李登輝氏の訪日同行記  鵜飼 啓(朝日新聞台北支局長)

李登輝氏の訪日同行記  鵜飼 啓(朝日新聞台北支局長)
今回の李登輝元総統ご来日には台湾から民視や三立などのテレビ媒体など13社19名が同行記者団
として来日している。この中には日本メディアも入っていて、朝日新聞の鵜飼啓(うかい・さと
し)台北支局長もその一人だ。昨日、同行記事を同紙のデジタル版にアップした。

 この同行記の中で鵜飼記者は、李登輝元総統が提案している憲法改正には同調できないと書いて
いるものの、「中国が軍事力を背景に台湾への圧力を強める中、その荒波を乗り切るには、現実主
義に徹するしかなかったのかもしれない」と、その提案の背景に言及して理解を示している。

 また鵜飼記者は、李元総統の衰えない「新たな知識に対して非常にどんよく」な一面を紹介し、
「そんな李氏の姿に、『自らの持つ影響力を使って、少しでも台湾を良くしたい』という強い思い
を感じた」とも書いている。同感である。

 編集子も全行程に同行させていただき、その思いを強くしていた。李元総統が到達した「我是不
是我的我(私は私でない私)」という境地の現れを、具体的な行動として見せつけられ、常に台湾
にとって何が幸いなのかを考えて行動する真の政治家だと認識を深めていたところだ。

 いい総括記事だと思う。いささか長い記事だが下記に全文をご紹介したい。10枚の関係写真もご
覧いただきたい。


(@大阪〜東京〜北海道)李登輝氏の訪日同行記
【朝日新聞:2014年9月27日】
http://www.asahi.com/articles/ASG9S3ST5G9SUHBI012.html?iref=comtop_fbox_d1_01

 「台湾から参りました李登輝です」。9月19日、5年ぶりに退任後6回目となる訪日を果たした台
湾の李登輝・元総統は最初の訪問地、大阪での記者会見で日本語でそう切り出した。91歳とは思え
ない元気さだ。

 昨年5月にも訪日を計画していたが、体調が思わしくなく取りやめていた。今年は健康状態もよ
く、台湾各地で活発に講演などをしていた。この機に日本へ、という強い思いがあったのだろう。
「5年前の日本からだいぶ変わってきた」。台北から大阪に向かう機内では、日本の変化を感じ取
りたいという意欲をにじませた。

 1988年から2000年まで、台湾出身者として初めて台湾総統を務めた李氏は、日本植民地時代の
1923年に台湾で生まれた。京都帝国大学農学部に通い、第2次大戦終戦のため中退。台湾に戻っ
た。最近の著作「李登輝より日本へ 贈る言葉」(ウェッジ社)の中では、「純粋な日本教育を22
歳まで受けて育った元日本人ともいうべき李登輝」と自らを形容している。

 終戦後、台湾は当時中国全土を治めていた国民党政権の統治下に入った。だが、国民党と共産党
の間で内戦が激化し、国民党政権は台湾に逃れた。大陸では1949年に共産党が「中華人民共和国」
を建国し、中国と台湾を別々の政権が統治するようになった。台湾では、国民党政権とともに台湾
に移り住んだ人たちやその家族を中心に中国とのつながりを重視する人たちが今もいる一方、台湾
で生まれ育った人たちの中では「台湾と中国は別」と考える向きが強い。

 李氏は国民党トップに上り詰めながら、「我々は台湾人だ」という意識を広めた「台湾本土派」
の代表的な政治家だ。台湾統一を悲願とする中国にとっては「目の敵」のような存在で、台湾の一
部にも李氏に批判的な人はいる。だが、在任中に総統直接選挙を導入するなど、台湾の民主化に大
きな功績を残したことは疑いない。包容力を感じさせる親しみやすい人柄もあり、退任から14年が
たつ今も根強い人気を誇る。

 今年1月、李氏が台北駐在の日本メディア関係者と食事をしながら懇談したときのことだ。終了
の際、各社の台湾人助手が一人一人、李氏に抱きついて記念写真を撮らせてもらっていた。日本人
的な感覚からすると「ちょっとやりすぎでは」と思ったが、台湾の人たちの間の李氏に対する思い
を見た気がした。

 25日までの訪日期間中、大阪と東京では講演を行った。李氏は集団的自衛権の行使を容認した安
倍政権を高く評価するなど、その考え方は日本の保守派と通じる。講演を聴きに来ていた人たちも
そうした考えに共鳴する人たちが多かったようだ。

 李氏は現状の国際社会を、超大国が存在しない「Gゼロ」ととらえる。米国の政治学者イアン・
ブレマー氏が唱えた考え方だ。2001年の同時多発テロ、08年の経済危機で米国が内向きになり、米
国は世界を引っ張る力を失った。中国などの新興国には世界の先頭にたつ経済力も意欲もない。大
阪での講演では、こうした現状認識を示した上で、日本がどう立ち向かうのかを問いかけた。

 「まず言えるのは、アメリカとの関係がますます重要になる」。米国と対等なパートナーシップ
を築くことを考えるべきだとし、日米同盟のあり方を根本的に考え直すべきだと訴えた。その核と
なるのが、集団的自衛権行使の容認との位置づけだ。また、これをもとに日本が米国だけでなく、
フィリピンやオーストラリア、インドとの関係を深めていけば地域が安定し、台湾にも良い影響が
出てくる、と述べた。

 李氏はさらに、その先には憲法改正が必要だと説く。特に問題視するのが戦力を保持しないとし
た憲法第9条だ。「今や世界は戦国時代。国際社会のなかでいじめられないために、自分の身を守
るために武力を持つことが必要だ」と説く。

 こうした李氏の考え方には、日本国内での賛否は割れるだろう。私自身も、同調できない点は多
い。だが、21日にあった東京での講演は、哲学への造詣(ぞうけい)が深い一面と、現実主義者と
しての側面を併せ持つ李氏の考え方をよく表していたように思う。

 李氏は、「人間は生まれながらにして戦わずにはいられない本能を有している」とする。また、
「平和とは要するに戦争が行われていない状態に過ぎない」と位置づけ、「平和についての議論
は、実は平和そのものではなく、それを実現する方法をめぐる争いの歴史だ」と語る。

 李氏は「戦力を保持するということは、すなわち戦争をするということではありません」と繰り
返しつつ、こう説明した。国際政治の主体である国家は国内に対しては警察などを通じて強制力を
行使できるが、国家に対して強制力を行使できる法執行の主体は国際社会には存在しない。国防を
委ねることができる主体が存在しない以上、各国は武力を保持してその存立を保つほか選択肢がな
いのは明白だ――。国際政治は「平等な主権を持つ世界国家が国益を最大にすべく権力闘争を繰り
返す過程であり、法の支配とか正義とかを訴えても意味はない」とも断じた。

 こうした李氏の考えの背景には、台湾が世界のほとんどの国から「国家」としては認められてい
ないという厳しい国際環境の中で、対岸の巨大な中国と指導者として向き合わざるを得なかった経
験があるのではないだろうか。李氏の在任期間は、中国で天安門事件の激動期を経て、急速な経済
発展の基礎が築かれる時期と重なる。台湾で初めて総統の直接選挙が行われた1996年には、中国が
台湾の近海にミサイルを撃ち込むという事態にもなった。中国が軍事力を背景に台湾への圧力を強
める中、その荒波を乗り切るには、現実主義に徹するしかなかったのかもしれない。

 訪日中は、講演のほかに、がん治療や再生エネルギー、肉牛育成をテーマに報告会や視察を行っ
た。大阪では、次世代のがん治療法として期待されている「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」
について専門家から話を聞いた。正常な細胞への影響を抑えつつ、がん細胞を狙い撃ちにして死滅
させるという技術だ。

 台湾で昨年亡くなった人のうち、がんによる死亡は約3割にのぼり、最も多い。李氏は「私はが
んの専門家ではないけど、何度もかかったことがあるから関心を持ってるんだ」とユーモアを交え
ながら語り、日台の医療関係者の交流を通じて、台湾に最先端の治療法を導入したいとの考えを示
した。

 川崎市では、同市が東京電力と共同でつくった大型の太陽光発電所を視察した。台湾は日本と同
様にエネルギーの多くを輸入に頼る。一方で、新たに建設していた第4原発を稼働させずに凍結す
ることが決まり、代替エネルギーの確保が急務になっている。李氏は視察を通じ、台湾にとっての
代替エネルギーの将来的な可能性を探りたいとの考えだった。

 北海道で牧場を訪れたのは、台湾で上質の肉牛を育てるにはどうしたらいいのかを考えるため
だ。台湾では牛肉の消費量が増えているが、ほとんどを米国などから輸入している。農業の専門家
でもある李氏は地場でなんとかできないかとの思いを持っており、飼料の配合など、牧場主に次々
に質問を浴びせかけた。

 高齢にもかかわらず、李氏は新たな知識に対して非常にどんよくだ。視察先では李氏の質問が止
まらず、大幅に予定時刻を過ぎることもあった。そして、そうやって吸収した知識を、同行する台
湾メディアのテレビカメラを通じて台湾社会に向けて発信する。そんな李氏の姿に、「自らの持つ
影響力を使って、少しでも台湾を良くしたい」という強い思いを感じた。

 李氏は冒頭に触れた会見などで、国交をもたない日本と台湾の関係の法的根拠となる日本版「台
湾関係法」ができれば、「日台関係はもっともっと良くなると思う」と期待感を示した。台湾関係
法は米国が定めており、台湾との文化的、商業的な関係促進や、武器売却の根拠となっている。自
民党内で「日本でも制定を」との動きが出ているが、中国との関係などもあって具体的な議論はま
だまだこれからだ。

 今、非常によいとされる日台関係だが、その基礎作りに李氏が果たした役割は大きい。戦後台湾
に移った国民党には、大陸で日本と戦った記憶が生々しく残っていた。李氏がトップになる前は、
台湾社会は大きな声で親日的な発言をできない雰囲気だったようだ。だが、日本びいきの李氏の登
場で、親日を封印する必要はなくなった。日本の植民地統治を客観的に評価しようという取り組み
もあり、日本に対する見方は大きく変わった。

 かつては中国の圧力もあり、台湾は日本側では保守派を中心とした関係づくりに頼らざるを得な
い面もあった。だが、李氏のように日本統治時代の台湾を知る台湾人は少なくなっている一方で、
等身大の日本や台湾を肌で感じる人は日台双方で増えている。台湾から日本、日本から台湾を訪れ
る人は大きく増え、今年は互いに行き来した人が延べ400万人を超える見通しだ。今後はこれまで
以上に幅広く、さまざまな人たちが日台関係を支えていく時代に入っていく。李氏の訪日に同行し
ながら、そんなことも改めて感じた。

                     ◇

鵜飼啓(うかい・さとし) 台北支局長。1993年入社。青森、岡山支局を経て、中国重慶市に留
学。香港、ワシントンの特派員、国際報道部次長、論説委員などを務め、昨年4月から現職。44
歳。

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・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
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