観
念のない)輩の言い草だ、と怒っています。

4. 問題は……

 中国に虱目魚の販路を広げるというのは、総統選挙の前に国民党が一大政策として宣伝
したものでした。虱目魚を養殖している地域(南部台湾)はアンチ国民党が多く、それを
切り崩すのが狙いだったかもしれません。しかしその後の販売実績は予期に反するもの
で、2011年はわずかに913トン、248万米ドルに過ぎなかった。中国の国台辦は売れ行き不
振を魚の名前に責任転嫁(中国の得意技)し、改名を望み、台湾の農業委員会はそれに付
和雷同したということです。

 李武忠教授は、虱目魚の売れ行きがよくないのは名前のせいではなく、マーケティング
の問題であると述べています。政府は十分な市場調査をすることなく、虱目魚を中国の一
級市場、たとえば上海や北京にあわただしく投入した。周到な販売計画がないのは明らか
で、台湾の果実を中国に輸出し、失敗した同じ轍を踏んでいる。

 中国に虱目魚を本気で売ろうというならば、政府はしっかりとした計画を立て、まず虱
目魚の海水養殖をおこなうこと、これにより虱目魚の土臭さがとれる(通常は淡水の池で
養殖するので土臭さが残るという)。国内の流通経路を確立し、等級分け、収穫後の後処
理工程品質管理体制をきちんと確立する。同時に中国の消費者の水産品に対する嗜好につ
いて詳細な、長期間の市場調査を行い、突破口を見出し、虱目魚販路拡大拠 点を作るこ
と、さらに一歩進めて当地の優良な料理人に虱目魚の料理法を研究させ、消費者の口に合
う商品の研究開発をさせ、拡販宣伝隊を組織し、具体的に行動を起こさせる。

 ノルウェーが鮭の中国市場導入に成功したやり方を学ぶべきである。売れない魚はない
のであって、売る人がいないだけである。

5. 他人の文化にちょっかいを出すな

 台湾における虱目魚の養殖は17世紀、鄭成功の時代に始まり、日本統治時代の養殖水産
物の85%を占めたという。現在雲林県、嘉義県、台南県、高雄県など中部から南部にかけ
ての県では虱目魚の養殖が盛んに行われている。

 「虱目魚」がどのくらい台湾文化に関わりがあるかを示すために、「呉新榮日記」から
一部引用します。この日記については以前「臺灣通信」No.20、No.22で紹介しています
が、戦時中に日本語で書かれた日記で、作者呉新榮は台南県佳里在住の開業医であり、文
学者であった。

 1942年6月4日 晴 ……今日、七股の陳家から虱目魚を贈られた。近頃珍しいから将軍
(筆者注:地名)に帰ってゐる母親にも多少持たせて行った。

 1943年10月24日 晴 ……午後黄謄と約に依り小槻氏も同伴して大道*に赴き半日の清遊
を試みた。裸して*内に跳び込み車蝦を摸る人の嬉しさ、取ったばかりの虱目魚湯に金蘭
酒をかけて、しゃがんで食べる楽しさ、魚*ならでは味はへないことだ。(筆者注:
「*」は養殖池)

 私が現役として活動していた時の専門は「ロジスティクス」という領域でしたが、これ
は商品やサービスを顧客に提供する方法を改善改革する技術でした。ロジスティクスの前
は「物流」(PD)と称し、最近は「サプライチェーンマネジメント」(SCM)と呼ん
でいるようです。自分がロジスティクスに夢中になっているころ、ヨーロッパのあるコン
サルティング会社に対してヨーロッパではなぜロジスティクスと言わないでPDというの
か、と質問しますと、ロジスティクスと言えば注文が来るのか、と言われてしまいまし
た。大きなお世話だったわけです。

 我が国のお隣の国は、我が国の「天皇」のことを「日王」というそうですが、ずいぶん
失礼な話であり、大きなお世話であります。

 両国にまったく同じものがあって呼び方が異なる場合は、それは文化の違いであって、
無理に名前を押し付ける必要はないでしょう。存在しないものであれば、そのまま受け入
れればいいし、それがいやであればその国が命名すればよろしい。たとえばComputerは日
本になかったので、「電子計算機」と名付け、今は「コンピュータ」と呼んでいます。こ
れは英語[k?mpjú_t?]ではなく日本語発音です。中国語では「電脳」ですね。

6. おわりに

 他国の文化にケチ、難癖をつけるのは野暮というもの、辞典によれば、江戸っ子は「野
暮と化け物は箱根から先」と言ったそうです。箱根から先の皆様には失礼。でももっと
先、海を越えた西の先には……、「箱根から先」の“から”は「唐、韓、漢」でしょう
か。

 余談ですが、私(達)には「虱」にかかわる悲しい習性があります。終戦直後、めった
に風呂に入る機会がなかったせいでしょうか、子供も大人も虱にたかられました。進駐軍
(日本を占領した米軍)は虱退治のためにDDT(殺虫剤)散布を行いました。学校では、子
供たちは男の子も女の子も頭からDDTの粉末を吹きかけられました。虱は衣類にもたかって
いますので、銭湯での脱衣籠に虱が付き、次の人がその脱衣籠を使うと虱が移るのです。
そこで脱衣籠を使うときは、かならず一回籠をひっくり返し、床にトントンとたたきつけ
ます。そして籠から虱を払い落としてから衣類を入れるようにしました。最近は銭湯に行
く機会はほとんどありませんが、ゴルフ場や温泉などで脱衣籠を見かけるとついトントン
とやってしまいます。虱は子供心にも嫌な奴でしたが、台湾に来てから「虱目魚」のおい
しさを知りました。

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