日本人であることに誇りを持って欲しい 岐阜大学大学院生 黄慈[女亭]

日本人であることに誇りを持って欲しい 岐阜大学大学院生 黄慈[女亭]
本会では、事業の一つとして「日台相互交流の推進」を掲げ、「台湾の学術・文化関
係団体との交流を推進し、台湾留学生などの受け入れと日本留学生などの台湾における
受け入れ体制を整備するほか、日台の自治体などによる姉妹提携や親善交流をめざした
活動の促進を図る」ことを推進しています。

 この一環として、台湾から岐阜大学大学院修士課程に留学している黄慈[女亭]さん
がいます。1999年9月21日の台湾大地震を経験、故郷の南投県が震源地だったことで街
並みが全部崩壊してしまい、大学で建築を学んだ彼女はその復興の様子を見ていて疑問
を感じ、自分が描く台湾らしい街並みをつくってみたいと考え、日本への留学を決意し
ます。

 しかし、日本語はまったくダメ。そこで金美齢・総統府国策顧問が理事長をつとめる
ジェット日本語学校に通っていたとき、李登輝前総統が主宰する李登輝学校のスタッフ
でもあった彼女は、縁あって本会と知り合います。

 折り良く、岐阜の財団法人伊藤青少年育成奨学会から、台湾のインフラ整備に役立て
るため、岐阜大学などへ留学する学生を推薦して欲しいとの依頼があり、本会と金美齢
先生が推薦人となって彼女を推薦したところ、平成18年度よりの給付も決定し、岐阜大
学大学院に進学した次第です。

 頑張り屋さんの彼女の人柄からか、地元にすぐ溶け込み、応援してくださる方も少な
くありません。来る4月26日には本会17番目の支部として岐阜県支部が設立されますが、
黄慈[女亭]さんも支部設立準備委員会のメンバーとしてお手伝いいただいています。

 このようなご縁の中で、去る2月11日、岐阜で開かれた建国記念祭においてスピーチ
しました。3年前の夏に知り合ったころより、話し言葉もさることながら、書き言葉が
格段に上達しているのには驚きました。

 日本人は台湾の歴史を知って、もっと誇りと自信を持ってもらいたいという彼女の提
言には、さらに驚きました。その瑞々しい感性といい、素直な観察力に、日本人は教え
られることが多いようです。
 スピーチのタイトルは編集部で付しました。では、じっくりとお読みください。ご感
想をお寄せいただければ幸いです。

                   (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)


日本人であることに誇りを持って欲しい

                        岐阜大学大学院生 黄慈[女亭]

 皆様、こんにちは。私は岐阜大学の留学生、台湾から参りました。黄慈[女亭]と申
します。

 今日、この大会でスピーチの機会をいただき、大変光栄で、嬉しいと思っています。
日本語を習ってから2年半しか経ってないので、とても緊張していますが、どうぞよろ
しくお願い致します。

 では、今日は台湾の留学生として、私がみた日本について、お話をさせていただきた
いと思います。

 台湾が昔は日本の植民地だったということは、ここにいる皆様は良くご存じでいらっ
しゃると思います。私のおじいちゃんとおばあちゃんも日本の教育を受けた人間でした。
おじいちゃんは私が生まれる前になくなったのですが、おばあちゃんから良く日本時代
のことを教えてもらいました。そのため、小さい頃から私が日本という国や日本人に対
して持っていた印象は清潔、礼儀正しい、誠実、プライドが高い、誇りを持つ人々、と
いうイメージでした。

 しかし、日本のことについて私が中学校に上がったとき、当時の教科書には全部マイ
ナスなことしか載っていませんでした。私は戸惑いましたが、最後は実際の経験者、お
ばあちゃんから聞いた話を信じました。

 なぜ教科書には全部マイナスのことしか書いていなかったかというと、当時の台湾政
府の政策でした。でも、近年、台湾の政治状況が変わったことによって、教科書の内容
も変わりました。日本政府が台湾を統治した50年間の建設や貢献をちゃんと教科書に書
いて、子供達に教えるようになりました。

 私達の世代が、日本について学校で習っていないことはおばあちゃんたちが教えてく
れました。現在の若者や子供達は教科書で習っています。だから、多くの台湾人は中国
人と違い、日本という国に対して、感謝そして尊敬、親しい気持ちをすごくもっていま
す。

 去年の夏休み、私と同じ岐阜大学の研究室の3年生4人が台湾にいきました。私はいろ
いろな所を案内しました。ある日、台湾の九[イ分]というところで民宿に一泊しまし
た、そこのオーナーさんはすごく親切で、昔、日本人が金鉱を掘るため、九[イ分]に
やってきて、まちを作り、水道を整備して、九[イ分]の台湾人と兄弟みたいな関係で
生活していた、と私達に話してくださいました。

 また、同じ去年の夏休み、日台青年交流会が台湾で開かれました。日本の大学生15人
が台湾に1週間滞在し、最後の日に討論会を開きました。討論会で、日本の学生はこう
言いました。

 台湾の土地改革、貨幣の統一、交通や上下水道の整備、農業の近代化など、いろいろ
な建設を昔の日本人がしたことを初めて知りました。しかも、台湾人が今でも大事にし
て、日本を感謝している気持ちも初めて知りました。

 台湾が50年間日本の植民地として存在していた歴史が日本の教科書に載っていなかっ
た。私のおじいちゃんの世代の人々は、当時の自分は日本人だと思っていたかもしれな
いのに、日本の教育はその歴史についてなにも書かなかった。そんな素晴らしい建設を
残したにもかかわらず、若者達に何にも伝えなかった。

 私は本当にショックを受けました。

 そうした歴史があって、台湾にとって日本は兄貴のような尊敬している存在でした。
世界中どこを探しても、日本に対して、こんなに親しみを持つ国は、ほかにないと思い
ます。今の台湾は国連に加盟しておらず、日本政府も国と認めていませんが、われわれ
の世代は台湾の正常化を望んで頑張っています。

 私が日本に来てそろそろ3年目に入ります、本格的に日本人の生活環境に入りこむと、
私が見た日本社会や接触した日本人は台湾の年寄り達が言っていたイメージとは少し違
っていました。

 まず、電車に乗るとき見たホームの床に座り込んだ高校生達、電車の中で化粧する女
性たち、席を譲れない若者たち……「あれっ」と私はびっくりしました。もちろん、昔
のように日本の伝統、文化、精神を守って、礼儀正しく、日本人として誇りを持ってい
る人達もいますが、どうも若者達の世代にはそれがないような気がしました。

 研究室の3年生4人は、私と知り合う前に全然台湾のことを知りませんでした。でも、
台湾でそういう歴史を聞き、彼らは日本人ってこんなに素晴らしい、台湾人に尊敬され
ている人間だということに気がつきました。そして、自分が日本人であるという自信や
誇りを持つようになりました。

 戦後の日本人は、何か気概や自信を失ってしまったような気がしますが、これからの
日本は昔の日本の精神、文化、歴史を大事にして、今よりもっともっと強くなって自信
や誇りを持って欲しいと思います。

 最後に大好きな日本の国にお祝いの言葉を送りたいと思います。お誕生日おめでとう
ございます。

 ご清聴ありがとうございました。

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