指導者の力量(最終回) [前台湾総統 李 登輝]

指導者の力量(最終回) [前台湾総統 李 登輝]
9月10日に発売されたPHP研究所の「Voice」10月号に、李登輝前総統が「指導者の
力量─リーダーとしての決断力と現場主義」と題して特別寄稿されていた。

 今年1月末、台湾で李前総統の「壹週刊」発言問題が惹起したとき、作家の井沢元彦氏
と「SAPIO」誌で対談した李氏は「日本の雑誌でも語ったことですが、私が考える
指導者の条件には5つあります。第一には、自分なりの信仰を持つこと。私はクリスチ
ャンだから、判断に迷った場合も最終的には『公義の精神』と『愛』という2つを原則
に決断をしてきました」(2007年2月28日発行「SAPIO」誌、本誌)と述べられてい
たが、この「日本の雑誌」とは「Voice」2007年2月号のことで、「指導者の条件─『総
統』として私が心掛けたこと」と題して寄稿されていた。

 今号で最終回となる「指導者の力量」はそれに続く指導者論だ。日本訪問時の感想や
安倍政権の問題点、政治家と官僚の関係、台湾が進むべき方向などについて、具体的に
述べられている。

 なお、本文は著作権者および出版社の許諾を得て掲載をしていますので、他への転載
および送信を禁止します。                      (編集部)

■PHP研究所「Voice」
 http://www.php.co.jp/magazine/voice/


特別寄稿 指導者の力量─リーダーとしての決断力と現場主義(3)

                             李 登輝(前台湾総統)

■リーダーがもつべき「哲学」

 以上、日本と台湾の不安定化する政治状況について意見を申し述べたが、このような
状況を打破するため、まず何よりも求められるのは指導者の力である。そして私が、あ
るべき指導者像として紹介したいのが、先に述べた後藤新平である。

 後藤は一八九八年から一九〇六年まで八年七ヵ月、第四代児玉源太郎総督のもとで民
生長官として働き、台湾に大きな足跡を残した。

 当時の台湾は匪賊が横行して治安が悪く、コレラやペスト、チフス、赤痢、マラリア
が蔓延する瘴癘の地であった。毒蛇の害が多く、アヘン吸引者はたくさんおり、産業に
も見るべきものはなかった。そのような未開発地域だった台湾の近代化を築き上げた後
藤新平の功績は、非常に大きい。

 台湾開発にあたって、後藤がまず断行したのは人事の刷新と人材の登用により、仕事
を前向きに進められる環境を整備したことである。着任するや、高等官も含めて一〇八
○人の官僚を全員、日本に追い返した。

 当時日本からやって来て居ついた官僚らは、台湾でひと稼ぎしようとする者ばかりだ
った。彼らを追い返して新たに優秀な人材を幅広く採用し、衛生から農業、銀行など各
方面に配置した。新渡戸稲造もその一人で、新渡戸はその後、糖務局長としてサトウキ
ビやサツマイモの普及に成功する。後藤の台湾における功績は、これらの人材を数えき
れないほどスカウトし、適職に就かせたことが大きい。

 後藤は非常に肯定的な指導者だった。彼は法律を勉強した人間ではない。法律に詳し
くなると、何か新たなことを進めようとした場合、「これは法律違反になる」「これは
法律に書かれていない」となり、何も実現できなくなる。ところが彼は元来が医者で、
生態学的に物事を観察した。国土開発のために人民に対して何をやるべきか、人民は何
を求めているのかを、現場を歩いて研究し、必要な法律をつくっていくというやり方を
とった。

 一方の私は、台湾の片田舎に生まれ、台湾人に生まれた悲哀をもちつつも、一方で外
国の人には味わえない別の経験も重ねてきた。

 二十二歳までは日本の徹底した基本教育とエリート訓練を受けた。農業経済学者とし
て有機的な農業のあり方、農民・農村問題に経験をもち、これを経済発展の基礎として
経済開発に乗り出した。私も法律の専門家ではないので、先に述べたように、後藤新平
同様、農村を中心に現場を歩き、自身が学んだ農業経済の理論を実践すべく、必要な法
律をつくり、また改正を行なっていった。その結果、台湾の経済発展に寄与できたこと
を最高の喜びとしている。

 やがて政界に入り、副総統、総統となり、十二年間の総統時代に一滴の血も流さず、
台湾の政治体制を軍事的独裁から民主的体制に変革し、台湾政府を樹立した。このこと
は、一生の誇りである。

 後藤新平が築いた基礎の下に、新しい台湾政府と台湾の民主化を促進した私は、けっ
して後藤と無縁の者ではないと思っている。さらに後藤と私をつなぐ根本的なつながり
は、強い信仰をもっていることにある。私はクリスチャンであり、『聖書』の強調する
愛と公義の精神によって行動している。一方の後藤が特定の信仰をもっていたかどうか
はわからない。天皇に対する信仰、あるいは国家に対する信仰をもっていたという人も
いる。だが先に述べたように信仰をフィロソフィーという表現で置き換えれば、彼は明
らかに仕事における「哲学」をもっていた。

 私は政治家になるにあたって、財産から個人の問題からすべて整理した。バランスシ
ートでいえば、資本も負債もゼロの状態である。死後についても墓から納骨堂まで全部
決め、そのためのお金も用意した。妻にもその旨を伝え、従うように述べてある。だか
ら、いつ死んでもかまわない。

 だが現実に、そのような心持ちでリーダーになるのは難しい。だからこそリーダーに
なる人は、一つ絶対的な信仰が必要なのだ。そうすることで自己犠牲の精神を強くもつ
こともできる。「自分が大事」では、りーダーになる資格はないのである。

 政治家には二種類の人間がいる。権力掌握を目的とする者と、仕事を目的にする者で
ある。権力にとらわれない政治家は堕落しない。私が総統時代、自分に対して指導者の
条件として、「いつでも権力を放棄すべし」と自制していた。

 後藤新平もまた仕事を遂行するために、権力をもった人間であった。いまこそ、後藤
新平のような指導者が二、三人、日本と台湾に出現することを求めたい。   (了)

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