空白の東台湾史を顧みる [山口政治]

空白の東台湾史を顧みる [山口政治]
本会の機関誌『日台共栄』には毎号、その巻頭に「台湾と私」というリレー随想を掲載
していますが、12月1日発行の12月号(第15号)は山口政治氏(本会理事、蕉葉会副会長)
に「空白の東台湾史を顧みる」と題して書いていただいています。東台湾の歴史がなぜ空
白だったのか、よく分かります。

 山口理事には『東台湾開発史』(1999年、中日産経資訊)という貴重な一書があり、こ
れはA5判で360ページに及ぶ浩瀚な書ですが、すでに絶版となっていたため復刊を求める
声が多く、そこでその改訂版となる『知られざる東台湾』を書き上げたところで、来春出
版の予定だそうです。

 なお、蕉葉会とは台北高等学校の同窓会名で、芭蕉の葉を蕉葉ということに由来してい
ます。山口理事はその副会長をつとめ、もちろん李登輝前総統もその一員です。
                      (機関誌『日台共栄』編集長 柚原正敬)


空白の東台湾史を顧みる 台湾と私(15)

                       本会理事・蕉葉会副会長 山口 政治

 私は東台湾の移民村で有名な吉野に生れ、理蕃要衝の地、玉里と新城で青春時代を過ご
した。

 そもそも台湾は、日本が統治するまでに三度の外来政権に支配されたが、その何れも東
台湾に主権を及ぼさなかった。そのため、東台湾は二百七十年間、空白の無法地帯となっ
ていた。

 この状態を目覚めさせたのが牡丹社事件である。事件は日本の出兵で解決したが、清朝
政府はこの時より、東部も自国の領土であることを示すために東西横断道路を開削し、初
代巡撫劉銘伝は台湾経営を積極的に取り組んだ。ところが、その行政が軌道に乗ろうとし
ている最中、日清戦争により台湾は日本の領土となった。

 まことに皮肉なことに、事件の際、東部の治安を厳しく追求した日本が今度は、自らの
手で解決しなければならないこととなった。領台当初、その治安は極めて悪く、明治二十
九年、タロコの監視哨として派遣されていた、結城少尉以下二十三名がタイヤル族に全滅
され、その遺体収容に向かった花蓮港守備隊は半年かけて失敗に終り、その間、風土病に
罹った者を含め五百余名の死傷者を出した。東部の治安は、大正三年、第五代佐久間総督
が一個師団を投じてタロコ討伐を断行したことにより結着した。その結果、高砂族の九六
%が帰順し、台湾の治安もようやく確保されるようになった。

 とはいえ、ただちに東部に人の住めるようになったわけではない。大正の頃まで「波が
荒くて入れん港、一度入ると帰れん港、米がまずくて食われん港」と言われ、東京大学の
矢内原忠雄教授は名著『帝国主義下の台湾』で「東部の開発は不可能に近い」と指摘した
ほどである。

 だが、治安解決に目どがつくと、台湾総督府は人知の限りを尽くして東台湾の開発に取
り組み、花蓮港の庁民はこれに呼応してあらゆる難題に挑戦した。

 その先頭に立ったのが警察官と教師だった。警察官は山岳地帯の蕃社に入り込み、サー
ベルに代えて鋤と教科書を手にし、家族ぐるみで高砂族を啓蒙して近代化に務めた。教師
たちは、芝山巌精神と教育勅語をバックボーンとし、我が子のように分け隔てなく教えた。

 その姿を見ていた湾生二世の子弟たちは「両親は愛情と使命感に燃えていた」と語る。

 こうして警察官や教師の献身的努力により共存共栄の精神は芽生え、鉄道、道路などの
インフラは急速に進捗した。元々不毛の地帯だったので建設は目を見張るものがあった。
しかし、それには多くの犠牲者と苦難を伴った。例えば交通の大動脈となった台東線一七
〇キロを開通させるのに十六年もかけ、蘇花断崖一二〇キロを自動車道に完成させるのに
三十年も要した。

 こうしたインフラの整備と平行して、産業の振興も進められ、後世に残る吉野村の官営
移民を魁とし、台東線上、点と線をなす十四の一大移民ベルト地帯を形成したのである。
血と汗を流した移民者を襲ったのは台風、マラリア、恙虫、毒蛇で、当時の恐怖の話題は
今日なお語り継がれている。

 移民に続き、黒い煙を吐いた寿村と上大和村の塩水港精糖は東台湾の近代化を象徴した
が、何と言っても近代化を世に示したのは、庁民が夢にまで見た築港を完成し、三〇〇〇
トン級三隻を接岸させた時で、このとき提灯行列をして祝った。さらに島民を驚かせたの
は、時代の花形産業の重化学工業、アルミ、ニッケルを豊富な電力を活用して生産したこ
とである。

 顧みるに、歴代の外来政権が目も向けずに空白にしていた陸の孤島東台湾を、五十年足
らずで西部並みに近づけ、「住めば都よ帰れん港」の理想郷にしたのは、台湾史に残る大
事業だった。終戦で別れを惜しんで振り返った時、人々は文字通り「麗しの島、イラ・フ
ォルモサ」と感嘆したのだった。

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