消防車に敬礼をした小学生─被災地の皆さんへ 野口 健(アルピニスト)

消防車に敬礼をした小学生─被災地の皆さんへ 野口 健(アルピニスト)
産経新聞が東日本大震災直後の3月15日から文化面で「被災地の皆さんへ」という連載を
始めた。今朝はアルピニストの野口健氏が登場している。

 野口氏はブログで、地震直後のことから被災地に救援物資を送ることになったいきさつ
をつづっている。それによれば「最初の数日間はテレビ画面に釘付け。被災地の映像に言
葉を失い、ただただ画面を眺め続けていた。気がつけばガクッと気持ちが落ちている。そ
して無気力化していく。これはいけない。被災者ではない我々が落ち込んでいる場合じゃ
ない。またこんな時こそ日本人が一丸となって復興に向けて取り組まなければ、この国の
未来はない。自分に何が出来るのか。テレビを見ながら必死に考えていた」という。そし
て、思いついたのが「寝袋」だった。

 ここからが「行動力の人」野口氏の本領発揮で、付き合いのあるアウトドア・メーカー
に片っ端から連絡を入れて寝袋1000個を確保し、3月17日、環境大使をつとめる長野県小諸
市が友好関係を結んでいる福島県南相馬市へ支援物資を届けるというので一緒に届けても
らったことを手始めに、次からは集めた支援物資を自ら被災地へ届け始めた。

 3月23日には岩手県陸前高田市の広田小学校に寝袋・440個、テント・50張などを届け、4
月に入ってからも、2日には岩手県山田町、陸前高田市、宮城県気仙沼にそれぞれ寝袋・13
64個、ランドセル・60個、マフラー・300枚など。18日には岩手県山田町、陸前高田市、宮
城県石巻市に耳栓やアイマスク、寝袋やテントなどを届けている。

 詳細はブログを見ていただきたいが、産経新聞では、被災地の気仙沼で見た小学生の「敬
礼」姿や、台湾のレスキュー隊などについて話している。下記にご紹介したい。

 ちなみに、この台湾のレスキュー隊については、本誌でも紹介したように、李登輝元総
統が「文藝春秋」5月号で詳しく書いている。李元総統も救援隊の被災地入りが遅れた理由
については言及していないが、野口健氏が書いているように「もし『中国への配慮』があ
ったとすれば、こんなに情けないことはない」。被災民の命より中国に配慮したとなれば、
情けないことはもちろん、政府には事実を明らかにする説明責任があり、非道な措置を取
ったことが事実ならばその責めを負い、被災者と台湾にきちんと謝罪すべきである。

■ 野口健公式ブログ(3月)
  http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/2011-03.html#20110315


消防車に敬礼をした小学生─被災地の皆さんへ 野口 健(アルピニスト)
【産経新聞:平成23年(2011年)5月4日】

 忘れられない光景がある。

 宮城県気仙沼。日はどっぷりと暮れ、全国から応援に駆けつけた消防車十数台もその日
の業務を終え、宿舎に引き揚げようとしていた。そのときである。

 道ばたから、小学3年生ぐらいの男の子がパーッと飛び出してきた。彼はピンと背筋を
伸ばし、帰路につく消防車を見送りながら一台一台に「敬礼」をしたのである。

 後ろで見ていた僕は涙が出そうになった。彼には分かっているのである。「(消防士た
ちが)自分たちを、町を助けに来てくれた人たちなんだ」と…。

 3月下旬に初めて被災地を訪れ、がれきに埋もれた現場に立ったとき、あまりの惨状に
僕は言葉がでなかった。こんなひどい状況の中でも生き残った方がいたのは奇跡だと思っ
た。

 消防官、自衛官、警察官…が現場に立ち、朝から晩まで懸命に働いている。時には、命
の危険を冒してまで、だ。そんな人たちに対して、現場も知らない大臣が、ひどい言葉を
投げつけたと聞く。その大臣にこそ、あの小学生の敬礼を見てほしかった。

 被災地の自治体の首長さんの中には、家族を失ったり、自宅を流された人もいる。だが、
自分のことは後回し。被災者の支援、復興の先頭に立ち、「これからの街づくり」につい
て熱っぽく語る人もいた。

 彼らにはやはり「おらが愛する街」なのである。それに比べて、政府や国会議員たちは
どうだろう? みんながそうだとは言わないが、「わが日本への思い」がなかなか伝わっ
てこない。こんな話がある。

 大震災の翌日、台湾の李登輝元総統は、レスキュー隊の派遣を日本政府に打診した。19
99年の台湾の大地震で日本の救援隊がいち早く駆けつけてくれ、多くの支援をもらったこ
とを李登輝さんが感謝し、その恩返しをしたい、と考えていたからである。

 ところが日本側の対応が煮え切らない。こうした震災の救助は時間との闘いである。業
を煮やした李登輝さんは日本の了解を待たずにレスキュー隊の派遣を決め、日本のNPO
法人と連携して作業にあたった、という。いろんな事情があったのかもしれないが、もし
「中国への配慮」があったとすれば、こんなに情けないことはない。

 被災者が生活している避難所へ、支援物資を持っていくと、「私たちはいいから、他の
困っている人たちに渡してください」という人がたくさんいた。平時はともかく、こんな
非常時にモラルや理性を保つのは大変なことなのに…日本人はすごい、と思った。

 だから被災者の皆さんに「頑張ってください」とは声をかけなかった。もう十分過ぎる
ほど、被災者は「頑張っている」のである。その代わりに、「あまり、がまんしないでく
ださいね」。僕はそう言った。

 そして、こんなときでも子供たちは笑顔である。その笑顔に僕は希望を感じた。そして
逆に勇気と元気をもらった気がした。

                   ◇
【プロフィル】野口健
のぐち・けん アルピニスト。昭和48年、米ボストン生まれ。25歳で7大陸最高峰世界最
年少登頂記録(当時)を達成。地球温暖化によるヒマラヤの氷河湖崩壊問題やエベレスト
・富士山の清掃登山、戦没者の遺骨収集問題など幅広いジャンルに取り組んでいる。東日
本大震災の被災地には3、4月の2回、大量の支援物資(寝袋、下着、文房具など)を持って訪問した。

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